天皇陛下「象徴」模索の礎になった本と美智子さまに贈った本

3月12日(火)16時0分 NEWSポストセブン

1959年 成婚直後の両陛下(ullstein bild/時事通信フォト)

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 天皇・皇后両陛下は、3月26日に奈良県、4月18日に三重県に足を運び、それぞれ神武天皇陵と伊勢神宮を参拝する。これが、退位前の最後の地方訪問となる予定だ。


 平成に入ってから、両陛下は47都道府県すべてを2度以上訪れている。行幸啓に際しては訪問先の歴史や文化についての書物や資料に細かく目を通すという。


「お迎えする自治体職員や地元住民も知らないような深い知識が、会話の中で飛び出すこともある。両陛下の研究熱心さと読書家ぶりにいつも驚かされます」(皇室記者)


 天皇陛下が10代の頃、教育係を務めたのが、かつて慶應義塾大学塾長だった小泉信三だった。当時、講義に用いた書物の中に、福沢諭吉の『帝室論』と、幸田露伴の『運命』があった。


「当時は戦後間もない頃。陛下は日本の皇室の置かれる状況が刻一刻と変わっていくのを、皇太子という立場から間近でご覧になっていました。


 小泉信三の講義では2冊をかわるがわる音読したといいます。皇室の存在意義や機能を論じた『帝室論』と、古代中国の明朝の建文帝を主人公に据えた『運命』は、立憲君主制という新時代を迎え、将来天皇になる陛下の“心構え”を築くのに影響したと言われています」(皇室ジャーナリスト・神田秀一氏)


 生まれながらに天皇になる運命を背負い、一方で終戦によって「天皇の位置づけ」が大きく変わった。そんな時代に、この2冊は、「象徴天皇」を模索する礎になったのかもしれない。



◆追い求められた「理想の夫婦像」


 1956年夏、軽井沢のテニスコートでおふたりは出会い、翌年11月に婚約が発表された。


 当初、美智子さまの実家である正田家は、前例のない「民間からの皇太子妃」に戸惑い、固辞していた。当時を著した『この三十年の日本人』(児玉隆也著)に、興味深い記述がある。


〈結婚前の皇太子が読み、未来の妻に贈った『ヴィクトリア女王伝』の記述が、二人の“理想の姿”になっていた〉


 その一冊が、イギリスの伝記作家・リットン・ストレイチイの綴った『ヴィクトリア女王』だった。翻訳版を出版する、冨山房の坂本起一社長がいう。


「イギリス伝記文学には優れたものが多いですが、その中でもストレイチイの作品は、それまでの画一的な伝記の文体から変化し、新しいスタイルを切り開いた点において、傑作中の傑作といわれています」


 1837年から60年以上在位したイギリスのヴィクトリア女王は、大英帝国の繁栄を盤石なものとしつつ、家庭では夫・アルバートと生涯仲むつまじく暮らし、4男5女をもうけた。その親しみやすさから、特に中産階級に慕われていたという。



「乳母制度を止め、美智子さま自らが台所に立ったことなどで、結婚当初は“家庭的過ぎる”と批判されもしました。ですが、いつしかその姿は理想の夫婦像の“象徴”として広く国民に受け容れられていきました」(前出・神田氏)


 2月24日の「在位30年記念式典」では、挨拶の途中で、原稿の順番が前後してしまった陛下を、美智子さまがそっと手助けした。そのお姿に、仲むつまじい60年間の結婚生活を感じ取った日本人は多かったことだろう。


※週刊ポスト2019年3月22日号

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