生活厳しかった川崎殺害被害者家族 生活保護は受けてなかった

3月13日(金)7時0分 NEWSポストセブン

 神奈川県川崎市の多摩川河川敷で中学1年生・上村遼太さん(享年13)が遺体で発見された事件で、17才から18才の不良グループのメンバー3人が逮捕された。


 昨年4月に中学に入学してから元気に登校していた上村さんが、昨秋以降不良グループとつきあい始めたことで部活を休みがちになった。そして、年が明けてからは不登校に。そんな変化に対応できなかった学校や遺族への批判も根強い。特に上村さんの母親への意見は辛辣だ──。


 報道には「夜中に自宅マンション前で不良グループが上村さんを大声で呼び出したとき、“近所迷惑でうるさいから早く行ってきなさい”と促した」や「事件当日、朝まで帰らなかった上村さんを捜そうともしなかった」などもあり、上村さんのSOSを見逃した母親に大きな責任があるかのようないわれぶりだ。


 だが、一家が置かれた環境は苦しいものがあった。一家が暮らしていたのは、川崎市内にある家賃10万5000円、3LDKのマンション。ここで、母親、高校生の兄、上村さん、小学生の妹2人、保育園に通う弟の6人で生活していた。


「母親は、毎朝7時過ぎに家を出ていちばん下の子を保育園に送ってから、介護の仕事に向かっています。上村さんたちは、そのあと8時過ぎに自分たちで玄関の鍵をかけて登校していました。夕方には、保育園でお迎えをした彼女が帰ってきます。途中スーパーに寄って、お総菜を買っている姿を何度も見かけましたね。


 上村さんが妹を連れて買い物にきていたこともありましたが、その時もお総菜と菓子パンを手にとっていました。その日の夕食と、次の日の朝食だったんでしょう。今となっては、母親は忙しくて食事の準備もままならなかったんじゃないかと思うんです。夜は近くのスナックで働いていたみたいですし、育ち盛りの子供を5人も育てていくには大変な毎日だったと思います」(マンション住人)


 3月2日に営まれた通夜の場で、彼女は息子の異変に気づけなかった後悔を明かしたが、彼女は、以前から苦しい生活を強いられてきた。


 一家が川崎に移り住む前に暮らしていたのは、島根県隠岐諸島・西ノ島。上村さんが5才の時に父親が漁師になるため島へ渡ったが、両親は上村さんが小学3年生のときに離婚した。


「離婚の原因は、父親のDVだったそうです。離婚時、彼女はいちばん下の子を妊娠中だったんですが、あまりの暴力に耐えかねて子供みんなを連れて家を出ました」(島民)


 その後、島内にある町営の一戸建てで5人の子供を抱えるシングルマザーになった。


「部屋に遊びに行ったことがある人の話では、足の踏み場がないくらい散らかっていたと…。上村さんの祖母が川崎から頻繁に手伝いに来ていて、出産後、介護の仕事で朝から晩まで働く母親に代わって、長いときには1か月ほど島に滞在して子供たちの世話をしていましたが、生きていくのに精一杯という感じだったと思いますよ。母親自身の収入だけでは生活が成り立たなかったようで、“生活保護をもらっている”と言っていましたね」(前出・島民)


 また、西ノ島では生活保護を受けていたが、祖父母を頼って川崎に出てきたことで、祖母に加え祖父の力も借りられると思い辞退したのか、あるいは打ち切られたのか、生活保護は受給していなかった。


「でも去年の秋頃、祖父が体調を崩して、その看病に祖母がつきっきりになってしまった。母親は、忙しい合間を縫って祖父の介護もしていたそうです」(別のマンション住人)


※女性セブン2015年3月26日号

NEWSポストセブン

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