原田知世さんが『A-Studio+』に出演。映画撮影裏話を語る「50歳で始めたゴルフのおかげで〈まだ成長できる〉と希望を感じた。活動40周年を終え、あとは何も持たずに楽しみたい」
2025年2月28日(金)18時0分 婦人公論.jp
(撮影◎本社 奥西義和 以下すべて)
2025年2月28日の『A-Studio+』に原田知世さんが出演。鶴瓶と夫婦役を務めた3月7日(金)公開の映画『35年目のラブレター』の撮影裏話や歌手活動について語ります。そこでデビュー40周年の活動を語ったインタビュー記事(2023年10月27日初出)を再配信します。
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1982年「角川映画大型新人募集」で特別賞を受賞し、長崎から上京、ドラマ『セーラー服と機関銃』で主演を務め14歳で女優デビュー。翌年、映画『時をかける少女』でスクリーンデビューを果たす。その後、歌手としても活躍の場を広げ、音楽業と女優業の両方において表現活動を行う。2022年にデビュー40周年を迎えた原田知世さんは、2023年10月25日、8年ぶりとなる洋楽カヴァー集『恋愛小説4〜音楽飛行』の発売を予定している。新作アルバムの制作秘話や芸能活動を振り返った半生、プライベートの過ごし方について伺った。
(構成◎碧月はる 撮影◎本社 奥西義和)
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デビュー40周年の節目に贈られたサプライズ
昨年、無事にデビュー40周年を迎えることができました。40年——長いですよね。人生そのものの一部として仕事があり、たくさんの思い出があります。
中でも、40周年を記念して2022年10月に開催した『原田知世 40th Anniversary Special Concert “fruitful days”』の最終日に味わった感動は一生忘れられません。
私の後方の大画面に映像を映しながら歌っていたのですが、その画面は基本的に私からは見えないもの。その画面を使って、スタッフさんとファンのみなさんがサプライズを考えてくれていて。
「次の曲で携帯のライトをつけてください」と画面に書かれていたようで、観客席に一斉にライトが灯ったんです。真っ白いライトが無数にゆらめく様は、まるでたくさんの蛍みたいでした。これまで見たことのない光景で、本当に美しくて、涙が止まらなかったです。これだけの人が自分に愛情を注いでくれているんだと感じて、鳥肌が立ちました。
本当にここまでこられてよかった
ファンの方々の声援が本当に温かくて、みなさんが私を見守る眼差しの温もりがステージに立っているだけで伝わってくるんですよ。バンドメンバーのみなさんもずっと一緒にやってきた仲間なので、私と一緒に涙ぐんでいました。本当にここまでこられてよかった。やってきた意味があったと思えましたね。
本当は、40周年の節目にファンの皆さんにいろいろお返ししようと思っていたのですが、実際にはその何百倍もの喜びを返してもらって、私はなんて幸せな人生を歩んでいるんだろう、と。14歳でデビューしてから、嬉しいことも大変なこともいっぱいあったけど、これほどの感動ははじめてでした。自分がいつか死ぬ時には、あの日の光景が走馬灯の中で絶対に蘇ると思います。(笑)
去年40周年を終えたことで、自分の中でひと区切りした感覚がありました。ここまでこれただけでも本当にラッキーだったから、ここから先はもっと自由に何も持たずに行けたらいいなと思っています。若い頃は目の前の仕事についていくのに必死だったけど、これ以上ないっていうぐらい満足して40周年を終えることができたので、あとは楽しむだけだな、と。何も背負っていない感覚が心地いいんです。
私の仕事って、いつなくなってもおかしくない仕事ですよね。でも、もうそれでもいいかなって。そうしたら逆に、「今いただいているお仕事を大事にしたい」という感覚が芽生えてきて。「いつまでも先がある」と思うとこんなふうには考えられないけど、「これが最後」くらいの気持ちで物事に臨むと、すべてのことに積極的になれる気がします。
ニューアルバム『恋愛小説4〜音楽飛行』に込めた想い
今回制作したアルバムの選曲は、私の生まれた1960年代と、それに続く70年代の曲に絞りました。「当時から多くの人に愛されてきた名曲をカヴァーで歌おう」——これがアルバム制作の原点です。そこからプロデューサー、ディレクター、スタッフ、私のみんなでアイデアを出し合って1曲ずつ丁寧に選んでいきました。
とはいえ、なかなか最後まで決まらない曲もあって。ずっと一緒に音楽をやってきたプロデューサーの伊藤ゴローさんをはじめとして、私の歌や声を理解してくれているスタッフのみなさんと共に、それぞれ違う角度から意見を出し合いました。信頼のおけるメンバー同士で納得しながら進められたので、完成したアルバムの出来栄えには満足しています。
