アパ−田母神−森 石川県の狭い範囲にある「保守の苗床」

3月15日(水)7時0分 NEWSポストセブン

金沢市内にはアパ関連施設が密集

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「書籍問題」で炎上したのアパグループCEO・元谷外志雄氏には様々な顔がある。日本最大級のビジネスホテルチェーンを築いた豪腕経営者にして安倍首相森喜朗元首相にも顔が利く保守言論の重鎮。元航空幕僚長・田母神俊雄氏の「論文」を世に送り出した人物としても知られる。一体、何者なのか。評論家・古谷経衡氏が生地・石川を歩いた。


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 南京事件を否定する本がホテルの客室に置かれている──そんな米中二人のユーチューバー・カップルがたまたま大手ホテルチェーン・アパに泊まった際に手にした同グループCEO元谷外志雄氏の著作内容を中国版ツイッター「微博」に投稿したものだから、すわこの「事件」は日中間の国際問題にまで発展した。


 しかし私は元谷の歴史観云々の妥当性を論じるつもりはない。寧ろこの「事件」をきっかけに、国際的に耳目を集めた誰もが知るビジネスホテルの源流を辿ってみたい──。そんな滾る思いに駆られ、気が付けば北陸新幹線の切符を券売機で買い求めていた。目的地は石川県金沢市。そう、アパ発祥の地である。


 二月上旬、北陸随一の大都市・金沢の冬は寒い。長い北陸新幹線のトンネルを貫通して到着したその地の遠景には、冠雪した雄大な立山連峰がそびえる。この光景はかの藤子不二雄(A)(富山出身)の名著『まんが道』で何度も出てくるものだ。


 アパは石川県小松市のいち不動産会社「信金開発株式会社」からスタートした。朝日新聞出版が2014年に刊行した『まんがで学ぶ成功企業の仕事術 アパホテル』は、アパの変遷を知るには絶好の教科書である。


 元谷とその妻芙美子(アパホテル社長)の経営姿勢は、「逆張りの発想」。バブル時代に本業以外の投機に走らず、地道に世の趨勢と逆を行ったがゆえに、バブル崩壊の痛手から逃れた。そういえば米大統領トランプの父も、世界恐慌時代に低所得者向けの廉価な不動産事業を展開するという「逆張り」方式で不況期に財を成した。元谷夫妻とトランプ。不動産から出発して右派思想を開陳する、という点においても実に相似的だ。


 金沢駅からほど近い同市片町にひっそりと佇むのは「アパホテル金沢片町(旧金沢ファーストホテル)」。あまり知られていないが、ここがアパホテルの一号館である。駐車場のある片隅には「定礎・1984年12月元谷外志雄」とあった。アパの源流に触れた思いだ。


 ここまでくると泊まらないわけにはいかない。一泊の料金は驚くなかれ3900円(WEB予約)。施設の外観は建造当時を保ち、内装もお世辞にも最新鋭とは言えないが、ビジネスホテルとして必要十分な気配りは行き届いている。この値段なら☆5つで相違あるまい。室内には定番の折り鶴が。「おもてなし」の心を示すために、元谷の妻・芙美子が始めたサービスという。


 翌日、金沢市から南に30kmにある小松市に向かった。すでに述べた通り、アパの前身「信開」は1971年にこの地で創業している。「信開」は1997年に現在の「アパ」に商号を変更しているが、信開発祥の地・小松には現在も「アパホテル小松」「アパホテル小松グランド」の2館が営業する。


 特に「小松グランド」は上記『成功企業の仕事術』によると日本で初めて自動チェックイン機を導入した館。壁面鏡を使ってロビーを広く見せる工夫が施されており、この価格帯のビジネスホテルにしては重厚感が満載である。


◆「保守ライン」がつながった


 典型的な地方の小都市・小松を走ると、「空港」の道路標示がある。そういえば金沢近郊には小松空港があることを私は思い出した。ものはついでと空港まで走らせる。


 同空港は航空自衛隊(小松基地)との軍民共用空港で、ソウルや台北などへ国際線も就航する金沢の空の玄関だ。しかし小松基地と言えば忘れられない人物がいよう。第29代航空幕僚長田母神俊雄である。田母神は1998年に小松基地司令としてこの地に着任する。


 アパホテルが初めて東京に進出(信開ホテル東京板橋)を果たしたのが1997年。まさにグループが躍進せんとするその黎明期に、田母神とアパは石川・小松という地縁でつながっている。その10年後の2008年、元谷の肝いりで始まった「真の近現代史観」懸賞論文で田母神の論考が栄えある大賞を受賞するのだ。いわゆる「田母神論文問題」の勃発である。


 くしくも石川・小松の基地司令官としてこの地に赴任した田母神と、小松から全国にその勢力を拡大していったアパと元谷夫妻。元谷は現在でも民間団体「小松基地友の会」の会長を務める。石川・小松という地縁と、論文の選考過程に「関係はない」ことになっている。が、果たして真相はどうか。


 小松から金沢に帰る途中、能美市を通った。人口5万に満たないこの町は丁度、金沢市と小松市の中間地点に位置する。そういえば、と又も下司の勘繰り根性を発揮した私は、この地がかの森喜朗の地元であることに思い至る。森一族はここ能美を地盤とし、歴代町長などを務めた土豪である。


 森の生家には「森喜朗記念館」が併設されていた。しかし館内関係者によると開店休業状態とのこと。森事務所の係員が不在につき中は見られないという。失言と不人気でわずか1年で退陣した森内閣。安倍晋三の後援会「安晋会」に森は頻繁に顔を出し、同会の会員には元谷夫妻がいるのは公然の秘密だ。ちなみに森喜朗の長男・森祐喜氏はこの能美市の選挙区から県会議員に当選するが、2010年に小松市内で飲酒運転事故を起こし議員辞職、翌年急逝された。


 アパ(元谷)─田母神─森喜朗。すべて石川県中部の、わずか30kmに満たない金沢─能美─小松という狭い範囲で繋がっている。この地は、アパ創業の地であると同時に、「保守の苗床」になっていることを強く感じた。


 2015年3月の北陸新幹線金沢延伸で、俄かに「熱狂」ともいうべき状況が現出しつつある金沢。日本政策投資銀行のレポートによると北陸新幹線の利用客は926万人。それ以前の3倍という。


 事実、不動産価格は上昇し、石川県だけでもその経済効果は678億円(同)。金沢には国内外から観光客が押し寄せ、兼六園を筆頭に、県有施設への来訪者は過去最高を更新中である。


 金沢は先の大戦中、米軍による空襲が皆無だった典型的な非戦災地域だ。隣県の富山・福井・岐阜の各都市が空襲で灰燼に帰したことを考えると、この街には戦前からの遺産が戦後も脈々と息づいている。その象徴がアパ─田母神─森、つまり金沢─小松─能美のラインである。


 私は戦前からの系譜を「悪」と決めつけているのではない。良くも悪くも、「地縁」で繋がった人々が中央の政治にも影響を及ぼしている。その苗床を観てみたかったのだ。そして「地縁」をかなぐり捨てて上京してきた私のような人間からすると、彼らの濃密な互助関係は羨ましくさえある。トンネルを抜けると、そこは保守の苗床であった。


●ふるやつねひら/1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。主な著書に『左翼も右翼もウソばかり』『草食系のための対米自立論』。最新刊は『「意識高い系」の研究』。


※SAPIO2017年4月号

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