『オッペンハイマー』を見る前に知ってほしい6つのこと。2つの用語、時系列、モノクロシーンの意味は?

2024年3月28日(木)20時35分 All About

『オッペンハイマー』を見る前に知ってほしい6つのことを解説しましょう。映画館で見るべき理由や、最低限理解しておくべき用語と時代背景もあるのです。(※画像出典:(C) Universal Pictures. All Rights Reserved.)

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2024年3月29日より映画『オッペンハイマー』が劇場公開されます。
本作は「原爆の父」と呼ばれる理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの生涯を描いた伝記映画。本国アメリカでは2023年7月に『バービー』と同日公開ながら歴史的な大ヒットを記録し、日本公開はそれから約8カ月が過ぎてからの、やっとの上映となります。
そして、第96回アカデミー賞で13部門にノミネートされ、作品賞、主演男優賞、助演男優賞、監督賞、作曲賞、撮影賞、編集賞の最多7部門を受賞。あらゆる方面で称賛されることが納得できる、堂々たる傑作だと断言します。

『オッペンハイマー』を深く堪能するために知っておきたいこと


もちろん、日本人にとってはセンシティブな題材であり、後述する特徴もあいまってある程度の賛否両論も呼ぶでしょうが、それも含めて議論することにも価値があります。
そんな『オッペンハイマー』は、何も知らずに見ても映像作品としてのクオリティに圧倒されるでしょう。しかし、間違いなくある程度の予備知識があったほうが楽しめる内容です。
大筋は「原爆を誕生させた男の苦悩を描く」とシンプルですが、登場人物が非常に多く、時系列がシャッフルする構成もかなりにテクニカル。さらには、当時の時代背景を知っておいたほうがいいのです。例えば、マット・デイモン演じるアメリカ陸軍工兵隊の将校レズリー・グローヴスは、政府の極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を指揮し、オッペンハイマーに白羽の矢を立てた重要人物。それ以外でも、公式Webサイトなどで紹介されているキャラクターを、ざっくりとでいいので把握しておくといいでしょう。
ここからは、『オッペンハイマー』を見る前に知ってほしい最低限の情報と知識を、さらに項目ごとに分けて紹介しましょう。

1:映画館で見るべき理由がこれだけある

鑑賞前の「心構え」として必要なのは、上映時間が3時間の大作なので鑑賞直前のトイレは必須ということ。その3時間のうち、さまざまな思惑が交錯する会話劇が多くを占め、さらに驚異的な映像が目の前に飛び込んできます。「どっしりと腰を据えて」見てほしい作品なのです。
もちろん、アカデミー賞で作曲賞、撮影賞、編集賞を受賞することも大納得の、それら全てが「集中して映画館の大スクリーンで見る」ことを前提とした作りで、それでこそ天才科学者の苦悩を「体感」させる映画にもなっています。つまり、『オッペンハイマー』は映画館での鑑賞はほぼマスト。後から配信で見て、家の環境では3時間も集中力が持たなかった、作品内世界に没入できなかったというのはあまりにもったいないです。
クリストファー・ノーラン監督は『TENET テネット』(2020年)でも、コロナ禍で延期を重ねても「映画館での上映」にこだわり続けており、そこには作り手の執念が詰まっています。その「全力」ぶりは、劇場で真正面から受け取るべきでしょう。
また、『オッペンハイマー』はR15+指定作品であり中学生以下はそもそも見られないことにもご注意を。理由は「刺激の強い性愛描写」であり、確かに直接的に描くことの必要性があるのですが、人によってはかなりギョッとしてしまうのも事実。家で家族が目にしてしまうのははばかれることもまた、映画館で見てほしい理由です。
さらに、公式Webサイトでは「ご鑑賞にあたってのご注意」として、「本作には、核実験のシーンおよび、原子爆弾投下による被害を想起させる描写がございます」と記されています。こちらもやはりショッキングですが、その深く嘆き悲しみたくなるほどの描写も、やはり必要と思えるものでした。

2:どの上映形態を選べばいい?

