指原莉乃がウーマン村本を名指しで「政治を語りたがるタレント」批判! 権力批判だけを政治的という詐術

3月20日(水)16時0分 LITERA

著書でも処世術を開陳している指原莉乃だが……(講談社『逆転力〜ピンチを待て〜』)

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 AKBグループ毎年恒例のイベント「AKB48選抜総選挙」が今年は行われないことが発表されAKBの隆盛もいよいよ終焉を感じさせるが、対照的にますます活躍の勢いを増しているのが今年4月をもってAKBグループを卒業する指原莉乃だ。
 そんな指原の発言が一部で物議を醸している。2月27日深夜に放送された『ナカイの窓』(日本テレビ)での発言だ。


 この日の『ナカイの窓』では、「世直しの窓 第2弾」と題されたコーナーが放送されていた。「世直しの窓」は、中居正広、指原莉乃、ヒロミ、バカリズム陣内智則の5人が、世の中に対する不満を語り合うトークコーナーである。


 そのなかの「ネット社会のここを直して!」というテーマで、中居は「なんか…モメてる」と書かれたフリップを出し、「なんか揉めてる感じ。誰かケンカしてる感じ? 誰が仕掛けてるの、このケンカは?」と、SNSで毎日のように起こる炎上騒動に対する疑問を提示した。


 それに対して、いの一番に反応したのが指原だ。指原はこんなことを言った。


「ただご飯行ってきましたよとか、そういうことだけなら良いんですけど、最近なぜか政治を語りたがるタレントとか……」


 出た。例の「芸能人は政治発言をするな」「○○(音楽、お笑い、映画……)に政治を持ち込むな」というやつだ。最近だと辺野古埋め立てをめぐってローラが「沖縄の海を守ろう」とSNSで呼びかけてバッシングを受けたのが記憶に新しいが、いつまでこんなことを言っているのか。


 たとえばアメリカで多くのミュージシャンや俳優がトランプ大統領に対し批判の声をあげているように、芸能人であっても社会問題や政治について意見を発信するのは海外では珍しいことではない。アーティストの発信によって多くの人が興味をもち事態が動いた例だって、たくさんある。ところが日本では先のローラの例に限らず、こうした発言をした芸能人は激しい非難を浴び場合によっては仕事を干されることすらある。


 指原の発言はまさに日本の芸能界の後進性と同調圧力を象徴するものだと思うが、問題はそのあとだった。


 指原は、「政治を語りたがるタレント」がたとえば誰のことを指しているのかと共演陣から問われ、嘲笑気味にこう答えたのである。


「ウーマンラッシュアワー村本」


 この返答にスタジオは大爆笑。ヒロミは「あいつはもう本気だからね」とコメントする。そして、指原はSNSでの炎上が起こる流れを、加えてこのように解説するのであった。


「世間の芸能ニュースにちょっと一言言いたいとか、そういうことに利用する人も増えています」
「村本さんだけじゃなくって、みんなちょっとネットニュースを引用して、『これはちょっとどうかと思う』とか、そういうことを言う」
「それにさらに噛み付いた人がいて、それで口論になったりしたりして、なんか揉めてる感じ」


 ここで注目すべきは、指原が「政治を語りたがるタレント」としてウーマンラッシュアワーの村本大輔の名前を出したことだ。ここに指原発言の、そして「芸能人は政治発言するな」論の、正体がよくあらわれている。


●「政治発言するな」と非難されるのは、政権批判した者だけ


「政治を語りたがるタレント」はなにも村本だけではない。たとえば、彼女に近しい存在としては、頻繁にゲスト出演する『ワイドナショー』(フジテレビ)のダウンタウン松本人志も「政治を語りたがるタレント」のひとりだろう。


 だから、指原はここで村本ではなく松本の名前を挙げてもよかったはずだ。彼女にとってより距離の近い「政治を語りたがるタレント」は松本なのだから。


 松本だけではない。小籔千豊、千原せいじ、たむらけんじ、つるの剛士……政治を語るタレントは他にいくらでもいる。


 しかし、ここで指原が半ば嘲笑するような文脈で名前を出したのは村本だった。


 ここには明確な理由がある。松本らが安倍応援団的発言を繰り返しているのに対し、村本は現状に対して批判的な眼差しをもち、反権力の姿勢で発言している芸人だ。ようするに、指原が言っているのは、「政治発言がダメ」ではなく、「政権批判や現状に対する異議申立てがダメ」ということのだ。