今回は8年ぶりの洋楽カヴァー集ということで、レコーディングに関しては英語の発音の練習からはじめました。私が英語を流暢に話せる人だったら、なんの苦労もないんですけどね(笑)。ボイストレーナーの先生と発音の練習をしたのですが、洋楽独特のリズムに慣れるのにも時間がかかりました。洋楽のリズムって、邦楽とは違うので、通常のレコーディングよりも多めに時間をとってもらい、しっかりレッスンした上で収録に臨みました。
英語で歌うと声のニュアンスが変わるので、普段は出せないニュアンスが出せたりするのも面白かったです。8年ぶりの挑戦でしたが、「自分の歌を育てるには、洋楽はすごく良い」と改めて感じました。発音練習もそうですけど、“学ぶこと”ってすごく大切で。学びには必ず結果がついてくるから、頑張ろうと思えるんです。
洋楽カヴァー集を作れるチャンスはそう多くないので、大事なチャンスを無駄にせず、みんなで楽しみながら良いものを作りたい。そんな想いで取り組みました。35周年から40周年までは忙しくも充実した日々が続いていたので、今年は少しゆったりしたいなと思っていたんです。ちょうどそのタイミングで今回のアルバム企画のお話をいただいたので、8年前にくらべて2023年は音楽をじっくり作れた1年でしたね。
音楽は「今の自分を表現する場所」
子どもの頃から歌うことが好きで、よく歌っていました。お風呂で歌うとリラックスできるしエコーもかかるので、当時からそれが習慣で、歌は自然と自分の中にあるものでした。それが仕事になったことで、緊張して固くなってしまった時期もあります。でも今は、子どもの頃のように伸びやかな気持ちで歌おうと思っていて。だから最近は、あえてお風呂でよく歌うようにしています。その感覚を覚えておけば、ライブやテレビ番組で歌う時にも喉が詰まらないんです。
私は女優業も長く続けていますが、お芝居はいつどんな役に出会うかわからないので、役に出会ってから自分の中でいろんなことを深めていって、役に近づく感覚で演じています。
一方で、音楽は「今の自分を表現する場所」だと思っていて。昔のアルバムを聴き返してみると、当時の自分の姿が見えてくる。自分の足跡を残してこれたという意味でも、これだけコンスタントにアルバムを出し続けてこられたのは、すごく幸せなことだと感じています。
ニューアルバム『恋愛小説4〜音楽飛行』初回限定盤
女優の仕事をここまで長くやれたのも、音楽という表現活動があったからこそで、どちらか片方だけではこんなに長く続けることはできなかったと思います。女優業と音楽業の仕事配分における微妙なバランスは、自分で計画しているものではなくて。いろんなご縁があって気づいたらここまで来ていた、というのが正直なところです。
影響を受けたアーティストは、久保田早紀さん
音楽活動において大きな影響を受けたアーティストは、久保田早紀さんですね。デビュー前、故郷の長崎に住んでいた頃、久保田さんのアルバムをカセットに録音してずっと聴いていました。『恋愛小説2〜若葉のころ』で「異邦人」をカバーさせていただいたのですが、本当は他の曲もカバーしたいぐらい大好きなんです。
久保田さんの声が好きなのはもちろん、ポルトガルの民族歌謡「ファド」を取材して現地でレコーディングされた曲もすごく好きで。1970年代、キラキラした楽曲が多かった音楽界の中で、彼女が歌いはじめるだけで空気が変わるような独特のムードを持った方でした。どこにも力を入れていない歌い方が誰にも似ていなくて、子ども心に久保田さんが持つ世界観に強く惹かれましたね。
20代の頃、女優業と歌を切り離して自分を表現する場所を作りたくて模索していた時期には、シンニード・オコナーさんの歌をよく聴いていました。私とは対極にいるような方だけど、彼女の表現力には圧倒されるばかりで。ちょうどその頃の私は、自分の内側にこもっていろいろ迷っていた時期でもあったんです。そんな時、自分だけの世界にふっと入って心を落ち着かせる存在としてシンニードさんの曲が傍にありました。
私がシンニードさんの曲に支えられてきたように、音楽には人を救う力があります。なので、自分がこれまで残してきたものに「癒やされます」と言っていただけると、歌う喜びを感じますね。“私の歌もちゃんと誰かに届いているんだ”と思えます。
50歳からはじめたゴルフと仕事の相乗効果
50代になると代謝が落ちるので、健康や体型維持のために適度な運動を心がけています。YouTubeの動画を見ながら股関節の運動をしたり。あと、友人の勧めで50歳からはじめたゴルフも良い運動になっています。ゴルフをはじめた当初は全然うまくできなくて、「いつかちゃんと振れるようになるのかな」と不安になるぐらい難しかったですが、ずっとコツコツ続けていくうちにちゃんと成長していて。
自分で撮った前年のフォームを映像で見比べると、やっぱり全然違うんです。子どもの頃にバレエを習っていたことがあって、スパルタの先生のもとで12年間学んでいたので、そこで「続けること」に対する胆力が培われたのも良かったですね。
