美智子さまと交流、大河ドラマ等衣装考証・小泉清子さんの秘話

3月3日(日)16時0分 NEWSポストセブン

美智子さまは素朴な野の花柄を好まれる(時事通信フォト)

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 1984年の『山河燃ゆ』から始まり、渡辺謙(59才)の『独眼竜政宗』、宮崎あおい(33才)の『篤姫』など30作品近い大河ドラマの衣装考証を担当。原節子さん(享年95)、岩下志麻(78才)、宮沢りえ(45才)など多くの芸能人に愛されてきた着物デザイナーがいる。呉服店「鈴乃屋」名誉会長の小泉清子さんだ。


 その小泉さんが2月17日、老衰のためこの世を去った。ちょうど100才での大往生だった。


 ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)で衣装協力し、橋田壽賀子さん(93才)とも親交が深かった。その橋田さんはかつて小泉さんのことを、「“おしん”以上に劇的な人生」と語っている。小泉さんは1918年、東京生まれ。幼い頃から着物に親しんでいた。


「結婚して間もなく夫が出征。2人の幼子を抱えて大変な中、終戦後の焼け野原でもんぺ姿の女性たちが真っ黒になって働いているのを見て、大変ショックを受けたそうです。“かつての美しい着物姿を取り戻さなければ”という思いから、1947年、東京・上野に呉服店『鈴乃屋』を創業した。夫の戦死を知ったのは、その翌年のことだったといいます。当時は女性の経営者なんてほとんどいませんから、“女は信用ならん”と言われて、ずいぶん苦労したそうですよ」(ファッション関係者)


 小泉さんは経営センスとデザイン力で着物を創作し、客足を伸ばした。原節子さんが店を訪れた時には店の前が黒山の人だかりで、警察官が整理に当たるほどだったという逸話もある。


 2人の子供を育てながら「鈴乃屋」を全国チェーンに拡大させた小泉さん。そのかたわら、大河ドラマをはじめとする衣装考証を数多く手がけ、芸能界を裏で支えてきたので、親交の厚い芸能人は数多い。


 そんな小泉さんが、生涯をかけて熱心に取り組んだのが、美智子さまのご衣装作りだ。小泉さんと美智子さまの交流のきっかけとなったのは1963年、軽井沢で催した鈴乃屋の展示会に、美智子さまの女官が訪れたことだった。


「急に訪れた女官は“美智子妃殿下がご覧になります”と言って、何枚か着物を持ち帰ったそうです。美智子さまは大変気に入られたそうで、小泉さんは東宮御所に呼ばれ、ご交流が始まりました。図案を描いて提案し、お返事をいただいたら着物を作る。美智子さま自ら“このようにしたらいかがですか”とお話しされることもあったそうです。美智子さまは小泉さんのセンスに大変信頼を置かれていて、着物を洗っては色を変えたりされて、大切にお召しになっています」(小泉さんの知人)



 小泉さんは2005年に行われた黒田清子さん(49才)の結婚披露宴の衣装も担当している。


 1985年に黄綬褒章と科学技術庁長官賞を、1991年に外務大臣表彰、1993年に文化庁長官表彰、2007年には長年にわたるテレビへの貢献から、橋田賞特別賞を受賞している。


「92才で鈴乃屋の名誉会長になって以降も、毎日会社に出社していました。健康のために、自宅のエアロバイクで1km走るのが健康の秘訣だと言ってましたね。衣装考証のために現地にまで足を運んだりと、終戦から亡くなるまで、弱ったところを見せず走り続けた人でした」(前出・知人)


 最後に担当した大河ドラマは2015年の『花燃ゆ』。まさに最後まで命を燃やし尽くした、女傑の一生だった。


※女性セブン2019年3月14日号

NEWSポストセブン

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