現代劇の女方・篠井英介「舞台上演1ヵ月前に、著作権者から中止の通達が。9年かけてようやく上演できた『欲望という名の電車』。今後もやっぱりブランチをやりたい」【2024年下半期ベスト】
2025年3月11日(火)11時0分 婦人公論.jp
「僕はこの時から、メイクや衣装など見かけの女らしさを排除して、ほぼ生身に近い姿形で、舞台に立つようになりました」(撮影:岡本隆史)
2024年下半期(7月〜12月)に配信したものから、いま読み直したい「ベスト記事」をお届けします。篠井さんは現在放送中の『クジャクのダンス、誰が見た?』で、松風弁護士(松山ケンイチ)の父・久世正勝役で登場しています(初公開日:2024年8月20日)
********
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは——。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が聞く。第31回は俳優の篠井英介さん。現代演劇の女方としてさまざまな舞台に立つ篠井さんは、2023年12月に劇団イキウメの『人魂を届けに』と、ケムリ研究室の『眠くなっちゃった』で紀伊國屋演劇賞を受賞。篠井さんの俳優人生に訪れた転機とは——。
* * * * * * *
<前編よりつづく>
9年の歳月をかけて夢を実現
では、篠井さんのライフワークとも言える『欲望という名の電車』(テネシー・ウィリアムズ作)に初めて出会ったのは、いつ頃だったのか。
——最初はテレビだったんです。杉村春子さん、文学座の。金沢にいるとあんまり生の舞台に接することができないので、いろんな戯曲を本屋さんで漁るわけ。だからもう『欲望〜』も読んでいたのね。
それがテレビで放送されると知って、画面の前にカセットレコーダーとマイクを置いて、家中の人に「黙っててね!」と言って録音しました(笑)。今でも大切に持っていますよ。
それを夜な夜な聴いていたから、僕が最初に『欲望〜』のブランチをやらせていただいた時は、まったく杉村さんのコピーなの。でも誰もコピーとはわからないの。(笑)
その後、生で杉村さんのブランチを初めて観たのは金沢で、僕が高校生の時かな。演劇部の仲間と二人で観に行ったんです。感動のあまり終演後も席から立ち上がれずにいたら、お客はもう誰もいないのに、なぜか大道具のバラシが始まらない。
そこで、「上がっちゃおうか」と二人で舞台に上がって、興奮して舞台装置のドアを開け閉めしたり。まぁ、不法侵入ですよね(笑)。今もその時の感動を覚えています。
篠井さんのブランチは、2001年から3回演じられている。しかし実は92年に実現するはずだったのが、当時の戯曲著作権所有者からブランチを男性が演じることに難色を示され、上演中止を勧告された。
——そうなんですよ。上演権が取れて、もうお金も払ったのに、青山円形劇場で幕が開く1ヵ月前に、主役が男とわかって中止の通達が来ました。
僕たちも困り果てて、友人の弁護士に相談したら、裁判すれば多分勝てるけど、でも2年くらいかかると思うよ、って。
それで演出の盟友・鈴木勝秀くんが一週間で『欲望〜』に似たようなテーマのオリジナル脚本を書いて、上演にこぎつけたんです。
僕はこの時から、メイクや衣装など見かけの女らしさを排除して、ほぼ生身に近い姿形で、舞台に立つようになりました。この8月に池袋で上演する『天守物語』もその線でまいります。
というわけで、第3の転機はやはり、2001年に『欲望〜』をようやく上演できた時でしょうね。
念願の『欲望〜』の上演にこぎつけるまでに、実に9年の歳月が費やされた!
——著作権を取ってくださるエージェントに毎年電話したり、手紙出したり、付け届けしたり(笑)。
そしたらある日、当時の事務所の女性が、「アメリカでテネシー・ウィリアムズの他の作品のヒロインを男性が演じる」という記事を見つけてくれて。それを持ってエージェントに飛んで行って交渉してもらって、許可が取れたわけなんです。
僕の最初のブランチを、文学座の公演で杉村さんの相手役のスタンリーを演じた北村和夫さんが青山円形劇場まで観に来てくださって、「いやぁ、杉村さんを思い出したよ」って。もう滂沱の涙ですよ。
その後、杉村さんのブランチがニューオリンズの街に登場する場面の写真パネルを「やるよ」って、僕にくださった。
杉村さんの素晴らしさは、外国の芝居だということを忘れさせる力があるところです。日本語が美しくて楽しい。あの台詞回しとか息遣いは、聞いててもうワクワクしますからね。
三演目の『欲望〜』の時は、スタンリー役が北村さんのご子息・有起哉くんでした。本当に声がよく似てて、だから毎日が幸せでしたよ。まるで自分が杉村さんになったみたいで。夜な夜なカセットテープを聴いてたころの夢が叶ったみたいでしたから。
女性の役はなかなか回ってこないから
篠井さんの女方の大役は、ほかにも『リア王』のコーデリア、『サド侯爵夫人』のルネ、『ハムレット』のガートルードなど。
——『リア王』は鈴木忠志さんの演出で、リア王役がトム・ヒューイットでしたから、英語と日本語ごちゃまぜで。僕はコーデリア役で嬉しいんだけど、「女っぽくやらないでお能のように男でやれ」と言われて戸惑いました。
それから『サド』の演出はソフィー・ルカシェフスキーというフランス人の女性で、俳優は男6人でやらせていただきました。彼女はジャポニズムを入れたくて、ルネの登場シーンに花道を作らせたりしてましたね。
『ハムレット』のガートルードは、野村萬斎さんの主演の時。イギリス人の演出家だったけど、これも全部男優でした。
でもね、世の中には素敵な女優さんがいっぱいいらっしゃるから、なかなか僕に女性の役って回ってこないんですよ。なので、今度上演する『天守物語』のように、自主公演として、女主人公をバーンとやってみせるんです。
まぁ、歌舞伎の衣装や装置には敵わないから、いつの時代かどこの国かもわからないようにして、でも言葉は全部、尊敬する泉鏡花のままで。
僕がこうして自主公演を打つのは、「現代演劇で女方を生きる人間がここにいますよ」という、プレゼンテーションなんですよ。これだけはやっぱり、やり続けないと。
プレゼンテーションの結果として、今後やりたい役は?
——何でも好きな役をやらせてあげると言われたら、恥ずかしいんですけど、やっぱり『欲望〜』のブランチなんですよ。
三つ子の魂百まで……しぶとく演じ抜いてくださいませね。
関連記事(外部サイト)
- 現代演劇の女方・篠井英介「5歳で観た美空ひばりさんの時代劇映画をきっかけに踊りを習い始めて。その頃から、男より女の踊りのほうが好きだった」
- 初代中村萬壽、長男に時蔵の名を譲り、孫は梅枝を継いで一からスタート「歌舞伎役者として最初の転機は23歳のとき、松緑のおじさんとの出会いだった」
- 長塚京三「ちょっと毛色の変わった学部にと、衝動的に選んだ早稲田大演劇科。どこか遠くに行きたいとパリ留学へ。そこで映画出演の話が舞いこんで」
- 吉田鋼太郎「高校の時初めて見た舞台、橋爪功さんのシェイクスピア喜劇『十二夜』に衝撃を受けて。劇団四季の研究生は方向性の違いから早々に辞め」
- 林遣都さんが『徹子の部屋』に登場。私生活での素顔を語る「父親としても、役者としてもまだまだこれから。吉田鋼太郎さんのアドバイスを胸に」