寺門ジモン最強伝説2——水道橋博士『藝人春秋』特別公開 

2月24日(土)11時0分 文春オンライン

 寺門ジモンは地球最強の生命体? 水道橋博士著 『藝人春秋2 上 ハカセより愛をこめて』 『藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ』 より、伝説と化す寺門ジモン最強論から一部を公開します( 寺門ジモン最強伝説1 より続く)。


◆◆◆


「ライブで証明してください!」



『藝人春秋2 上 ハカセより愛をこめて』(水道橋博士 著)



 誰もが眉に唾をつけ疑うばかりの寺門ジモンの自称「人類最強説」を観衆の前で実証してもらうために、我々浅草キッドは主催ライブ『お笑い 男の星座祭り』を企画し、メインゲストにジモンを招聘した。


「客前で、しかも口先だけでなく、体を使った実演で証明してください!」


 その依頼をジモンは躊躇(ちゅうちょ)なく、二つ返事で引き受けた。



(ジモンによる「オッ俺」「オオオ俺」などの吃音表現は、再現すると台詞がひとつひとつ長くなるため、以降は極力割愛する。読者の諸君には、是非、脳内でジモン風に台詞変換を行っていただきたい)



 2003年8月22日——。


 まだ世の中が小泉政権だった頃の夏だ。


 ジモンが自らの最強伝説を客前で証明する——それはつまり、妄想が現実に晒され、自らの商品価値を失う、絶体絶命、危機一髪の状況でもあった。


 そのため、打ち合わせの段階で、ジモンが「それは勘弁してよ」と言い訳を並べたり、「そこは条件ユルくして」と予定調和的なことを要請するのでは……と、我々も当初は危惧していた。


 しかしながら、当のジモンとは本番当日まで直接の打ち合わせは一切なく、それどころか、こちらが実演を依頼したメニュー全てにOKを出し、並外れた潔さで対応した。


 我々が、この日、ジモンを待ち受けるのは、JR中野駅から徒歩10分ほどの場所にある、イベントホールの「なかのZERO」。


 そこは中野区民にとって憩(いこ)いの場であり、紅葉山公園に隣接しているため、普段は多くのファミリーが子供連れで戯れている。そこへ史上最強を名乗る芸人界随一の変人が現れるのだ。


 ジモンは、予定より1時間も早く、何の前触れもなく、非常口から不意に現れるや否や、すでにテンパっていた。


 我々やスタッフとの挨拶もほどほどに、「ちょっとチェックさせてね」と言うと、客席を映す楽屋のモニター機材に張り付いたまま、血走った目で場内を隅から隅までくまなくカメラ越しに見渡した。そして、


「うーーーん。どうやら、今のところ客席には、公安や、敵側のスナイパーが紛れてはいないようだな」


 と言い放ち、いきなり我々の度肝を抜いた。



左:寺門ジモン 右:スマイリーキクチ ©近藤俊哉 /文藝春秋


「ジモンさん、今言っていることは本気ですか? それともギャグですか?」


「はぁ? ギャグでそんなこと言ってたら、そんなの、おかしい奴だろ? いいかい、今日は俺は銃を持って来てるんだぞ。こっちが既に武装済みなんだから、相手もいつ襲ってくるか分からないだろ? そうなったら殺られる前に殺るしかないからね」


「その何者かに命を狙われている設定って、今もずっと続いているんですね」


「芸能界に潜入したスパイ」というボクの文学的妄想の中の設定と違い、ジモンは、本当に地下組織から派遣されている、殺しのライセンスを持つ工作員なのかもしれない。


 リアクションに困る周囲をよそに、ジモンはさらに重ねて呟いた。


「ようやく、俺の本当の扉を開く時が来たかぁ……」



 そして、いよいよ迎えた本番。



『藝人春秋2 下 死ぬのは奴らだ』(水道橋博士 著)


 冒頭、我々が今回のライブの趣旨を説明した後、ジモンを呼び込む。


 会場にグレイシー一族のテーマ曲『ラスト・オブ・モヒカン』のテーマが鳴り響き、猫ひろしとプロレスラーのアレクサンダー大塚を引き連れ、グレイシートレインを模した行列の先頭に立つ寺門ジモンが舞台に登場。


 注目の第一声は「ヤアァッーーーーーーー!!」とおなじみのツカミのポーズを決めたが、我々は「今日は、お笑いのジモンさんは要らないから!」と冷たくあしらった。


 あくまで、今回、ゲストに呼んだのは、ジモン最強伝説の真贋判定のためだ。


 早速、満員の傍聴席の前で証人喚問に入った。


 まずは、所持品のチェックから念入りに始めた。


「キッドォ! 今、着ているのが、俺の普段着だから」


 舞台上でジモンの装備品をひとつひとつ点検してみると、アーミー服に身を包んだ左胸には、やはり襷掛(たすきが)けにした大型のポシェットが配置されていた。


 その中には、確かに英和辞書があった!