50代になって、基本的には「ここからいろいろとできないことが増えていくのだろう」と予想していました。でも、ゴルフをはじめてみたら「まだ成長できることがある」と気づいて。その時、すごく希望を感じたんです。ゴルフって本当に手強くて、嫌になる時もあるんですけど、成長を感じられるので続けていける。
50歳からはじめて変化してきているということは、やり方やコツを掴めばもっと成長できるんじゃないかと思って。そういう面でゴルフとの向き合い方は、仕事の向き合い方とメンタル的な部分が似ていると感じています。
ゴルフは「自分と向き合う」スポーツ
歌に関しても、昨年からボイストレーナーのレッスンを受けているのですが、続けていく中で少しずつ違いがわかってきて。ゴルフにしても歌にしても、掴めそうで掴めない。でも、やっていくうちに成長を実感できる。そんな共通項がある楽しみが増えたことで、「これからできることが増えていったらいいな」と新たな目標が持てました。
ゴルフは「自分と向き合う」スポーツで、メンタルの影響を強く受けます。一打目がいいと、その後もいい流れができる。ライブも実は同じで、最初の一声目がいいとスムーズに進むんですけど、スタートで引っかかりを覚えるとそれを持ち直すのに時間がかかってしまうんですよね。だから、そうならないためにしっかり準備して練習を積んで、その上で「どうにでもなれ」と思い切れる域に到達すると、もう大丈夫だなと思えます。ライブもゴルフも、そういうモチベーションで臨んでいますね。
ゴルフの練習をしている間は無心になれるのもいいんですよ。特に仕事が忙しい時期は、少しでもゴルフをすると心が解放されます。なので、仕事のことを忘れて脳を休める作業でもあります。昔の自分だったら考えられませんが、ドラマの撮影で空き時間ができたら「少しだけ打ちっぱなししてこようかな」とか。ただ悶々と次の撮影のことを考えながら待つよりも、オン・オフのスイッチを意識的に切り替えていこうと思って。
ゴルフも仕事も一緒で、リラックスできているときのほうが良い結果が出ます。力を抜けば抜くほど、遠くに届く。体をゆるめないとジャンプできないのと同じですね。力の入れどころ、抜きどころの感覚を養う意味でも、勉強になっています。いろんな意味で、ゴルフをはじめて良かったです。
家族との時間を大切に過ごしたい
14歳のデビュー時に母と一緒に東京に出てきて、数年後に姉も上京してみんなで東京で生活してきて、今では東京での暮らしの方が長くなりました。父が亡くなって以降、故郷の長崎に帰る機会はぐっと減ってしまって。ニュースなどで長崎のお祭りの光景などを見ると、やはり血が騒ぐというか「帰りたいなぁ」と思ったりもします。でも、知っている場所はどんどん減ってきているので、今は“心の中にある長崎”に思いを馳せている感じです。
時代ごとに、いろんな家族の思い出があります。姉には子どもがいるのですが、子どもたちもだいぶ大人になってきて、さまざまな話ができるようになりました。母は高齢でもう90歳になりますが、今も元気でいてくれています。でも、それぞれが巣立っていくことを考えると、こうやって家族が一緒にいられる時間は意外とそんなに多くない。そう考えると、この数年ってすごく大事な時間だと思うんですね。
若い頃は私自身が仕事でほとんど出かけていて、家でゆっくり過ごす時間を持てませんでした。でも、大きな節目を終えた今、やっとまた落ち着いて家族と向き合って静かにご飯を食べる時間が持てるようになって、この幸せな時間を大事にしないといけないなと感じています。
家族と一緒に過ごす休日は、お昼ご飯をみんなでゆっくり食べるんですよ。ちょっとビールとかも飲んだりして。母は量は飲めませんが、今もお酒は好きなので、母と姉と一緒に飲みます。それで少し昼寝をして、姉と買い物に行って夜ご飯を考えて、その合間にゴルフの準備をしたり、夜は甥っ子や姪っ子たちとNetflixで映画やドラマを観たり。本当に「何にもしない休日」を過ごしていますね。
全てにおいて、変化の多い50代
甥っ子や姪っ子とは、お互いにお勧めの番組を教え合ったりしています。最近観たのは、韓国作品の『Mask Girl』です。怖かったけど面白かったですよ。あとは姪っ子にお勧めされたアニメ『スキップとローファー』も観ています。昔の少女漫画に比べて、登場人物たちやストーリーが大人っぽいんです。さらっとしていながらも、心の機微などの繊細な一瞬を捉えているアニメですね。
仕事、プライベート、家族との時間。すべてにおいて、変化の多い50代を過ごしています。40代から50代に変わる時は、50代って何となく重い気がしていたんです。「ああ、50代か……」って。でも、今度60代になる時は、「60代か」とは思わない気がするんですよね。どんな50代がくるんだろうって思っていたんですけど、いざ蓋を開けてみたらすごく楽しくて、体もむしろ元気になってきていて。50代、いいですよ。
私は歳を重ねることを悪いことだとは思わないし、「去年より今年のほうが楽しい」とずっと思いながら生きています。これからも、そういう自分でありたいですね。