カーリング女子 勝負を決めた藤沢五月の「悪女の誘惑」

2月25日(日)12時0分 文春オンライン

 スキップ藤沢五月。平昌オリンピックで投じたラストストーンは、あろうことかミスとなり、イギリスに逆転のチャンスを与えてしまった。


 きっと、負けを覚悟しただろう。ところが、藤沢のラストストーンはミスになった分、イギリスのイブ・ミュアヘッドを“誘惑”した。ここからドラマが始まる。


 あなたがラストストーンを決めて2点取れば、銅メダルですよ。


 そのストーンは、そう囁いているように見えた。イギリス側から見れば、藤沢のストーンは色気ムンムンで、艶っぽいことこの上なかった。悪女と呼んでもよかった。それほど、藤沢のストーンはデリバリーの位置から、見え過ぎていた。



ミュアヘッドより一つ年下の藤沢五月 ©getty


100本中99本決められるショットだった


 誘惑に乗る形で、ミュアヘッドの決断は速かった。このままでも同点だったが、ミュアヘッドは日本の石をダブルテイクアウトし、2点を取る。


 銅メダルを自分たちの手でつかむ。誘惑は、ミュアヘッドの欲望へと変化した。


 イギリスBBCの解説者、自らもメダリストであるデビッド・マードック氏は、「ミュアヘッドなら、100本中99本は決められるショットだ」と後に解説したほど、イージーなショットだった。


 ところが——。



美人スキップとしてイギリスを牽引したミュアヘッド ©getty


 欲望が体を制御できず、ミュアヘッドにリリースを狂わせた。


 ミュアヘッドがストーンをリリースした瞬間、私は「えっ?」と声を出してしまった。どうみてもウェイトが速すぎた。集音マイクは、ハウスで待っているバイス・スキップのアナ・スローンの絶望的な声を拾っていた。“Off, off, off……”


 オフ。これは、カーリングでは絶望的な状態を指す。ストーンが狙ったラインから外れ、曲がり出すのを祈るしかない状態のことを指すからだ。


 ミュアヘッドのストーンは、曲がり切らずに悪女へとぶつかる。ストーンがカンカンカンと音を出して、散らばる。


 最後、ハウスの中央にいちばん近かったのは、黄色の日本のストーンだった。


 このラスト2投を見ただけでも、カーリングの恐ろしさ、奥深さを感じざるを得なかった。


 もしも、藤沢のラストストーンが完璧な位置に置かれ、端正な佇まいだったとしたら、とても同じ結末が待っていたとは思えない。藤沢のミスが誘惑を生み、欲望を喚起させたからこそミュアヘッドのデリバリーを狂わせたのだ。 


 すると、藤沢のラストショットはミスだったとも言い切れなくなる。カーリングでは相手の石が投じられて、初めて意味が明らかになる。陰と陽。すべては一瞬にして入れ替わる。



勝った瞬間、日本に笑顔がなかった理由


 試合が突然終わったあと、銅メダリストになった日本の4人は呆然としているように見えた。そして静かに手袋を外し、イギリスの4人と握手を交わした。勝った日本チームに笑顔はなかった。それがカーリングの礼儀だからだ。



勝った瞬間、笑顔はなかった ©getty


 私は2006年、2010年にオリンピックのカーリング解説を担当した小林宏氏から、カーリングの手ほどきを受けた。そのとき、最初に言われたのは、この言葉だった。


「カーリングでは相手のミスで喜んではいけないんです。内心、よしっと思ってもいい。でも、それを感情で表現してはいけません。カーリングは相手を思いやるスポーツですから」


 小林氏は2年前に亡くなったが、日本が勝った瞬間、私はこの言葉を思い出していた。


 日本の4人はイギリスの4人の心中を思いやり、健闘を称え合った。私は藤沢、吉田姉妹、鈴木夕湖の戸惑ったような感じを好もしく思った。うれしいけど、ここは相手のことを考えないと。特にミュアヘッドの気持ちを考えると——。


 そしてその後に、ようやく抱擁が許されたのである。かくもカーリングは奥深いのだ。



笑顔で手を振る(左から)吉田知、藤沢、本橋、鈴木、吉田夕 ©共同通信社



(生島 淳)

文春オンライン

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