「いいかい。これは俺が英語の本を読むためじゃないからね!」


「ジモンさん、それくらいは分かってますよ」


「これは防弾チョッキの代わりだから。命を守るためのものだから。これってウケ狙いみたいに思うだろ? 違うんだよ。なぜ、辞書が良いのか? 辞書の紙は1枚1枚が薄くて、細い繊維質だからこそ、防弾効果が高いんだよ!」


「いや、それなら鉄板とか、もっと硬いもののほうが良いんじゃ……」と言い返すと、


「やっぱり、オマエらは素人だな。これが鉄板だと、なぜダメなのか分かる? 銃弾が当たった時に、紙のように何枚も重ねた弾力がないと衝撃を吸収できないの! 鉄板だと衝撃でアバラが折れるんだよ!」


 辞書が本当に弾丸防御になるのか真偽は不明ながら、理屈的には正しいような気もする。


 ただ、納得したとしても、この平和な日本で、一体いつ心臓を狙って発砲される可能性があるのかが相変わらず分からないままだ。


 ちなみに、よく見ると、英和辞書はまるでこの日のために用意したかのような新品だった。



©近藤俊哉 /文藝春秋


 続いて、ポシェットから「攻撃光」を取り出すと、「俺が、この発光の強い懐中電灯を持ち歩くわけは……。確かに護身用でもあるよ。人間の行動って85%は目に頼っているからね。でも特にこれは女性にお薦めなの。痴漢が胸を触ろうとしても、目が見えなかったらできないでしょ。強い光で攻撃したら、一瞬、目を見えなくさせることができるんだよ!」


「しかし、こんな本格的なものをどこで買うんですか?」と聞くと、


「アメ横。本来、これは軍用なんだけど、一昔前のモデルなら上野で売ってるよ!」と、まるで闇市で払い下げの軍用品を買い受ける愚連隊かの如く平然と答える。


 その後もドラえもんが四次元ポケットの中からひみつ道具を取り出すように、次々とこだわりの品を紹介していった。


「これは塩でできたキャラメル。疲れたら甘いものを摂ると良いって、よく言うけど、あれは間違いなんだよ! 人間は閉じ込められた時など、究極にお腹が空くと塩分が欲しくなる。体からミネラルがなくなるから。モンゴルの草原で長旅をした後は、塩入りのミルクティーを飲むでしょ? これが美味い!」


「飲むでしょ?」と言われても、普通の人はそんな場所にまず行かない。


「ついでに言うと、モンゴルは砂嵐がすごいんだよ。でも大丈夫! 俺の細い目はタレント向きじゃないんだけど、そのおかげで砂には強い! 最近は、薄目でも遠くまで見えるようになって来てて、どんどん進化してる!」


 肉体の進化を待つより、サングラスとかゴーグルを買いに行くほうが早いとは思う……。


 また必需品としてあげた、泥水濾過装置は「これで濾過すれば泥水でも飲めるから」、救助用の笛は「これは遭難、生き埋め、狭小地に閉じ込められた時に使用するから」、小型放射能探知機は「山の中では、違法投棄された放射性物質と遭遇する危険性もあるから」と、常に有事に備えているらしいのだが、基本、どれも一度も使用したことはなく、放射能探知機に至っては「いまだに鳴ったことはない」とのこと。ここまで徹底するジモンに、ボクの心のガイガーカウンターが共鳴したのは言うまでもない。


 会場が一際沸いたのは、「SOSライト」を紹介した時だった。非常時に救難信号を出せる点滅ライトなのだが、上空のヘリコプターへの合図や、「現在戦闘中」であることを知らせる軍事的なサインにもなるという。今でこそ、普段から防災意識を持つことの重要性が広く認識されているが、ジモンはこの頃から大規模な自然災害や国籍不明の飛翔体の飛来を予見し、大真面目に備えていたのかと思うと、やはりこの男、侮れない。