さまざまな上映形態が用意されている『オッペンハイマー』ですが、結論からいえば、全国2カ所しかない「IMAXレーザー/GTテクノロジー」での上映で見るのが最もおすすめです。池袋グランドシネマサンシャインと109シネマズ大阪エキスポシティでの同上映形態でのみ、一部シーンで画面が上下に大きく広がり、さらなる没入感を味わえるのですから。
とはいえ、場所の関係で見に行けない、すでに満席で埋まっていたのであれば、通常の上映環境でも十分だと思います。IMAXでの「画面の大きさがシーンによって切り替わる」のが苦手というのであれば、通常の上映のほうがいいでしょう。
また、別のIMAXシアターでも一部シーンで画面は上下に少し広がりますし、最上級の音響や美麗な映像は楽しめます。「黒」が映える映像と迫力の音響が用意された「ドルビーシネマ」も候補でしょう。
ちなみに、本作のためだけに開発された65ミリカメラ用モノクロフィルムを用いており、史上初となるIMAXのモノクロ&アナログ撮影を実現した作品でもあります。後述するモノクロのパートでも(それ以外でも)洗練された画の数々を堪能できるでしょう。
さらに、アカデミー賞の音響賞は5月24日公開の『関心領域』が受賞しましたが、この『オッペンハイマー』の音響も受賞が最有力視されていたすさまじいクオリティです。通常の上映でも十分とはいえ、やはりより良い音響を体感できる、ラージフォーマットでの鑑賞料金を上乗せする価値が大いにあります。
さて、ここからは一部内容に触れつつ、最低限の範囲で知ってほしい、当時の時代背景や用語を解説していきましょう。
※以下、マスコミ資料の文言、および上智大学校長・現代アメリカ政治外交の前嶋和弘氏による『オッペンハイマー』の時代背景と用語解説の一部を引用、または参考にしています。

3:最低限知っておくべき用語は「共産主義」と「赤狩り」

『オッペンハイマー』の物語で最低限理解しておく必要があるのは、「共産主義」と「赤狩り」という用語です。このことで主人公・オッペンハイマーは一方的に尋問され、ひどく苦しむことになるのですから。
共産主義とは、私有財産を否定し、全ての財産を共有する貧富の差のない社会を実現しようとする思想や運動のこと。そして、赤狩りとは1940年代後半から1950年代前半にかけての冷戦激化を背景とした、アメリカ国内での共産主義者の過剰な摘発、はたまた職業からの追放の運動のことです。劇中でオッペンハイマーは、1954年(広島への原爆投下から9年後の50歳の時)に「アメリカの核開発の機密情報をソ連(現ロシア)に流していたのではないか」とスパイの疑惑をかけられ、聴聞会(一般公開しない、重要な案件や法案を審議する際に意見を聴聞するため開催されるもの)が開かれます。
なぜなら、オッペンハイマーの弟で素粒子物理学者のフランク、生物学者で植物学者の妻のキティ、さらには精神科医の元恋人のジーンも共産党員だったから。当時は共産党員=ソ連のスパイやその同調者という見られ方をしていたため、本人が共産党員ではないと否定しても、ソ連との関与を疑われてしまうというわけです。劇中の「オッペンハイマーがスパイ活動への関与を聴聞会で強く否定する」一連の流れは、「原爆を誕生させたこと」とはまた別の事柄ではあるので、人によっては物語の求心力をある程度はそいでしまうかもしれません。
しかし、それは間違いなく作品には必要なものでした。彼が聴聞会の中で告げたとあるセリフは、この物語でもっとも重要なことといっても過言ではなかったのですから。
そして……史実でありますし、それを前提として時系列がシャッフルしつつ描かれているともいえるため、ネタバレではないと信じて書きます。スパイ容疑をかけられたオッペンハイマーは、結果的に「機密保持許可」が剥奪されます。
機密保持許可とは、(国家)機密への適格性を確認し情報へのアクセスを認める制度。つまり、それを剥奪されたオッペンハイマーは核関連の最先端の研究という公職から追放され、しかも危険人物と認定されて、FBIによる尾行や盗聴など、厳しい監視下に置かれてしまうのです。

4:間に挟まれるモノクロのパートが意味するものは?

