竹下幸之介(DDTプロレスリング)『ニシナリライオット』最終回:「西成魂」

3月26日(金)17時0分 耳マン

DDTプロレスリングの未来を担う若き逸材・竹下幸之介。そんな彼が自身の昔のブログを読み返しながらつづる、地元・西成のお話!


この連載を始めて2年が経った。小学5年生の時から毎日欠かさず綴っていたブログを遡ることで黒歴史を呼び起すことを目的としたコラム。そこに意義があったのかどうかはわからない。

でも、当時の西成の小学生の日常をそのまま伝えられたことは意味があったと思う。私自身も当時のブログを読み返すことで思い出したこともあった。そのブログをどこで書いてたかまで思い出すときがあって、人間の記憶って不思議だ。

とくにこのコラムにも多く登場した、グッピー、リッキー、こげこげ、チャーリー、ヤマモ、キノブーとの思い出は今でも飲みに行くたびに語り草になっている。

ただ小学生半ばで転校してしまったキノブーとだけは誰も連絡がつかずに今はどこでなにをしているのか知る由もない。

最後に会ったのは小学校卒業式の後らしく、


2008年04月06日

632話『チボリ公園』

懐かしい友人が南津にきたーーー⊂(・∀・)⊃
その名もキノブー!!

え〜まず転校しました。バット逆持ち打法で南津守の野球界をひっかきまわし,デッドボールの受け方は絶妙の一言。
なんとも言えないヨダレの臭いを発していて,カギを噛むのが得意。
カギ噛みと,つめ噛みは未だ健在。少ししゃべり方がかわっている。
一部のマニアからは『ロード・オブ・ザ・キノブー』と呼ばれている・・・

久々に会えたんで純粋にうれしかった(・∀・)

ガッポイしたりめちゃくちゃしました!!

なんかあの楽しかった頃が一瞬感じられました・・・

キノブー来てくれてありがとうな( ̄ー ̄)
次は俺らがそっちに行くよ(~▽~@)


このブログの最後は「次は俺らがそっちに行くよ」という一文で書き終えている。しかし、どこに住んでいるのかはおろか、連絡先も交換していないので会いに行けるはずもなく。

一度、探偵ナイトスクープに依頼としてキノブーを探してほしいという内容のものを送ってみましたが選ばれず。

気が向いたら、キノブーの名前でSNSを検索してみるも、キノブーの容姿とは真逆のシュッとしたIT系の人が引っかかるだけで見つけられず。

あだ名はキノブー。好きな食べ物は家の鍵。優しくていつもヘラヘラ笑っている人を見つけたら、「竹下幸之介を知っているか?」と声をかけてみてください。きっと覚えてくれているはず。なあ、キノブー。お前は今どんな空をみている?

自転車で車と事故したその瞬間から、あだ名がチャーリーになった彼もその後自転車で事故はしていないようだ。会って居酒屋に行くたびに誰よりもベロベロになるその姿を見るたびに、西成に帰ってきたことを実感させてくれる。

成人式の3次会で寒いというので、そっとジャケットを貸してあげたらわざわざそのジャケットに3年分くらいのゲロを吐いて、後日数週間経って、そのゲロがついたまま実家に返しにきた非常識っぷりは、自転車事故をしたときに脳の海馬に傷がついたであろうから仕方がないということにしている。

当時から野球少年一直線で、真っ黒に日焼けしていたこげこげ(地黒説あり)は、今や新幹線を運転・修理している。遠征なんかで新幹線に乗って無事に目的地に着くたびに、こげこげの顔を想像しながら西成の夜空に向かって「ありがとう」と心のなかで呟いている。

そんな彼とはプリティーという女の子を奪いあった仲だ。奪い合ったといっても、毎日お互いに「授業中に目があった気がする」とか「調理実習の班が同じになった」とか小さな自慢をするだけであった。そうこうしてる内に、プリティーは親友グッピーの女になった。それを告げられたのは忘れもしない修学旅行の夜。おれたちは告白することもできないんだなって悟り、ふたりで旅館の枕を湿らせた。

それから数年経った、成人式の3次会でのこと。こげこげが小学生ぶりに、あのとき抱いていた思いの丈をぶつけようとどこかのテーブルにいるはずのプリティーを探すと、中学生のときの元カレと『ホテル ボラボラ』に行ったよと女友達から告げられた。泣き場所を探していたので、私がそっとジャケットを貸してあげたら、人目も気にせずそこに顔をうずめた。ゲロまみれとも知らずに。

当時プリティーをものにした男・グッピーは今も西成で職人として働きながらギャンブルに明け暮れている。

前回西成に帰ったときも「この台は絶対勝たれへん。けど好きやねん。誰も打てへんかったら、パチ屋から消えてまうから、俺がお金落としてあげてんねん」と熱く語ってくれた。車高を下げすぎて、アスファルトスクラッチと化したシルビアはもう手放したようだ。

リッキーは「おれは画期的なアプリを作って億万長者になる」という夢をいつも語ってくれていたが、先日アプリ作りはその後どうなったのか聞くと、

「資金がないから無理」

夢は儚く散っていた。

ヤマモは埼玉の山奥にいるそうだ。ピカイチの変態の彼のことだから、きっと何か理由があるのだろう。一昨年、こげこげの結婚式があったので私がヤマモにビデオレターのお願いをしたのだが、画面いっぱいに映し出されたドアップの顔だけですでに面白かったのだが、謎のノイズが凄まじく、熱いメッセージは一語一句聞き取れなかった。

コロナ騒動以降は西成にも帰れていない。

今、西成の街はどうなっているのか。

実は実家も去年、立ち退きのため西成から移動してしまった。街も時代の流れとともに大きく動いている。でもそこに住んでいる人は変わらない。

西成に生まれた人は心の片隅にはずっと「西成魂」と呼べるものをもっていて、誇りをもっている。弱肉強食の世界で生きてきた自負がある。

この連載を続けてきて、もっと自分の故郷が好きになった。余生は西成に一軒家を買って暮らしたいという夢もある。

ただ最後にひとつだけ正直に言わなきゃいけないことがある。それをこのコラムの締めくくりとさせていただこう。

私、竹下幸之介は住之江区民病院で生まれた。つまり大阪市住之江区出身だ。

ありがとう。

竹下幸之介

1995年5月29日生まれ、大阪府大阪市出身。身長187センチ、95キロ。現役高校生レスラーとして2012年8月の日本武道館大会でデビュー。高校卒業後、日本体育大学へと進学し、学業とプロレスの両立に励み、2018年3月に無事卒業した。卒論のテーマは『ジャーマン・スープレックス』。2018年4月に入江茂弘に敗れるまで、KO-D無差別級王座11回防衛の最多記録を樹立した。地元西成への愛が深く、2018年大みそかの『年越しプロレス』には、「西成魂」の刺繍が入ったオーダーメイドの特攻服をわざわざ作って参戦。“西成のエリートヤンキー幸之介”として愛されている。

耳マン

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