 当初は半信半疑で見つめていた観客も、吃音ながら淀みのない解説を聞くうちに、ジモン支持にやや寄ったのか、徐々に反応が嘲笑ではなく感心を含んだ温かい笑いへと変質していった。


 ジモンもその反応にご満悦な様子で、「持ってきたよぉおオオオ!」と歓喜の声を上げ、持参したモデルガンとホルスターの秘蔵コレクションを客前で公開した。


「いいかい、自分の体に馴染む最高に“抜きやすい”ホルスターが完成するまで、これまでに何年もかけて40個以上、制作してきたんだよ」


 そう言って肩に架けた革袋を手で愛でつつ、モデルガンを取り出すと、グリップが象嵌細工のものは実銃よりも遥かに高価なのだと力説。


「知ってる? これなんか実際の取引価格は皆が思ってる値段の20 倍以上だよ! マジで。ベンツを2台買えるんだから!」


 とっておきの逸品を握って豪語するや、「やるよ! 見逃さないで!」と突如、目にも止まらぬ速さで十八番のガンスピンを披露した。


 モデルガンをクルクルと自在に回転させ、ホルダーにストンと収めるまでの無駄のない所作、その華麗なデモンストレーションに客席から自然と拍手が沸き起こる。


 これだけの大喝采だ。当然、手を上げて応えるのかと思いきや——。


 上機嫌から一転、ジモンは顔をしかめ、客席を怒鳴りつけた!


「オイオイオイ! オォーイ!! こんなショーができたって何にも意味がないんだよぉお! こんなの只のプレイだぞ。俺の場合は拳銃を投げたり回したりした後、体の軸がねじれたり、体の不安定な状態からでも正確に撃てる! そのことのほうが大事なの。まぁ、実際、俺は現実にも撃ってるしね!」



©杉山拓也 /文藝春秋


 聞いている誰もが瞬時に「どこで!?」と心のツッコミを撃ち返したのは言うまでもない。


 話の流れで、ジモンがいつかどこかで勝負するであろうと決め込んでいる「世界一のプロガンマンのマーク・リードとは何者なのか?」と改めて聞いてみた。


「彼は空き缶を的にして連射して宙に浮かせることができる。まるで指で物を指すように正確に撃つんだ。映画『クイック&デッド』でシャロン・ストーンにガン捌きの技術指導しているのも彼なんだよ。ちなみに、俺はマーク・リードの友達と仲が良いんだけど、もしかしたら、今日、彼がこのライブに刺客を送り込んでる可能性もあるよ!」


 思わぬサプライズ発言で気を持たせながら、客席をグル〜っと念入りに見渡し、こう呟いた。


「大丈夫……今日は来ていないようだな」


 吉本新喜劇よろしく、ジモン以外の全員が椅子からずり落ちた。



 続いて、「365日鍛錬を休まないジモンはどうやって女性とデートするのか?」という素朴な疑問を今も独身のジモンにぶつけてみると、


「俺の彼女になるには、トレーニングに付き合えることが条件だね。早朝マラソンでは、1ヶ月に200km走ることになるからさぁ。それに併走するわけだから、普通の女性は続かない。ヤワな女じゃ、俺の妻はつとまらない!」


 と断言。


 女性客が『いいとも!』の客以上の一糸乱れぬユニゾンで「そうですね!」と心の中で斉唱したのは言うまでもない。


 ちなみに、日常生活では徒歩を含めて全ての体の動きがトレーニングの一環であり、常に体重移動やバランスを意識して、段差や階段でも移動はあえて体を斜めに傾けて歩くようにしているとのこと。


「俺は足の裏で地球を捕らえている。足の裏はいつも磨いているから」


 その言葉に、ボクが思わず「これだけ足の裏にこだわる人は、福永法源以来ですよ!」とツッコんだ。


 また、歩き方だけでその人の強さを判断できるらしく、「相手の戦闘能力が瞬時に分かる『ドラゴンボール』のスカウターってあるけど、オレも分かる! 歩き方や椅子に座っている姿勢だけで相手の実力を判断できるんだよ」と断言した。