本作は時系列がシャッフルされている上に、「モノクロ」のパートが間に挟まれる構成になっています。
カラーのパートは物語の大部分を占めるオッペンハイマーの視点、モノクロのパートはそれ以外、特に海軍少将かつ原子力委員会の委員長でもあるルイス・ストローズという人物の視点だと思うといいでしょう。さらに、以下の2つの時間軸のシーンが交錯するのです。
1954年:オッペンハイマーの聴聞会→カラーのパート(※ほかの時系列でもカラー)
1959年:ストローズの公聴会(一般公開される聴聞会)→モノクロのパートそのストローズは頑固な野心家で、水素爆弾の開発に反対の意を示し続けるオッペンハイマーと激しく対立します。しかも、ストローズは「商務長官」に任命されたものの、公聴会ではそのオッペンハイマーを追い込んだことが追及されてしまいます。
そのストローズが公聴会でどのように「人柄」を評価され、どのような末路をたどるのかも、大きな見どころとなっています。『アイアンマン』のヒーローとは似ても似つかない、ロバート・ダウニー・Jrから滲み出る「イヤなやつ」な(それだけでない多層的な)キャラクターも強く印象に残るでしょう。
なお、間にモノクロ映像を挟むのは、同じくクリストファー・ノーラン監督の『メメント』(2000年)にも見られたもの。実際にノーラン監督は「『オッペンハイマー』の物語は非常に主観的であり、けれど同時に客観的な物語も絡み合っている」ことを理由に、その『メメント』でとても気に入っていた「カラーとモノクロを切り替えることで構造を支え、美学的にも仕掛ける方法」をもう一度取り入れたのだとか。
今回の『オッペンハイマー』では、カラーはオッペンハイマーの「主観」、モノクロは(観客もしくはオッペンハイマーにとっての)客観的な視点、といえるかもしれません。筆者の主観ですが、モノクロはストローズという人物の「灰色の記憶」を示しているようにも思えました。

5:重要な大筋の出来事は?

さらに、物語上で特に重要な出来事を時系列順に挙げておきましょう。年代とオッペンハイマーの年齢を記しておきます。
1925年 21歳
ハーバード大学を3年で卒業、イギリスのケンブリッジ大学に留学。
1942年 38歳
政府の極郡プロジェクト「マンハッタン計画」が始動。ロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され、開発チームのリーダーを務める。
1945年 41歳
7月16日
アメリカで人類史上初の核実験「トリニティ実験」が行われる。
8月6日
広島に原子爆弾(通称リトルボーイ)が投下される。
1954年 50歳
オッペンハイマーの聴聞会が開かれる。
1959年 55歳
ストローズの公聴会が開かれる(モノクロのパート)。
1963年 59歲
原子力委員会が「科学者に与える最高の栄誉」として、オッペンハイマーには「フェルミ賞」の授与が決定。
ただし、これら全ての年代を完璧に把握しておく必要はありません。なぜなら、本作は特殊メイクにより登場人物を見事に老けさせる、または若返らせるように見せており、画面を見ているだけでもオッペンハイマーが若い時、または晩年の時、ということが分かるからです。

6:オッペンハイマーの「主観」を描く映画

最後に、議論を呼んでいる「原爆の被害が直接的には描かれていない」という点についても記しておきましょう。確かに、劇中には原爆が落とされた広島の風景ははっきりとは映されていません。
しかし、原爆を落としてしまったことに対しての、オッペンハイマーの「主観的な恐怖」は、とある形で鮮烈に描かれています。
振り返ってみれば、本編のほとんどは(それこそモノクロで描かれたストローズの公聴会以外では)、オッペンハイマーの一人称で語られています。「オッペンハイマーの主観を描く」ことこそが、本作の意義だといっても過言ではないでしょう。
さらに、時系列をシャッフルして描いたことで、とある場面を頂点にして、オッペンハイマーの物語および、その苦悩が、ある1点に「収れん」していくような印象も得ます。
クライマックスでオッペンハイマーはどのようなことに声を荒げ、そしてラストでどのようなことを口にするのか。そこに至れば、初めこそ不可解にも思えた複雑な構成に、確かな意義があったと思えたのです。
総じて、極めて複雑かつ多層的な要素が3時間に詰め込まれた、一筋縄ではいかない内容ですが、だからこその奥深さと面白さがある『オッペンハイマー』は、何よりもやはり映画館で見てほしいと改めて願います。
起こった事実だけではわかりようがない、役者の演技や画や演出で、「感情」を自分ごとのように擬似体験することが映像作品、ひいては映画という媒体の役割だとも思えるのですから。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

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