NHKドラマ『火花』 視聴率はどん底でも傑作には違いない

3月22日(水)16時0分 NEWSポストセブン

番組公式HPより

写真を拡大

 ベストセラー小説の映像化、という経緯を踏まえると視聴率は物足りないのかもしれない。が、ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏は「傑作」と断言する。


 * * *

 テレビのスイッチを切った後も余韻は続く。 心の奥の何かを、たしかに揺さぶられている。若い時に置き忘れてきた、大切な何かを。時代も場所も超えて、多くの視聴者の心を揺さぶる「青春のカタチ」。ドラマ『火花』(NHK日曜午後11時 制作Netflix)が、いきいきと描き出している。


 原作は、又吉直樹氏の第153回芥川龍之介賞受賞作、あの大ベストセラー小説。ところが、NHKで放送が始まると初回の視聴率は何と4.8%。第3話は1.5%に低下し、いわば数字的にはどん底状態。「声が小さくて聞き取れない」「物語の展開が遅い」「退屈」と酷評も聞かれる。


 しかし、このドラマは傑作に違いない。私はそう断言したい。そもそも視聴率の数字なんて作品の質を直接表すものではないけれど、このドラマの魅力が多くの人に伝わらないとすれば残念で仕方ない。


『火花』のストーリーは……若手お笑い芸人の徳永(林遣都)が主人公。天才肌の先輩芸人・神谷(波岡一喜)に惚れ込んで弟子になり、神谷の言葉を逐一記憶・記録していく。ライブを追いかけ行動を共にし、理想の芸人とは何なのか、表現とは何なのかを問い続け……。


 青春のみずみずしさと滑稽さが、同時に浮かび上がってきます。無垢な魂と、居場所のない浮遊感。大都会の中での、焦りととまどい。一話たった50分弱という短い時間なのに、気付けば『火花』の世界に引きずり込まれ主人公たちと一緒の空気を呼吸している──そんな錯覚を覚えてしまう。


 それくらい役者陣が素晴らしい。林遣都、波岡一喜、好井まさお、門脇麦……演技の大胆さ、細やかさ、迫力にはひれ伏したくなります。


 ただ演技が素晴らしいだけでは、このみずみずしい世界を伝えきれない。無垢な魂のロードムービーを表現するためには、独特な映像の工夫──長回し、町のロケの多用、映像にしかできない表現の追求が、必要だった。


【1】無垢な魂が途切れないための「長回し」


 カット割は通常より少なく、カメラを回し続けて撮っていく「長回しの技法」を活用している。


 カット割が少ない、ということは役者やスタッフ側の緊張感はいやでも高まる。長回しで撮影するためには、すべてのセリフ、段取り等を頭に入れて準備しなければ、成り立たないからです。


 ライブな雰囲気、切実さと緊張感、場の空気感、役者の躍動感といったものが鮮やかに立ち上る。このドラマのみずみずしさと、長回しという映像手法は響きあっています。


【2】街角のロケーション多用は、居場所探しの不安と響き合う


 井の頭公園のベンチ、吉祥寺のアーケード、高円寺の駅前広場、新宿の高速バス乗り場。看板も隠さず特徴的な建物や屋根、街角の個性をはっきりと映し出す。だから、中央線沿線出身の私としては、一瞬にして場所を特定できる。あああそこだ、と。


 東京の街がそのまま、ドラマの中に露出してくる。大都市に上京してきた若者たちのリアルな感覚が伝わってくる。都会の勢いに呑まれそうになりながらも街の熱に惹かれ、何とか居場所を見つけようとしつつ、居場所の無い不安に包まれる。


 夢を追いかける青春像を描き出すための舞台装置として、東京の街のロケはどうしても必要だった。そう感じさせてくれるのです。


【3】映像にしかできないことを求めて


 太鼓叩きが音を出す。神谷の手が反応する。また太鼓の音が響く。手が動く。自然発生的に、セッションが生まれていく。言葉にはならない「ノリ」「速度」「間合い」が、実にスリリングに伝わってくる。


 あるいは、深夜の町を延々と歩いていくシーン。ネオンを脇に、疾走する青年。かぶさる路上ライブの音。文字で伝える以上に、映像が物語ることがある。


 夢を諦めていった人たち。辞めていった芸人たち。途中で挫折した人たち。若い時に人生と格闘したことがある人たち。ドラマ『火花』は全ての無垢な魂にむけた、みずみずしい応援歌です。


 NHK総合、『ダウントンアビー』後続の枠で放送されていることも幸運と言っていい。CMによって断絶されない分、視ている側の「夢も覚めないで持続する」効果がある。


 10回連続の『火花』に、2時間程の通常の長さの映画で実現できなかった「独特の娯楽世界」と「視る至福」を感じっているのは、果たして私だけでしょうか?

NEWSポストセブン

ドラマをもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