最終回から1年 『めちゃイケ』片岡飛鳥の告白「山本圭壱との再会は最後の宿題だった」

3月30日(土)17時0分 文春オンライン


『めちゃ×2イケてるッ!』が終了して1年——総監督として、番組を作り続けてきたフジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏のロングインタビュー。


「『めちゃイケ』をいかに作り続けてきたか」ということはもちろん、若きテレビマン時代の『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』、ウッチャンナンチャンSMAPとの出会い。そしてインターネットが台頭するなかで、テレビの明日をどう考えているのか?……まで。


 丸1年に渡るオファーで実現した独占取材。人気のテレビっ子ライター・てれびのスキマさんがじっくり聞きます。(全11回の1回目/ #2 、 #3 公開中)




フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏


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最終回のあとに配り歩いた「300枚の金メダル」


<2018年3月31日、フジテレビの土曜夜8時におよそ22年間、君臨した『めちゃ×2イケてるッ!』が最終回を迎えた。片岡飛鳥はその総監督として、番組を作り続けてきた。まずは『めちゃイケ』終了後、片岡自身がどんな風に過ごしてきたかを回想してもらった。>


 いろいろな階層がありますね。昨年4月はさすがに抜け殻状態のようになっていて(笑)、そこから抜け出して、ちょっとずつ意識が戻って……。実は3月31日の放送が終わった後、個人的に会った『めちゃイケ』のメンバーというのは誰一人いないんです。ただ、長寿番組が終わるときって何か記念品を作って演者、スタッフみんなにプレゼントするっていう慣習があるんです。『笑っていいとも!』でも『SMAP×SMAP』でもあったんですけど。昨年の2月頃にスタッフから「ウチの記念品どうしますか?」って聞かれて、その時は最終回の収録に向けて必死だったから「そんなこと考える余裕ないんだけど……」と思いながらも、感謝の気持ちを示すためにも、みんなが忘れないような記念は残しておこうと思って。


 その頃、ちょうど平昌オリンピックをやっていたこともあって、金メダルを作ったんです。金メダルというのは基本、記録を残した人のために世界に1枚だけあるものじゃないですか。でも、『めちゃイケ』という番組はたぶん視聴率という記録的な評価はあまりされてないと思うんです。よく言えば「記録」よりは「記憶」に残るタイプの番組。だから、その記憶に携わった人たち全員を称えるための金メダルを渡そうと作ったんです。世界に300枚の金メダル。それを僕の“意識が戻った”5月末頃から1ヶ月ぐらいかけて自分で配り歩いてました。


 本来は番組が終わる時点で渡すのが普通ですけど、その金メダルもオリンピックみたいに重くて厚いやつじゃないと面白くないと思ったんですよ。スタッフが調べたら、ちゃっちいメダルで良ければ春に間に合うけど、オリンピックレベルのメダル(笑)を作るのには3ヶ月以上かかる、と。じゃあ1人ずつ名前も刻印したいし、時間がかかってもいいからごっついやつを作ろうということになって、渡すのがすごく遅くなっちゃったんです。



中居でさえ「アテネのやつに近い!」って興奮してました


 渡し方も、郵送とかでも良かったんだけど、ちょっと『めちゃイケ』っぽくないなと思ったんで、サプライズで渡すことに。番組はとっくに終わっているんだけど美術スタッフにお願いして表彰台を作って、外国人タレントが所属するプロダクションにも甘えまして、アメリカ代表役とフランス代表役のエキストラに来てもらい、彼らの小道具として銀メダルと銅メダルも作った。それで表彰台の2位と3位のところに立ってもらっておくんです。で、1位のポジションが空いている。たとえば、光浦靖子なら、文化放送で大竹まことさんとラジオ(『大竹まこと ゴールデンラジオ!』)をやっているので、生放送中に本人がいない楽屋に内緒で入っていって、表彰台に外国人を立たせて、僕はプレゼンターとして白い手袋をはめて待つんです。何でって? その方が面白いから(笑)。