 そして、ライブの終盤、最も真偽が気になっている足技の検証に入った。



©杉山拓也/文藝春秋


 前述のとおり、ジモンは9歳まで「コウモリのように足の指だけで鉄棒にぶら下がることができた!」と言い張るのだが、それだけは、さすがに鵜呑みにできない。


「オイオイオイ! これもホントの話なんだよぉ! じゃあ見せようか?」


 そう言うと、ジモンはいきなりソックスを脱ぎ始め、足をカメラの前に投げ出した。 


「ウォォォォーーーーーー!!!」


 つま先のアップがスクリーンに大きく映し出されると、客席が重低音のどよめきに包まれた。


 それは、指がジャンケンで言うところのグーの状態、まさに「拳を握る足」だったのだ。


「えーーーッ!? 足の指って、こんなに曲がります?」


 我々も予想外の展開に素っ頓狂な声を上げた。


「曲がるだけじゃないの。俺、足の指を自由自在に動かせたんだよ。手の指みたいに。昔は手を一切使わないで足だけでプラモデルを作れたんだから! これホントだよ!」


「まさか! 足でプラモデルを!?」


「でも、完璧には作り上げられなかった!」


「そりゃそうでしょ!」


「足でデカール(シール)を貼るのは、さすがに無理だった……」


「その工程かよ!!!」


 ジモンは最後に蛇足なオチを貼り付けた。



 とにかくこの日のジモンは、故・ナンシー関に「ダチョウ倶楽部で唯一面白くない人」とかつて評されたのが嘘のように、終始、面白すぎる怪人として観客を魅了し続けた。


 そして、終演後——。


「悪いけどさぁ、俺、打ち上げには行かない主義なんで。ここらでそろそろ……」


「ジモンさん、今日の主役ですよ。ホントに帰っちゃうんですか?」


「うーん。これはマジなんだけど、こういう時を狙って、あえて挑戦に来る刺客に待ち伏せされる可能性があるんだよね……。これ、打ち上げの足しにして」


 そう言って、ジモンは例のポシェットから幾ばくかのお金を取り出し、テーブルに置いた。


 ボクは「絶対、大丈夫です。店の前に見張りも立たせますから」と説得を試みたが、「いいから、もう何も聞かないで……」と断固として譲らず、ひとり足早に楽屋を立ち去ったのだった。



 この日のライブで自信を得たのか、あるいは事務所と他のメンバーに公認を得たのか、その後、ジモンはなし崩し的に最強キャラをテレビでも解禁した。


 テレビ東京のバラエティ番組『やりすぎコージー』で東野幸治に「ネイチャージモン」と名付けられたのを機に、「ネイチャー!」なる謎のギャグを持ちネタとして展開。


 ついに2006年5月からは『寺門ジモンのネイチャートーク』なるトークライブを始めるまでになった。


 テレビバラエティの名手たる今田・東野のWコウジにお茶の間ルールの中で、その異常性を美味しくイジってもらう姿は容易に目に浮かぶが、単独ライブで誰の制御もなく語るジモンには、むしろ不安感が募った。


 ボクは日本に数少ないジモン研究家として、ダチョウが羽根を伸ばし、華麗に飛び立つ瞬間をこの目で見届けたいと思い、トークライブの第1回が行われる新宿歌舞伎町のロフトプラスワンに足を運んだ。


 しかし、「ロフトプラスワン」と言えば、サブカルの聖地にして、思想家・活動家の拠点である。

「ネイチャートーク」などという看板は一見、自然環境保護団体の講演会のようだが、場所が場所だけに額面通りに受け取る者などなく、いつネイチャーがソルジャーに変貌し、非合法活動家武装決起集会と見られても反論する術がないような場所なのである。


 当日、ボクは本番前に楽屋へ挨拶に行ったが、相変わらずジモンは異常なまでのテンパリ具合であった。「大丈夫かな?」と何度も不安を口にし、一向に落ち着かない。


 なにしろ、本番と進行には、めっぽう弱いジモンである。


 そんな危惧を踏まえてか、司会・進行は同じ事務所の太田プロダクションに所属する、スマイリーキクチが務めることになっていた。


 スマイリーキクチは空手の有段者でもあり、一部には芸能人セメントマッチ最強説もある猛者だ。

「腕立て最低500回というジモン軍団の入団テストに受かる体力があるのは、芸人ではスマイリーしかいない」という理由で、ジモンに認められたようだ。



©近藤俊哉 /文藝春秋



 そして、定刻の20時にライブが始まった。


 冒頭、客席を見回すジモンに想定外の光景が……なんと会場には大勢の女性客が詰め掛けていたのだ。


 ジモンが連載中の女性誌『mina』を読んで来た、という女性客に向かって、『8時だョ!全員集合』のいかりや長介よろしく、ジモンが大喝一声。


「ナイスネイチャー!!!」


 観客は拍手喝采。金を払ってまで、ジモンを見てみたいと思うような好事家には、このギャグもすっかり浸透しているようだ。


「いいかい、今日来た人たちの中でも、出口付近に座っている人はナイスネイチャーだよ。なぜなら、災害や危険時に逃げられやすいから。しかし! 何があっても5分間は動かないで! 暴動が起きた時、すぐに動くのは危険だから」


