心痛の加山雄三「四代目光進丸」へ前向き

4月6日(金)17時30分 まいじつ


(C)まいじつ



自ら設計するなど、手塩にかけた愛船『光進丸』が火災で焼け落ちてしまった歌手の加山雄三が4月2日、取材に対して心痛な思いを語った。


加山は光進丸が出火した1日の夜は沖縄県でコンサートを行っており、帰京後に取材対応をした。厳しい表情で「本当に申し訳ない」と何度も謝罪しつつも、目はずっと潤んだままだった。


現在の三代目光進丸は1982年4月に進水。設計から携わり「わが子のように作り上げてきた」という船で、「本当につらい…」、「わたしの分身、長いあいだの相棒」、「友達が亡くなったときと同じ気持ち」など、加山の言葉には光進丸への愛情が込められていた。そして、自身を奮い立たせるように「海への愛は変わりません」とコメントした。


「加山は、報じられているほどしょげてはいません。『四代目光進丸を作る』という言葉も周囲にもらしているという話です」(芸能関係者)



「海上のスタジオ」でもあった光進丸


加山にとって光進丸は、いくつもの楽器を常備した“海上のスタジオ”でもあった。ここで『光進丸』という歌も生みだされている。


加山は「僕は歌います。光進丸のために。ありがとうって手を合わせるように歌います」と語り、続けて「海への愛と感謝の心と希望は変わりません。人生には試練があると思うので。夢は捨てていません。めげずに一歩ずつ進んでいきたい」と意気込んだ。


「加山の激励会も開かれるそうです。いままで数多くの俳優仲間、スタッフを光進丸に招待してきた加山の人徳がなせるものでしょう。復活のプロセスのドキュメントをテレビ番組にするかもしれないという話もあります。おそらく、1年後には復活した光進丸を颯爽と操る加山の姿が見られることでしょう」(芸能記者)


さすが、大物は転んでもただでは起きないのかもしれない。



まいじつ

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