 さすがに演者も素だとテンション的にしんどいだろうから、『めちゃイケ』をやっていたディレクターたちにわがままを言ってカメラも回してもらった。それで、光浦が入ってきたら「Congratulations! The gold medal goes to ヤスコ・ミツウラ!『MECHA MECHA IKETERU』 from JAPAN」ってナレーターからタダでもらったコメントが流れる。「え、何?」って思っているうちに「22年間素晴らしい活躍を本当にありがとうございました。記録より記憶に残る金メダルを贈呈します」と言って首に掛けていく。それで「あと299人に配りに行くんで」って言って、5分くらいで撤収(笑)。メンバーからしてみたら、番組が終わってから全然僕とも会っていないから、積もる話もあるとは思うんですけど、足早に去っていく。やっぱり「これ、記念品です」みたいに普通に渡すのは恥ずかしいんですよね。感謝だけは本当なんですけど。だから全員分の授与式の映像があるんです。……でも、どこで放送するんだろう(笑)。





 レギュラー以外の演者ではエガちゃん(江頭2:50)や中居(正広)にもあげて、『とぶくすり』時代にレギュラーだった本田みずほ(※1)に渡したのが最後で、もう10月だったかな。途中で辞めちゃったスタッフも何とか探して連絡取って渡したんですけど、どうしても見つからないロケバスの運転手さんやスチールのカメラマンとかもいて、2枚くらい渡せてない。これ読んだら連絡してください(笑)。でも、こっちが恐縮するぐらいみんなが金メダルを喜んでくれて。何せオリンピック級だから(笑)。首にかけた瞬間「わあ!」って感激してくれた。ガチのオリンピックを見てきた中居でさえ「アテネのやつに近い!」って興奮してましたから。



『めちゃイケ』には……血の味が混じっている


 そういう、まあグリーフワークみたいなことをやっていくうちに自分の精神状態も落ち着いてきて、入社以来30年で、初めてと言っていいくらい、映画を見たり、ライブに行ったり、本を読んだりし始めたんですよ。子供の頃からテレビばっかりで恥ずかしいくらい映画とか見てこなかったので、「ああ、『エイリアン』ってこういう映画なんだ!」とか「小津安二郎のローアングルってこれか!」とか「『ラン、ランララ、ランランラン♪』って『風の谷のナウシカ』だったのかよ!」って(笑)。


 そんな中、文春オンラインからは何度も取材依頼をいただいていたけど、それを受ける気にはならなかった。だから曖昧なお返事をして濁してたんだけど、正直それで諦めてくれると思ったんですよ。だけど、なかなか諦めてくれないから、いよいよ逃げ切れないなと思って(苦笑)。ありがたいことに御社の他にもたくさんご依頼はあったんですけど、こうして取材を受けるのに時間がかかったのは、『めちゃイケ』の22年を「楽しかった」の一言では言い切れない思いがずっと続いていたから。




 もちろん一緒に汗をかいて頑張ってくれたメンバーやスタッフには感謝で一杯なんですけど『めちゃイケ』っていうのはなんというか……いざ1人になって見返したり思い出したりすると、汗や涙どころじゃなくて、なんかもう、血の味が混じっているような気になるんです。痛みがあるというか……うん、だから『めちゃイケ』のことを語る言葉はなかなか用意できませんでした。あとは、メンバーとスタッフを全員卒業させて、自分だけは喪に服しているみたいな気持ちもあったけど、こうして1年が経って『めちゃイケ』の喪が明けたと思えば、少しは意味も見出せるのかなって。


 だって文春オンラインの依頼ってたぶん昨年の3月くらいからですよね? で、「まだ難しいです」って言っているのに、夏が終わって、秋が過ぎて、冬が来てもメールが来る。「取材のお気持ちの方、いかがでしょうか?」って。必ず月末に、御用聞きみたいに(笑)。今回は御社の熱意とあと、てれびのスキマさんへの興味もありました。ここまで来たらもうなんでも話しますよ。



山本圭壱は「やり残している宿題」


<では、片岡は22年もの長い間続いた『めちゃイケ』の終わらせ方をどのように考えていたのだろうか。また、その終わりを意識し始めたのはいつ頃からだったのか。>


 どんな番組でも長い期間続けば、スタッフが代替わりしていくものだと思うんですよ。『いいとも』だろうが『スマスマ』だろうが『みなさんのおかげでした』だろうが、スタッフが受け継いでいく。でも、うちは、僕が人事異動で演出を離れた時期だとか紆余曲折はありながらも、基本的にはスタートアップした僕が総監督という立場で続いてきた。だから2014年に人事異動でもう1回制作に戻ったときぐらいからは自分の役割として、『めちゃイケ』のたたみ方、エンディングという未来を意識しながら番組を作らなきゃいけないんだろうとは頭の片隅で思い始めていました。