 そして、帽子をかぶっている客を見つけると、「君、ナイスネイチャー! ゴルフで不意にOBボールが飛んできて、帽子ひとつで命が助かることがあるんです。なぜ、とび職の人が頭にタオルを巻いているか? それは転倒した時に、タオルが頭を守ってくれるから!」などと最初から自分がOB連発、横道に逸れながらのスタートとなった。


「いいかい。最初に言うけど、これは重要なことだよ。いつ大地震が来るか分からないから。俺はいつも逃げる方向を考えている。今日のロフトプラスワンだったら、歌舞伎町のほうに逃げちゃダメ! 日清パワーステーションのほうに行けよ。725歩でいけるからね。俺はすでに、ここに来る前に一度、歩数を数えてリサーチ済みだから」


 客席の陣地取りだけで最初の数十分を消費した後、スマイリーに促されて、ようやく段取りどおりの進行に入った。


 話題は、観客が待ち望んでいたテーマである、ジモンの真骨頂「山籠り」話に移る。


『お笑い 男の星座2』 でも書いたが、ジモンは何度も山で野生の熊と闘っている、実戦経験の持ち主だ。


 しかし、なんと、熊と闘う際にも、TPO、季節、旬があるというのだ!



©山田真実 /文藝春秋


「みんなー、いいかい。この時期(5月末)なら熊が出ても大丈夫だから。安心して。冬眠から覚めてすぐなら危険ではない。なぜか、分かるかい? それは熊が体力がないからじゃなくて、この時期は熊の肉球が弱いから!」


 そう言って自分の掌をかざした。


「この時期の熊は、冬眠中に一皮むけるくらい掌が弱くなってて、硬い山道を歩けないから大丈夫なの。だからみんなー、安心して山に入って!」


 ちっとも安心できない危険思想を聴衆に吹き込むジモン。言うまでもなく、この日の観客は別に山籠りの愛好家ではないわけで、当然、この説明に対して苦笑い以外の反応はなかった。


 そもそも熊の攻撃力と肉球の硬さの相関データを必要とするのは、ジモンとマタギとムツゴロウぐらいであろう。


 さらに、ジモンが平時より闘いを想定しているのは、熊だけではなかった。



「オオカミは怖くないから安心して。オオカミは自分のテリトリーを守る動物だから、それを教えてくれるように、人間と平行に歩く習性がある。だから、それ以上に近づかなかったら、襲われることはない!」


 このアドバイスが果たして何の役に立つのか? そもそも、まず現代日本で、狼はもう絶滅しているのに……。


「大型猛獣を目の前にしたら、どんな格闘技も意味がないからね。筋肉の違いを感じるから。ライオンの咆哮を聞くと横隔膜があがって筋肉が萎縮してしまう。でも、俺はフッと筋肉を緩める方法を知ってるけどね」講釈を垂れる。


「それを教えろよ!」と会場全体から心のツッコミが入る。


 途中で自分の「もし闘わば……」が猛獣限定にしすぎていることに気がついたのだろう。


「俺みたいなのじゃなく、普通の人だったら、一番の強敵は虫だよね」と、突如、仮想敵が小さくなった。


「ハイキングとかで虫刺されに悩んでる人いるかも知れないけど、誰でも3日間、山の中に居れば、刺されない皮膚になる! そうなる! 人間ってスゴイよね!」


 普通の人間からしてみれば、そんなことを発見したジモンのほうがよっぽどスゴイのだが……。


 山籠りの話だけに、そこへ籠りきったまま、既に30分以上も経過していた。


「いいかい。山は登るんじゃない、山は泳ぐものなの! 常に道なき道なので草を掻き分ける動きを続ける。刀でも切れない植物があるから、猪が作った道を匍匐前進で進むほうが良いんだよ!」


