石坂浩二 権力者を演じる時は孤独を味わうために挫折を探す

3月1日(日)16時0分 NEWSポストセブン

 役者・石坂浩二の当たり役として思い浮かべるもののひとつに、将軍や大学教授、社長など権力者の役がある。そういった権力をもつ者を演じる時に必ずしていることについて石坂が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる連載『役者は言葉でてきている』からお届けする。


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 石坂浩二は大河ドラマでは『元禄太平記』の柳沢吉保、『草燃える』の源頼朝、近年では『白い巨塔』の東教授や映画『沈まぬ太陽』の航空会社社長など、権力者の役を演じることが多い。


「権力者を演じる時は、彼らが挫折する場所を探すようにしています。観る方は気付かなくとも、演じながら権力者の孤独みたいなものを味わってみたいんですよ。しかも権力のあり方が違うから、同じ権力者でもそれぞれに演じる面白さがあります。


 吉保も頼朝も、最後は何一つ思い通りに行っていないように思えます。特に頼朝は、鎌倉に幕府は作ったものの、京都に帰りたいという気持ちが凄くあったんだと思うんです。それを義経に先にやられたことが許せなかった。京都に帰れないまま鎌倉で死んでいくことは、やはり辛いんですよ。だから、反転して天皇家と対峙していく気持ちが強くなっていった。


『白い巨塔』はまさに挫折していく権力者ですし、その挫折から立ち上がっていくのが素晴らしい。


 そうやって準備段階で役のことを知っていくと、演じる時の安心感になるんです。第一声を発する時に『俺はコイツを全て知っているぞ』と言い聞かせていないと不安になる。これをプロセス的にやっておくと、後は自由にやることができます。


 十七代目の中村勘三郎さんからも、そういうことを教わりました。『役を作れば、セリフはひとりでに出てくるんだよ』と。勘三郎さんは『セリフは覚えなくていい』とおっしゃっていました。実際、立ち稽古の段階になっても、プロンプターがセリフを全て言うんですよ。ところが本番になったらちゃんと出てくる。そういうのを掴むのがお上手な方でした」


 石坂の演じる権力者は、悪役的な憎々しさとは異なる、どこか生々しい厭らしさが漂う。


「権力者を演じる時は、取り立てて強調することはしません。たとえば『白い巨塔』だと、大学病院には教授は必要ですし、教授になった人はそれを守ろうとする。そこでは座っているだけで周囲は頭を下げるわけなので、普通にしていれば偉い奴だと思われるんです。考え方としては『太閤記』の時と同じです。


 思い出すのは、森雅之さんが舞台の『オセロ』でイアーゴを演じられた時の言葉です。普通は憎々しく演じる役なのですが、森さんは二枚目でカッコよく演じていた。それでお目にかかってお話をうかがったんです。


 すると『ストーリー上はちゃんと残酷な人間になっているじゃないか。それなら、それ以上の残酷さを僕が説明することもないよね。後は、僕が演じているんだから僕なりのやり方でやればいいんだ』と。『それなら、僕がやる時も僕なりにやって構わないんですか』と聞いたら『そうだ。ちゃんと台本にはずる賢く書いてあるだろ。あとは演出家に「こうしてほしい」と言われた時だけ、そうすればいいんだ』とおっしゃっていました。


『憎々しく演じることもないし、「悲しい」とか説明しなくてもいい。台本に書いてあることは、一切やらなくていいんだ』と」


●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。主な著書に『天才 勝新太郎』、『あかんやつら〜東映京都撮影所血風録』(ともに文藝春秋刊)など。本連載に大幅加筆した単行本『役者は一日にしてならず』が発売中。


※週刊ポスト2015年3月7日号

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