舞踊家・田中泯 「お芸術」は特権階級のやること

3月23日(金)16時0分 NEWSポストセブン

俳優としても活躍する舞踊家の田中泯

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優としても活躍する舞踊家の田中泯が、ドラマで立川談志を演じたときのこと、鬼平犯科帳で中村吉右衛門と対峙したときについて語った言葉をお届けする。


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 田中泯は二〇一三年、NHK-BSプレミアムのドラマ『人生、成り行き 天才落語家・立川談志ここにあり』で談志役を演じた。


「談志さんは知的エリートですね。悪い意味じゃなくてね。


 エリートなんだけど、人間が好きだったんだと思います。人間の何もかもを含めて。ただ、エリートであるために根底には階級意識があったんじゃないかな。だから、底辺の人たちを自身の芸の道の中心に据えてやることができたんだと思います。


 そこで彼は『落語とは業の肯定だ』と言うわけですが、もし今生きていたら議論したいですね。『なに日和ったこと言ってるんだ』って。彼の落語を笑って聞いていられる人ならいいんです。でも、本当にその業を背負った当事者が聞いたら、どう思うか。たぶん痛みが生まれるんじゃないでしょうか。彼ならそういう人を救う落語もできたはず。それが『業の肯定』で考えが止まって、その業を生む社会を崩すところまで行かなかった。


 談志さんと議論して、結論が導かれるとは思いません。でも、そういう気持ちを無くしたら僕がやっていることも『お』の付いた『お芸術』になってしまう。それは特権階級のやることです。


 多くの有名人は経済的にリッチになって出世して満足かもしれませんが、そんなのは二十世紀で終わりですよ。僕はそこに爆弾を仕掛けたい。師匠の土方巽は『人間には階段を上に昇りたい欲求がある。でも、ダンサーは階段のどのステップでも踊らないとダメだよ』と言っていました。それを聞いて、僕はそう生きようと決めました」


 二〇一六年、中村吉右衛門主演『鬼平犯科帳』最終作となる『THE FINAL 雲竜剣』では吉右衛門の鬼平と最後に対峙する剣客に扮した。


「吉右衛門さんとは以前から知り合いで、『たそがれ清兵衛』に出た時は『おめでとう』ってすぐに電報をくれました。


『鬼平』の最初の撮影は二人が正面向きで話すシーンでした。いやあ、凄かったです。鬼平が目の前にいる。とんでもなく大きく見えました。それで『ダメだ』と思って撮影を止めてもらって、『俺、凄くちっちゃく映ってない』ってスタッフの皆さんに聞いちゃったんですよね。


 そこには、長い時間かけて培った身体がありました。素晴らしかった。身体に積もっていたものは、実は見えるんだと確信できました。歌舞伎の場合、型の中に身体を埋め込んでいくでしょう。だからどんな背の低い人でも大物に見える。これは美しいことだと思います。芸の楽しみとはまた別の本質が、そこにあるんでしょうね。


 その本質とは、やはり身体です。そういうのをオーラと言ったり、存在感と言ったりするわけですが、身体に伝統的に何かが通過して継承しているから見えたり感じたりするんだと思います。それがなければ、ただ立っているだけ。ロボットと同じです。踊りも同じで、十人二十人で同じ動きで踊っていても『いいね』と思えるのとそうでないのがある。つまり、身体こそが伝統の根原なのです」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館刊)が発売中!


◆撮影/五十嵐美弥


※週刊ポスト2018年3月23・30日号

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