 良く分からない山歩きのノウハウが伝授されたところで、スマイリーキクチから、実にジモンらしいエピソードが語られる。


「ジモンさんは、8月と9月に携帯電話が圏外になることが多いんですよ」


 これは、仕事をセーブして山籠りをするためであり、その間は誰も連絡がつかないとのこと。


 曰く、この時期は天然のオオクワガタを捕獲するために山に入るのだそうだ。


 最近では、その記録を残すために、10kgもあるハイビジョンカメラを担いで木に登るのだが、昨年は3日間、撮影に必要なポシェットを腹部に固定していたため、腹圧がかかりすぎて、ダチョウのジモンが“脱腸”になったという。


 まだまだ神秘的な山籠りの体験談が続く。


「信じてくれないかもしれないけど、俺は自然に守られているので、雨が降った時も、頭上の葉っぱが自ら動いて雨から俺を守ってくれるんだよ。土砂崩れがあった時も、木の根っこが絡み付いてひっぱり上げてくれた。これは根っこの存在を意識してる、信じている人には必ず起きる! だから皆も普段から木に対して『いい木だねぇ』と褒めてあげて! 俺は『もののけ姫』のコダマを見たことがある! しかもアフリカで見たんだ。あれの正体カエルだよ。それだけじゃない、山でラグビーボール大のなめくじに会ったこともある。信じられないだろう。でも、自然はすごいよ! 山の主、川の主が俺に挨拶をしてくるんだ」


 と神々しく語っていたところ、急に鼻を詰まらせて、ジモンがティッシュで鼻をかみだした。


「実は、昨日から風邪を引いている」というまさかの展開。


「体調管理できてないじゃないですか!?」とスマイリーに突っ込まれると、


「甘い! 俺は不摂生で風邪を引いたわけじゃないの。この風邪の原因は、昨日わざと傘を差さず、雨に打たれる練習をしていたためなんだよ! いいかい、雨の中を歩くと面白いんだよ! それだけで自分の体温を感じることができる。そして、そのまま自分の体温で服を乾かす訓練をしたんだよ。で、結局、風邪を引いたんだ」


 と実にわけの分からない反論を真顔で語った。



©山田真実 /文藝春秋


 その後も怪しい講演会のようなトークが延々と続いたのだが、この日一番の熱弁シーンを再現しよう——。


「いいかい? もうこれだけ言ったら分かっただろ? オッ俺は手術で全身麻酔した日でも、平気で筋トレをしたんだからね! 分かるかい? 30年間、1日たりとも欠かしたことがないの! ホントだよ! もちろん、大きい筋肉をつけるためには肉体に休息が必要なことは分かっている。でも、それじゃあ、ただの普通の人だよ。俺のように“心の筋肉”を考えると、雨の日も嵐の日も、風邪を引いた日も、手術した日も、とにかく1日もトレーニングをやめなかったこと、そのことが絶対的な自信になるんだよ! いいかい? みんな、思い浮かべてごらん。地球最後の日、世界中の人間が死んだとしても……分かるだろ? オッ俺だけは生き残ってる!」


 目の前のジモンを見つめながら、ボクはSF映画的な情景をイメージした。


「そう、たとえ体が潰れたとしても………」


ジモンが会場全体をゆっくりと見廻す。


「オッ俺は顔だけでも動けると思うんだよぉおお!!」


 思わぬ展開にドッと笑いが起こる。


「笑い事じゃない!!!」


 ジモンが真顔で叱りつける。


「オッ俺が手だけになっても、その手だけで動くんだよ! なぜか?」


 客席が固唾を飲む。


「そこまで心を鍛えたからだよ!!!!」


 何かが憑依したかのような寺門人民寺院の教祖の演説に観客は大喝采! 


 一体、ジモンとターミネーター以外の誰が、こんな“狂おしいほどの希望しかない”台詞を吐けるだろうか。



 最後に行われた観客との質疑応答タイムにも見せ場があった。


「災害が起きた時の危険回避法は?」という質問に対して、「それは簡単!」とジモンが即答。


「それには普段からの人脈作りが大事なんだよ! まず天変地異の兆候は、築地に知り合いを作っておくのが一番早いから。そこから魚の水揚げ量の変化を常日頃聞いておくこと!」


