舞踊家・田中泯 「おどり」は、自分に眠っている

2月25日(日)16時0分 NEWSポストセブン

舞踊家の田中泯が「おどり」について語る

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優としての活躍する舞踊家の田中泯が、「おどり」について話した言葉を紹介する。


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 近年は「役者」としての活躍も目覚ましい田中泯だが、長年にわたって追い求めてきたのは肉体を使っての芸術表現「おどり」。つまり、彼は「舞踊家」だ。


「未熟児に近い状態で生まれて子供の頃から中学の終わりくらいまで背が低かったんです。ちっちゃくて、弱かった。心配した母親に強引にバスケットボールをやらされたら好きになって。大学でもやったのですが、上には上がいました。能力の差を見せつけられて、身体能力じゃない世界に行きたいと思って『芸術をやりたい』と。


 子供の頃から、気づいたら踊っていたことは確かです。お祭のお神楽だったり、盆踊りだったり。夢中になっていました。中学に入る頃にテレビでロシアのモイセーエフ舞踊団を見た時の衝撃は今も忘れずに頭に残っています。高校の時にはシュールレアリズムにも触れました。


 そういうこともあったので、いつか何か芸術的表現をするだろうという予感はしていたんです。それで、スポーツから芸術へと一気に変わることになりました。最初は町の舞踊研究所でバレエのレッスン。それにジャズダンスもやりました。


 いずれも体幹の軸を意識するレッスンでしたが、それは今の僕の考えとは違います。西洋から入ってきたものは、簡単に言うと自己中心的。体幹を体の中心に据えます。でも、そこを中心に感じるのは本当は一瞬のことだと思うんです。人間の身体は絶対に止まりませんから。必ず動いているから、ぶれる。『一瞬だけ止まったかのように思える』のが真実だと思います」


 そして大学を辞め、アーティストとしての道を歩み始める。


「当時は、とにかく激しく生きていって、それで切れればおしまい。若者にとってそういう時代でした。それで親から勘当される覚悟で学校を辞めました。でも、踊りで食っていこうということじゃなかったんですよね。


 舞踊史というものに興味を持ったんです。いろんな国に民族創生の神話があるのですが、そのどれにも『おどり』は出てきます。書物になるということは、それより遥か昔から『おどり』は存在したということです。それでは、書物のない、言葉で意味付けされていない時代の『おどり』の始まりはどうやったら知ることができるのか。僕はそこに一番興味がありました。


 感情表現は言葉の裏付けがあるから、僕にとってまだ『おどり』ではありません。赤ちゃんが何か伝えようとするけど、何を要求しているか分からない時の動作。そういうところに『おどり』を考えるヒントがある。だから見る人によって感じることの個体差が出る。それでこそ『おどり』だと、僕は思います。


『おどり』が他の表現と異なるのは、身体が伝統を担っていることです。型ではなく身体が伝統。能や歌舞伎の伝統には型という器がありますが、『おどり』には身体以外に寄る辺はありません。本人が意識しようがしまいが、身体を継承することで『おどり』は繋がる。自分の中にどう眠っているのかを一人一人が探る可能性を持っている──。それが『おどり』です」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


●撮影/五十嵐美弥


※週刊ポスト2018年3月2日号

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