美輪明宏さんがカンニング竹山と対談「いちばん目立つのがあなた」

3月15日(金)11時0分 女性自身

「テレビで言いたいことを言っても嫌われないのがすごい」と、カンニング竹山(47)を以前から高く評価していた美輪明宏さん(83)。その竹山と異色の対談が実現!



美輪「私と対談するなんて、不思議だと、そうお思いにならなかった?」



竹山「はい。最初マネージャーから話を聞いたときは驚きました。でも、“美輪さんと対談するんだ”と妻に話したら、“美輪さんって、あの美輪さん? なんで? 間違ってるんじゃないの!”って。いちばん驚いていました」



美輪「“惚れられてるらしい”って言えばよかったのに(笑)」



竹山「いやいや(笑)。初めてお話しさせていただいたのは、美輪さんがレギュラー出演されている『ありえへん∞世界』(テレビ東京系)にお邪魔したときです」



美輪「もう7〜8年ぐらい前になりますね。ところで、竹山さんをはじめ、最近はいろんなお笑いの人たちが、学者さんたちと同じようにコメンテーターとしての扱いも受けていますね。コメントもロジカルで、ふさわしい発言をなさっています。その中でいちばん目立つのがあなたですよ」



竹山「ありがとうございます」



美輪「じつは竹山さんの履歴を全然存じあげなくて。私は面白いと思った方の人生に興味があって、その方の過去の歴史を詮索するのが趣味なんです。どういう方なんですか?」



竹山「どういう方って……。どこから説明すればよろしいですか?」



美輪「お生まれはどちらですか?」



竹山「生まれは福岡です」



美輪「え〜、九州人?」



竹山「はい、うちの父親の実家は筑豊、炭鉱ですね」



美輪「素敵」



竹山「僕は福岡市生まれで、3人きょうだい(兄、姉)の末っ子で育ちました」



美輪「私は『ボタ山の星』という筑豊の子どもたちの歌を作っているので、“筑豊”って聞くとなんだかとても親しい感じがします」



竹山「僕が小学校4年生ぐらいになるときまでは、父が貿易とか金貸しみたいな商売をやっていて、けっこう裕福でしたね。手広くやっていたみたいですけど」



美輪「その当時は、そうでないと生きていけなかった時代ですからね。お父さんも何でもやらないといけない時代だったんですよ」



竹山「だから、小学校ぐらいまでは結構お坊ちゃんで育ちましたね。父がもともと貧乏だったのもあると思うんですけど、無理やりバイオリンをやらされたり(笑)」



美輪「バイオリンをお弾きになるの?」



竹山「もうだいぶ忘れましたけど」



美輪「今も持ってらっしゃる?」



竹山「最近新しいのを買いました」



美輪「ストラディバリウス?」



竹山「そんなの買えないですよ。割と普通に売っている数十万円ぐらいのやつを買いました」



美輪「裕福な家庭でお育ちになられたのですね」



竹山「ところが、父の会社が倒産。生活は一変し、借金生活になりました。当時、まだ小学生でしたけど、いろんなものを見ましたね。“人間って金で変わるんだ”と」



美輪「いちばん大事なところを勉強なさったのね」



竹山「貧しくなった途端、父と仲がよかった友達たちの態度が豹変しましたからね。親戚連中も態度が変わり……父もどこかに行って家からいなくなりました」



美輪「“この人は大丈夫な人間だ”と信じ込んでいた人ほど、豹変するんですよ」



竹山「それが高校生になると世はバブルを迎えて、倒産後、どこかに行ってた父が、土地転がしで儲かって家に帰ってきたんです。僕は東京で芸人になろうと思って19歳で上京。そこで小学校の同級生(故・中島忠幸さん)と『カンニング』というコンビを組むんですけど、21歳ぐらいのときにバブルが弾けました。その後父は、何十億円という借金ができるとわかって、商談中の事務所で脳出血で倒れて急死したんです。52歳でした」



美輪「ショックだったでしょうね」



竹山「そうですね。でも、亡くなって蓋を開けてみると莫大な借金だけが残ってました。父は僕と兄の名前を使い、会社の常務とかにしてたり、僕らの名前で勝手に土地を転がしていたり……。めちゃくちゃしてたな親父! って(笑)」



美輪「責任を取られた?」



竹山「いえ、遺産放棄という手続きをしたので負債は免れました。でも、何もかもなくなりましたね。唯一残ったのは実家の家だけ。父がだいぶ前に母の名義に変えていたんです。だから、家以外はすべてなくなりました。家だけは母が住めるようになりました」



美輪「竹山さんはいろんな経験をされてこられたのですね」



竹山「それから10年ぐらい売れないまま、東京でやっていたんですけど、30歳ぐらいから、漫才ネタで怒ったりすることがウケ出して、なんとなく仕事が上向きになってきたんです。でも、34歳のとき、相方が白血病になって……。36歳で亡くなりました。そこからはずっと1人でやってますね」



美輪「その方は今でもずっとあなたを守ってらっしゃるわね」

女性自身

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