春野恵子 電波少年の東大企画で2回脱走してた過去を告白

3月8日(火)7時0分 NEWSポストセブン

『電波少年』の秘話を明かした”ケイコ先生”春野恵子

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 1990年代の人気番組『進ぬ!電波少年』(日本テレビ系)の企画「電波少年的東大一直線」で、東大卒の家庭教師・ケイコ先生としてブレイクした春野恵子。当時、お笑い芸人・坂本ちゃんを、日本大学文理学部などに合格させた。そこに至るまでの8か月間には、知られざる秘話があった。現在は浪曲師として活動する春野に、当時を振り返ってもらった。


——『電波少年』出演のきっかけから教えてください。


春野:事務所に入ったばかりの頃、日本テレビの新番組だと言われてオーディションに行ったんです。でも、どんな番組かわからなくて…。面接だけで終わって、1か月を過ぎても結果が伝えられなかったので、落ちたのかなと思っていました。


 そんな時に、「『電波少年』の観覧に行くから」と突然マネジャーに言われて。家族で旅行に行く予定だったので、私は旅行には後から行くことにして観覧に行ったら、『ダース・ベイダーのテーマ』が流れてTプロデューサーに連れて行かれたって感じですね(苦笑)。


——室井滋さんに促されて。


春野:産休の松本明子さんの代わりに室井滋さんが司会をされていて、「坂本ちゃんが東大に向けて勉強しているんだけども、一人じゃ進まないなあ。この中に東大の人はいませんかね?」っていきなり言い出して。


 私は嫌だったんですけど、隣のマネジャーに手を挙げさせられたんですね。私が『電波少年』に出ると思わなかったのでそのときは、ひたすら笑っていました。びっくりすると、人って笑うのかなって思いましたね。


—— 一切、説明もなかった?


春野:ありません。四谷のマンションに連れて行かれて、「やりますか、やりませんか?」と。


——断らなかったんですね。


春野:はい。「ヤラセかな、1週間に1回くらい収録に行けばいいかな」と思っちゃったんですね。そうしたら8か月間、マンションに閉じ込められました。


——ガチだったんですね。つらかった?


春野:つらい時もありましたよ。辞めたいなとか、おうち帰りたいなとか。当時付き合っていた彼氏もいたので、彼氏に彼女ができちゃう夢を見て、泣きながら目を覚ますこともありました。


 部屋にはスタッフの連絡用の携帯が置いてあったんです。スタッフさんにしか使えないように4ケタの暗証番号が設定されていました。それを寝る時にこっそりベッドに持ち込んで、0000、0001、0002…って延々。家族に電話できないかなって、必死に試したりして。


 ある日、坂本ちゃんが鳴った携帯に出て「ケイコー、お母さんからよ」って、私を呼んだんです。スタッフさんの計らいで母と話せるのかなと思って出たらスタッフさんで。その瞬間、すっごい泣いちゃって。驚いた坂本ちゃんが慌てて「ごめんごめん、冗談だったのに」なんてこともありましたね。


——8か月会えなくて、彼氏とはどうなりましたか?


春野:企画が終わって会いに行ったら、もう新しい彼女ができていました。初めて付き合った彼氏だったのに…。


——食事はどうしていたんですか?


春野:朝昼晩のテストで80点取れないともらえないので、ほぼ、1日1食。お腹が空いていたので、あじのひものは骨まで全部食べていたし、付け合わせのソースをなめたりしていました。企画が終わったら10kgくらい痩せたので、それは嬉しかったです。


——外にも出られないし大変ですよね。


春野:実は、2回脱走して、家に帰ったことがあるんです。計画的犯行です。何曜日は一番怖いスタッフさんがお休みだなとか、スタッフさんの行動を全部メモして。夜中にビデオを取りに来たり、日記を書いてと言われたりするので、その時間も全部チェックました。それで、何曜日の何時はスタッフさん来ないって。


 決行したのは、消灯してからで、真夜中です。外に出られないように、靴も取り上げられていますからね。黒いガムテープで、靴下の周りに黒いガムテープをぐるぐる巻いて、靴に見えるようにして。坂本ちゃんと2人で脱出しました。マンションの隣は、スタッフさんが使う部屋になっているのでドキドキでした。


——脱出して、どこに行きましたか?


春野:まず、コンビニに行って、肉まんとかプリンとかを買って2人で四谷の公園で食べました。それから、私は電話ボックスから親に電話して、実家に帰りました。母に会えた時は、ほんとうれしかったですね。


 戻る時は、四谷のマンションまで親が車で送ってくれて。別れる時は、泣きながらバイバイしました。でも『ショーシャンクの空に』とか、脱出ものの映画が好きなので、計画立てて脱出するって、すっごく楽しかったです。絶対誰にもばれないような脱出計画を何日もかけて練ることってないじゃないですか。 


——結局、バレなかった?


春野:部屋にいるときは、マイクが音を拾うので、坂本ちゃんと脱走のことを口に出さないようにしようって言っていたのに、坂本ちゃんが「次、いつ行く?」と言っちゃったんですね。そうしたらスタッフが聞いていて、「おまえら、なにしたんだ!!」ってものすごい形相で。それから脱出はもうできなくなりました。


——番組後は知名度も上がって、女優としても活躍することに。


春野:電波少年が終わってから1年くらいしか芸能活動をしていないんですけど、いろんな経験をさせていただけたのは楽しかったですね。それまで演技は舞台しか経験していなかったので、『救命病棟24時』『スタアの恋』(共にフジテレビ系)とか、ドラマに出させていただくことで、映像のお芝居を経験させていただけたのは、すごく面白かったです。


——順調に仕事が増えていたのに、なぜ浪曲師に?


春野:『電波少年』でデビューとなると、どうしても“東大卒のタレント”的なお仕事のオファーが多くなります。坂本ちゃんの合格発表の放送では30%を超えるような視聴率で、自分の実力じゃないところで、名前と顔がポンと売れてしまいました。


 私はお芝居をしたり歌を歌ったり、表現をすることを仕事にしたいと思っていて。タレントになりたいなら良かったんですけど、私がやりたいのは別のところにあったので、自分の人生を乗っ取られた気がしてつらかったんです。自分の人生を模索している時に、出会ったのが浪曲でした。これだ!と思いましたね。


【春野恵子(はるの・けいこ)】

7月22日生まれ。東京都出身。『進ぬ!電波少年』(日本テレビ系)の企画「電波少年的東大一直線」でブレイクし、その後、バラエティーやドラマ『救命病棟24時』(フジテレビ系)などで活躍。2003年に女流浪曲師・春野百合子に師事し、春野恵子となる。「春野恵子応援会」会員募集中(無料)。

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