 指原といえば、『ワイドナショー』(フジテレビ)で、セクハラ問題が取り上げられた際は一貫して松本に同調し加害者を擁護し被害者を非難したり、安倍首相が出演した際は「(子どもを)産めれば産めるほど産みますよ。国に貢献したい」と前のめりに発言したり、あるいはAKBグループで何か問題が生じたときに運営の側に立って発言してきた。常に強者を擁護し、弱者を叩いてきた。


 今回の発言も、もちろん“大人のエライ男性たち”の空気を読み、男社会の価値観を内面化することで現在のポジションを築いてきた指原の処世術という面も多分にあるだろう。


 しかし、単なる指原の処世術というだけの問題ではない。これは日本の言論状況そのものを象徴している。


上述した「芸能人は政治発言をするな」「〇〇に政治を持ち込むな」という決まり文句じたいが、実のところ、政治発言全般に向けられているわけではなく、政権批判や異議申立てに向けられているのだ。


 近年の「芸能人は政治発言をするな」「〇〇に政治を持ち込むな」として非難を浴びた事例を思い返してほしい。


 たとえば、石田純一の安保法制反対デモ参加、SEALDs奥田愛基氏のフジロック参加、ウーマン村本の安倍政権批判、ローラの辺野古埋め立て反対……。いずれも、政権やいま進行している政策に反対する発言ばかりだ。


●異議申し立てを封じ現体制を擁護する「ノンポリ」信仰の危うさ


 ネトウヨや冷笑系の連中は、「リベラルはローラの発言を擁護する一方で、つるの剛士の発言は叩く、ダブルスタンダードだ」などと的外れなことを言うが、松本や小籔、つるのが明らかな政権擁護発言をした際、その発言内容が批判されることはあっても、「芸能人の政治発言」の是非が問われたり仕事を干されるという事態に発展したことはない。安倍首相と会食したり、政府の有識者会議に参加することなどは極めて政治的な行為だと思うが、“会食芸能人”が「政治的」だと批判され、スポンサーがクレームをつけることなどない。


 ようするに、いまの芸能界やテレビ、そしてネット世論では、権力批判や反対の声だけが「政治的発言」扱いされているのだ。


 しかも、深刻なのは、そうした権力批判への攻撃がネトウヨや安倍応援団だけでなく、今回の指原のように、「中立」「ノンポリ」を自認している人たちの間から出てきていることだ。


 今年1月、想田和弘監督が、糸井重里の原発にまつわる言説を批判する文脈で、「ノンポリ」の問題点についてツイートをしている。


〈この見えにくいけど存在する「無色透明の政治性」が、実に厄介なのだと思う。それは早野氏と組んだ糸井重里氏にも共通する。彼は自らの高度な政治性を、ノンポリ的トーンや一般的に「政治的」と言われる言説を徹底的に避けることで覆い隠す名人である。だから彼に対する批判は党派的に見えてしまう。〉
〈大多数の日本人は「ノンポリ」であることを公平で客観的であることの証拠のようにぼんやりと誤解しているので、政治的立場を鮮明にするだけでそのメッセージの伝播力は削がれてしまう。広告のプロである糸井氏が「無色透明の政治性」の広告的効用を熟知し使いこなせるのも、考えてみれば当然である。〉
〈実際には、「ノンポリ」とは高度に政治的な立場である。例えば「政府が推進する原発再稼働に賛成か反対か」と問われたときに、ノンポリを自認する人は「賛成でも反対でもない」などと答えるかもしれない。だがそれは実は政府方針の「容認(黙認)」を意味する。つまり再稼働に加担している。〉
〈それは辺野古でもそうだ。埋め立てについて、少数の賛成派と少数の反対派がしのぎを削っている横で、「ノンポリ」を自認する大多数の主権者は沈黙を守っている。彼らはどちらにも肩入れしていないつもりだろうが、沈黙していれば確実に辺野古は埋め立てられる。その逆はない。〉


 日本では政治発言に対する忌避感をもっている人は少なくないだろう。だからこそ、世間の空気を読むことに長けた指原は「政治発言するタレントがイヤ」と発言したのだ。しかし、それは結局のところ、現状に対する批判封じであり、現体制に対する強い擁護・後押しとなる。現体制を無条件に肯定し続けた果てに行き着くのは、現在の北朝鮮や無謀な戦争に突入した大日本帝国のような国だ。


「政治発言するな」という言葉のもつ強烈な政治性と危険性がもっと自覚されるべきだろう。


(編集部)


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