佐藤天彦九段と振り返る50期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第1局
2025年3月11日(火)11時30分 マイナビニュース
3月2日(日)に行われた第50期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第3局において、藤井聡太棋王が挑戦者の増田康宏八段に勝利し、タイトル防衛に成功。3連覇を達成しました。
将棋世界本誌では今後、棋譜やレポートを掲載していきます。その第1弾として、佐藤天彦九段に五番勝負第1局を解説していただきました。冒頭では、対局者2人の印象、現地の様子についても語っていただいています。
本稿では、2025年3月3日発売の『将棋世界2025年4月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)に掲載された、第50期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第1局解説記事、「らしさ全開の中盤の駆け引き」より、一部を抜粋してお送りします。
○佐藤天彦九段と振り返ろう 第50期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第1局
(以下抜粋)
●棋王戦第1局の現地大盤解説を担当した佐藤天彦九段に解説をお願いします。藤井聡太棋王に増田康宏八段が挑戦する構図ですが、まず増田八段の棋風にどういう印象を持っていますか?
「私との対戦数はそれほど多くないんですけど(5局)、中盤戦が特にうまい印象があります。相手よりもいい態勢を作って、相手が気がつかないうちに自分側に少し有利な条件にする。それを中盤の後半ぐらいから圧倒的に有利な態勢に昇格させて、最後は敵玉を詰まさなくても勝てるような大差をつける将棋です」
●増田八段には先月号の本誌でインタビューをしました。AI(人工知能)での序盤研究が少なめ、そもそもノートパソコンを使っているという話が印象的でした。最近のタイトル戦に出場している棋士とは少し路線が違うようですが。
「そうですね。AIで研究した手順を暗記して実戦で披露する感じではありません。割と早めに定跡から外れても、まあいいかなという感じの将棋ですよね。さすがに本局はAIを用いて研究してきたとは思うんですけど。基本的に増田八段は中盤の地力勝負というイメージで、そこが非常に優れています」
●藤井棋王の最近のパフォーマンスをどう見ていますか? 今年度は叡王を奪われていますし、例年8割以上を誇る勝率も7割台です。8割を切って話題になるところが藤井棋王のすごいところとも言えますが。
「昨日決着した王将戦第3局はすごかったですよね。人間同士なら先手がだいぶ勝ちやすい将棋に見えたんですけど、本譜の進行は話題になった代案しか勝つ道がなかったようで、細い道をいかないといけないので大変です。これを後手で勝つ藤井棋王はやっぱりすごいなと」
●以前と変わらない強さですか?
「いちばん調子がいいときに比べると、また違うような気もします。以前は評価値で見ていても全く間違える気配がなかったですが、いまは少しブレるときもあります。苦しくなることも割とあるのかなと。やっぱり藤井棋王は完全に戦法を固定しているので、相手も準備しやすいこともあるかもしれません。そうは言ってもいちばんいいときと比較しているだけで、他の棋士ノリになるような感じではない。形勢が悪くても、相手にとって勝ちきるのが大変な局面をどんどん突きつけてきます。それを乗り越えて藤井棋王に勝つのは本当に大変ですね」
●この2人は過去に7局の対戦がありますが、タイトル戦で当たるのは初めてです。シリーズの見どころは?
「中盤戦のねじり合いでしょう。本局に関しては後手の増田八段が序盤で研究手を披露しましたけど、研究だけでどちらかに形勢が傾くような組み合わせではない気がします。ただ中盤で互角に近い局面しか作れないと、増田八段にとっては不利かなと。やっぱり終盤の詰む詰まないの路線に入ったときは藤井棋王に軍配が上がりやすいので。だから中盤戦が終
わるまでに増田八段にとってよい局面を作らなければいけないところがまず見どころでしょう」
●確かに増田八段が詰むや詰まざるやの局面になっているところはあまり見たことがない気がします。
「そうなんですよ。増田八段の将棋は中盤で優勢にして、最後にそれをちょっとずつ削りながら敵玉を詰まさずに勝ちきるタイプです。ただ藤井棋王も中盤はめちゃくちゃ強いので、増田八段の最大の長所がどれだけ藤井棋王に通じるか」
●高知新聞社の創刊120周年記念事業で、開幕戦は高知県で行われました。佐藤九段は高知を訪れたことはありますか?
「初めてでしたね。聞き手を務められた島井咲緒里女流二段の故郷で、僕は彼女と仲よくさせてもらっています。それもあって現地の人にもとても歓迎していただきました。主催の高知新聞社もかなり力を入れてくださっていて。観光はできませんでしたがご飯も美味しくて、宿泊したホテルのお風呂も気持ちよかった」
●公園で青空将棋をやっているのを見学にいかれたようですね。
「はい。帰京日だったので10分くらいしか見学できませんでしたが、楽しそう様子を見られたのはよかったですし、高知城を遠くに眺めることもできました」
●公園で将棋を指している人がいたのは、たまたまだったのですか?
「いえ、戦後すぐぐらいに始まったそうで、現在まで続いていると聞いた気がします。闇市とかやってた時代は街中で指していたのが、邪魔になるので公園に移動したみたいですね。30年前の第20期棋王戦で羽生善治—森下卓戦がやはり高知県で行われたのですが、お二人が青空将棋を見学している写真がありました」
●前夜祭で印象に残ったことは?
「藤井棋王は貫禄があって落ち着いていました。増田八段は初めてのタイトル戦の前夜祭で、緊張気味というか若干そわそわしていました。増田八段のほうが年上だけど、フレッシュな挑戦者に見えましたね(笑)。でもスピーチでは『明日は藤井棋王の先手角換わりをどうにかしないといけない』という話をしていて、なかなか対局者はそこまで踏み込んだ話を事前にしませんよね。彼らしいサービス精神を感じました」
(第50期棋王戦コナミグループ杯五番勝負【藤井聡太棋王vs増田康宏八段】第1局 「らしさ全開の中盤の駆け引き」解説/佐藤天彦九段 記/大川慎太郎)