別役実氏が書く新戯曲 「主役もいなければ、脇役もいない」

2月26日(日)7時0分 NEWSポストセブン

劇作家の別役実氏

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 物語から、あえて“日常性”を奪う「不条理演劇」。50年代に欧米で勃興したこの前衛劇を、日本で展開した劇作家が別役実さん(79)である。だが、現実そのものが不条理めいた世界で、私たちはどのようにして社会を見つめていけばいいのだろう。


 そう問いかけると、別役さんは「希望の光は、あまり感じられない、という感じがする」と呟き、しばらく黙り込んだ。


「……未来へ向ける風穴が開かないという気分、これはやはりつらいものがあります」


 そして、絞り出すように語ったのは、次のような言葉だった。


「しいて言うのであれば、『トータルな人間』の感覚をどうにかして取り戻す、ということでしょうか」


──トータルな人間?


「今の人々の生活は昔と異なり、あまりに複雑化した人間関係に取り巻かれています。以前は地域や家族、会社くらいだった関係性が複雑化し、錯綜してしまっています。いくつもの関係性を行ったり来たりして、その度に自分を分裂させているうちに、目の前で起こっていることが、自分の起こしたドラマだとリアルに感じられなくなってしまった」


──家庭、職場、学校。確かに私たちは、それぞれの場所でそれぞれの自分を演じているところがあります。


「それが『いま』という時代の特徴だと僕は思うわけです。分裂してしまった『個』を、再びトータルな個に繋ぎ直す。そうすれば、自分がいま・ここに存在している、という確かな感覚を得られるのではないでしょうか。そのためにはなるべく小さなコミュニティを大事にして、ローカルな場所で自分自身の存在を確認していくしかないと思います」


 別役さんは同時に、そのような時代に「演劇」の果たす役割についても語った。


「演劇っていうのは多くても1000人、理想的には200人程度の観客に対して、言葉や情報を等身大のものとして濃密に伝えられる表現です。


 芝居の言葉はまずその200人に対して濃密に伝わり、薄められながら外の2000人に伝播していく。そこにはファシズムのように一挙に一つの言葉で全員を統一するような強引さはないけれど、人間的なふくらみを持った情報伝達の形がある」


 世の中の多様化が進み、数億人という単位の人々を一度に説得するような言葉はなくなった。


「理性的に物事を説得できる数の限界を超えると、有効だった言葉も有効ではなくなり、必ず言語化のできない余地が生まれます。それが得体の知れない衆愚に社会が走り始める要素になる」


だからこそ、彼は小さなコミュニティや演劇のような表現の役割を、今の時代にあらためて語るのだろう。 最後に、現在はどんな戯曲を書いているかを聞いた。


「今年はね、アラベスク(アラビアの対称性に富む装飾柄)をテーマに、新しい劇を書きたいと思っています。アラベスクには模様という意味があるんです。同じ動きの連続が形作る模様。そこには主人公もいなければ、脇役もいない。全てが脇役であり、だからこそ主人公でもある──そんな世界を芝居で表現してみたい」


 齢80、演劇界の大家は新しい戯曲について話し始めると、穏やかな口調に力強さが帯び、やさしげな眼差しにふと光が宿る。そこには紛れもない一人の表現者の姿があった。


●べつやく・みのる/1937年、旧満州生まれ。劇作家。1962年「象」が高い評価を受け、1968年「マッチ売りの少女」「赤い鳥の居る風景」で岸田國士戯曲賞。2008年「やってきたゴドー」で鶴屋南北戯曲賞。2008年朝日賞。ほか受賞多数。主な著書に『日々の暮し方』『虫づくし』など。


聞き手■稲泉 連(ノンフィクション作家)、撮影■渡辺利博


※SAPIO2017年3月号

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