 いきなり普通の人にはハードルが高い。


「あと、自衛隊幹部と知り合いになれば、非常時に事前情報が得られるはずだよ!」


 と、ご家庭では簡単に真似できない対処法を客席に投げ返した。


 しかし、ここでもスマイリーキクチが割って入る。


「ちょっと説明を加えますが、それウソじゃないんです。本当にジモンさんが日頃からやっていることなんですよ」


 なんでも、スマイリーが自衛隊官舎近くに住んでいた頃、ジモンから「毎朝、官舎の様子を見てこい!」と頻繁に偵察指令が下されたらしく、その面倒さに大迷惑していたと事実を裏付ける証言がなされた。


 すると「それが何か?」とでも言いたげな表情でジモンが平然と続ける。


「いいかい? じゃあ今日はライブだからもっと良い方法を教えてあげようか? 日本国の最高権力者である総理大臣が官邸にいるか、首都圏を離れたか、総理の居場所を把握して非常時を判断するの! ホントだよ。だから俺は、番組で知り合った小泉総理の息子の小泉孝太郎くんに電話番号を聞き出して、その後、さりげなく彼に電話して、世間話のフリをしながら、毎日、父親の行動を確認するの!」


 百獣の王たるものライオン総理の動静を知るべし、というわけか……。


 衝撃的かつ全く無意味な、最高権力者へのストーカー行為を告白して、この日は散会となった。



 さて7年前は、まだ、このレベルの境界人だったジモンだが、その後はご存じのように、身に付ける「筋肉」から胃袋に収める「牛肉」へと大きく方向転換した。


 肉へのこだわりを全面に押し出し、グルメ本を次々と出版。今ではデパートでフード・イベントをプロデュースすれば、なんと10万人以上も動員する、文字通り、これで“食っている”状態だ。


 その代わり、ジモンの超人ぶり、変人ぶりは巷間伝えられなくなった。


 営業フィールドを広げるタレントの戦略としては、これは間違っていない。しかし、この転身は多くの視聴者からすれば、ジモンが超人から一介のグルメタレントに成り下がったともいえ、武井壮がジモンの実力に疑問符を付けるのも致し方ないのかもしれない。


 しかし、既に実力測定の場で「記録」を残し、今、着実にのし上がって来ている「百獣の王」武井壮に、かつての「百獣の王」寺門ジモンの「伝説」が果たしてどう対峙するのか。



©近藤俊哉 /文藝春秋


 時は来た!!



 2012年11月30日——。


 再び、この日に戻る。


 六本木での武井壮との対談の流れから、この決戦が同日に行われることを偶然聞きつけたボクは、四谷の太田プロへと向かった。


 オフィス北野が設立される前、ビートたけしとたけし軍団は太田プロ所属だったので、四谷の雑居ビルの一室にあった旧オフィスには通い慣れていたが、現在の新オフィスに引っ越してからの太田プロを訪問するのは初めてのこと。


 新しいオフィスは瀟洒(しょうしゃ)なビルのワンフロアで、その広さと清潔感漂う雰囲気に度肝を抜かれた。今や多くのアイドルも所属する大手芸能事務所に相応しい華やかさが随所に感じられ、芸人専門かつ零細企業であったかつての太田プロの面影はどこにもなかった。


 20代の頃から知る旧知の経営陣、マネージャーなどに挨拶を済ませると、ボクは応接室のドアを開けた。


「おおお、オイ! 博士ぇ、なんでこんなところに居るの?」


 いち早く先乗りして待機していたジモンが突然のボクの乱入に驚く。


「偶然、さっきの仕事が武井壮と一緒だったので、ジモンさんとの対談を見届けに来ました」


「さすがは博士だなぁ。でも……」


 ジモンは寂しそうな眼差しでポツリと呟いた。


「今日で終わっちまうから……」


「終わるって?」


「うーん。彼には本当のことを言ってあげないとねー。だって『百獣の王を目指す!』なんて言った時点で、彼はまだ本物の百獣の王に遭ったことがないってことが、分かる人には分かっちゃうからねー」


「え? 本物の百獣の王って?」


「いるよぉ!」


「……どこに?」


「ん!? 分かんないの?」


「…………」


「今、博士の目の前に立ってるじゃん!」 


 ジモンは自らを指差し、そして、軽侮と憐れみを交えた表情で全盛期の細木数子の如くズバリ言い放った。


「彼、死ぬよ!」



©文藝春秋


※寺門ジモンエピソード登場の、水道橋博士さんと岡宗秀吾さんの対談を読めます


http://bunshun.jp/articles/-/6158


http://bunshun.jp/articles/-/6163





(水道橋博士)

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