 その中で、一個だけ気がかりに思っていたことが、極楽とんぼの山本(圭壱)のこと。岡村(隆史)がいい表現をするなって思ったんですけど、「『めちゃイケ』がやり残している宿題」だと。それがまだ提出できていないと彼は言っていて、僕もそのとおりだと思った。『めちゃイケ』という幸せな番組は、ありとあらゆる楽しいこと、やりたいことをやらせてもらってきたから常に後悔はないんです。ところがただ1つだけ、山本のことだけがずっと心の中に引っかかっていたんです。


<山本圭壱は、2006年7月17日、未成年女性との飲酒及びみだらな行為が発覚し、所属事務所から解雇通告を受け、番組からも姿を消した。時間を経ても「許せない」という世間の声が少なくない中、1人残された相方の加藤浩次は「極楽とんぼ」というコンビ名を名乗り続けていた。

 そして、2016年7月30日放送の「夏休み宿題スペシャル!!」内の「ゴクラク少年愚連隊」で『めちゃイケ』の画面に10年ぶりに姿を現す。山本を前にした加藤は、スタッフや関係者の尽力に感謝しながら「この状況、当たり前じゃねえからな!」と説教。この再会ドキュメントは歴史上、メンバーたちが最も涙を流したオンエアとなった。>


 最初に言っておきますけど僕自身も「許せない」という感情を10年間持っていました。それでも山本に再会するというのは自分の中の矛盾でもありました。もちろん世間のハードルも高かったし、賛否両論すさまじかったですけども、たぶんそれをしないと、『めちゃイケ』はずっと「。」がつかない。ずっと「、」のままで文章が続いていない状態だったんです。その後はどうなるかわからないけど、とにかくそれをしてみないと見えるべきものも見えてこないなあと思って。




山本の回だけは、全部自分でやらないと


 制作に戻ってきたと言いつつも、その頃の僕は収録から編集までのすべてを直接演出する立場では携わっていなかったんです。でも山本の回だけは、全部自分でやらないといけないだろうと思って取り組みました。本当に難しい番組作りでした。でも宿題ですから難しくてもやらなきゃいけない。迷惑をかけた人もたくさんいて……。



「この状況、当たり前じゃねえからな!」って加藤の叫びにすべてが集約されていたような気がします。だって放送実現まではもう、社内外のあらゆる関係者の理解とか覚悟とかがあって、当時のスポンサーだって何の得もない。マイナスしかない。


 本当に皆さんに申し訳なかったと今でも思います……ほらやっぱり血の味が混じっているんですよ(苦笑)。



 ただ山本と再会した加藤やメンバーの顔を見られたその日から、より具体的に未来のエンディングを考えるようになりました。ざっくり言えば「あ、これで思い残すことはないな」って。その2016年の秋に、番組は20周年を超えて大きな区切りでもあったし……。『めちゃイケ』は、何が何でも終わってはいけないみたいな、ボロボロになるような戦い方ではなくて、終わるときもみんなの記憶に残るような終わり方をしていったほうが、見る人はもちろんですけど、メンバーやスタッフの明日にとってもいいんだろうなと。そういうエンディングノート的なことを自分の頭の中だけで考え始めたんです。


#2 「岡村さん、『めちゃイケ』…終わります」 片岡飛鳥が“22年間の最後”を決意した日  へ続く

#3 「早く紳助さん連れて来いよ!」 『ひょうきん族』で片岡飛鳥が怒鳴られ続けた新人時代


毎週土曜日連載(全11回)。#4、#5は4/6(土)に配信予定。

(予告)

#4 「飛鳥さん、起きてください!」『いいとも』8000回の歴史で唯一“やらかした”ディレクターに

#5 「160cmもないでしょ?」『めちゃイケ』片岡飛鳥と“無名の”岡村隆史、27年前の出会いとは


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※1 本田みずほ…1973年生まれ。吉本興業所属の女芸人。93年から始まった『めちゃイケ』の前身となる深夜のコント番組『とぶくすり』のレギュラーに抜擢される。アイドル風のルックスで「西のキョンキョン」などと呼ばれ、当時はナインティナイン、よゐこ、極楽とんぼ、光浦靖子というメンバーの中でもっとも知名度の高いタレントだった。


 聞き手・構成=てれびのスキマ(戸部田誠)

写真=文藝春秋(人物=松本輝一)



(片岡 飛鳥,てれびのスキマ)

文春オンライン

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