舞踊家・田中泯 人間って、はっきり言って野蛮です

3月9日(金)16時0分 NEWSポストセブン

舞踊家の田中泯

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優としても活躍する舞踊家の田中泯が、『メゾン・ド・ヒミコ』の台本を読んで気づき、仕事を選択する基準が変わったことについて語った言葉をお届けする。


 * * *

 舞踊家・田中泯は二〇〇二年に映画『たそがれ清兵衛』に出演して以降、役者としても活躍するようになる。二〇〇五年の『メゾン・ド・ヒミコ』ではゲイの老人役を演じた。


「『たそがれ清兵衛』に出演してから、似たような仕事の依頼が結構来たんです。でも、全て断りました。そんな時に『メゾン・ド・ヒミコ』の台本を送っていただき、読んだら面白かった。


 その時に気づいたことがあります。それは、人間にはちょっとした違いで『もしかしたら、ああなっていたかもしれない』という『もう一つの可能性としての自分』もいるのではないかということです。


 たとえば江戸川乱歩が『私は生まれた時から、私という群れの中の一人でしかない』と言っているように、あるいは寺山修司が『寺山修司という職業を私は生きている』と言っているように、私もまた『他にたくさんいるかもしれない私』の中の一人を今やっているだけではないか。そして、この台本を読んだ時に、『私はこの人を知っている。自分自身の可能性の一つではないか』と思えたんです。


 それから仕事を選択する基準が変わりました。『別のタイミングで生まれていたら、こんな人になっていたかもしれない』『この人に生まれてきてたらどうだったろう』と芝居を通じて考える楽しみが出てきたんです。


 そして、『この人は踊りの中に現れるかもしれない』と思うようになることで、凄く脱皮することができました」


 二〇〇七年のNHKドラマ『ハゲタカ』での職人役、二〇一〇年の大河ドラマ『龍馬伝』の土佐藩執政・吉田東洋役。いずれも大友啓史演出の作品でインパクトの強い芝居を見せた。


「本当はテレビには出たくないってずっと言っていたんです。断りにいったつもりが、いつのまにか衣装合わせをしていた──みたいな感じで出たのが『ハゲタカ』でした。大友さんには凄く説得されましたよ。『これってセリフが長いから、たぶん俺はダメだよ』って言っていたら、『大丈夫、大丈夫』って励まされて。結果としてそれが評価されたので、その流れに『龍馬伝』もありました。


 あの時代のことは自分なりに勉強していましたが、吉田東洋のことは知りませんでした。それだけに、かなり驚きました。演技以前の勉強といいますか、ああいう人間の心境を支えているものは何なのか、知りたかった。結局、七割くらいは世の中を諦めている人なんだと思いました。それでも残りの三割に希望があって、若者たちに未来を託そうとしていたんじゃないかと。自分という壁を見て壊そうと思う衝動、そのモチベーションを抱ける若者を見抜ける力を持っていたように思えます。


 それでも、彼はその若者たちに殺されてしまった。そういうことは歴史の中にごまんとあります。人間って、はっきり言って野蛮です。同じ種の命は奪わないという、他の動物は絶対にしないことをやっている。ルールをいまだに作れない。その流れの中に、僕はほとんどのドラマを見ようとしています」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小社刊)が発売中!


◆撮影/五十嵐美弥


※週刊ポスト2018年3月16日号

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