女優・渡辺美佐子 照明担当者がかいた「汗」への敬意

2月28日(木)16時0分 NEWSポストセブン

渡辺美佐子は俳優座出身

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優座養成所在籍中に映画で女優デビューした渡辺美佐子が、デビュー当時の思い出について語った言葉をお届けする。


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 渡辺美佐子は一九五一年、俳優座養成所に三期生として入所、在籍中の五三年に今井正監督の映画『ひめゆりの塔』で女優としてデビューしている。


「俳優座養成所には個性的な俳優がたくさんいるという噂が立って、いろんな監督さんが面通しにいらしたんです。その中に今井先生がいらして、『ひめゆりの塔』の沖縄の女学生役に選ばれて、先生に引率されて大泉の東映の撮影所に通いました。


 スタジオには何十人ものスタッフがいらして、皆さんがいい映画にしようと本当に泥まみれになりながら働いていました。それで、セットに入ったら上から水が落ちてくるんです。


 見ると、上からライトを当てている照明さんたちの汗。当時は光量が強いから、熱いんですよ。でも、汚いとは思いませんでした。あんな高いところから私たちを照らしてくれて、大変だなあと。そういう、皆で力を合わせて一つの作品を生み出すのって素敵だと思いました」


 渡辺が演じたのは、沖縄戦で負傷し、ただ一人残されて自殺していく女学生役だった。



「ラッシュを観た時、涙が流れました。今井先生が『どうしたの?』と聞いてこられたのですが、とにかく自分の芝居が気に入らなくて。ここに映っているのは『ひめゆり』の子じゃないと思えたんです。


 すると先生は、『一週間あげるから何が気に入らないか考えていらっしゃい』って。その時は『はい』と答えましたが、大変なことなんですよね。一週間後に撮り直すためにセットもそのままにしないといけませんし、相手の俳優さんもいますし。


 当時はそんなことも知らずに家に帰って鏡を見たら、『太っている』と思いました。当時の沖縄の子たちは食べ物もなくてみんな骨と皮になっていたわけですから。それで絶食をしました。


 兄の友達がお醤油を飲んで体を壊して兵役を免れたという話を聞いていたので、お醤油を水で薄めて飲んだんです。あとは一週間、何も食べませんでした。当時の沖縄の子に近づくにはそれしか方法がなかったんです。


 それで一週間後に同じシーンを撮ったら、先生が『眼の光が良かった』と言ってくださって。俳優というのは演技も必要ですが、自分の身体が何かを語るんだと肌で感じましたね」


 養成所卒業後は劇団新人会に入団。同時に日活と契約を結ぶ。



「劇団にお金がなくて。それで小沢昭一さんと私が『日活と契約して映画で金を稼げ』と言われたんですよ。年に五本という契約でしたが、多い年は年に十二本ぐらい出ました。午前に女学生役をやって午後は芸者とか。


 俳優座養成所を出ているから何でもできると思われていて私には演技指導はなかったのですが、養成所では理論しか教えてもらってないんです。だから基礎も知らなくて。


 でも、養成所の名前を汚すわけにはいきませんからね。それで裏で小道具さんの所に行ってお酌の仕方を教わったり、衣装さんに着物を着せてもらって芸者の所作を教わったりしました。


 ですから今でも『私は映画育ちです』と言っています」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


■撮影/五十嵐美弥


※週刊ポスト2019年3月8日号

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