安倍昭恵さん、その生い立ち、安倍首相との交際から結婚まで

4月8日(土)16時0分 NEWSポストセブン

安倍首相との交際を躊躇したという昭恵さん

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 学校法人森友学園への国有地払い下げなどの問題で一気に渦中の人となった安倍晋三首相(62才)の妻・昭恵さん。森友学園のスキャンダルにどう関わっているのか、連日注目が集まっている。


 そんな昭恵さんは1962年、森永製菓創業家の長女として生まれた。曽祖父の森永太一郎氏は米国で洗礼を受けた敬虔なクリスチャンで、帰国後に後の森永製菓を創業。奉仕精神を持つ太一郎氏は、関東大震災後に幹部の反対を押し切り、被災者にお菓子を無料で配ったという逸話を持つ。


「今でこそお酒はたくさん飲むし、パワフルな昭恵さんですが、赤ちゃんの頃は色が白くてひょろりと手足が細長く、夜泣きがひどくて何度ミルクを飲ませても吐いてしまい、お母さんが“ちゃんと育つかしら”と真剣に悩むほどの繊細な子でした」と昭恵さんの幼少期を知る関係者は明かす。


 その後、ミッションスクールの聖心幼稚園に入園し、聖心女子学院の初等科、中等科、高等科と進んだ。おっとりとした話し方で目立たない子…それが学校に通っていた頃の昭恵さんを知る人たちの昭恵さん評だ。現在の活発な姿からは想像もつかない。


「11才の時、学校のシスターから“もう少し積極性を出したらよいのでは?”と助言され、1か月間カナダに短期留学したんです。現地でさまざまな国の子供たちと交流したことがきっかけで徐々に積極的になっていったそうです」(幼少期を知る関係者)


 高校ではゴルフ、テニス、スキーなどスポーツに熱中。ただ、本人も公言するように「勉強が大嫌い」。教師から内部進学でも大学には行けないと言われ、聖心女子専門学校に進んだ。卒業後は電通に入社した。


「新聞・雑誌局に在籍していて、仕事ぶりはほとんど覚えていませんが、お酒の席では明るくて歌を歌うことが好きで、“宴会部長”のような立場でした。会社の英会話サークルに入っていましたが、英語力はちょっと?? なレベル。トランプ大統領とコミュニケーションはとれたのかしら…」(昭恵さんの電通時代を知る人)


 その頃、出会ったのが未来の夫だった。安倍首相は成蹊大学卒業後、米国の大学を経て神戸製鋼所へ入社3年間の勤務後、外務大臣をしていた父・晋太郎氏の秘書官となった。出会いは1984年、昭恵さんの勤務先上司の紹介だった。


「上司の紹介という名目ですが、実際は名家同士の“お見合い”でした。場所は原宿のパーラーで、昭恵さんは待ち合わせに30分ほど遅刻しました。8才年上の晋三さんは不快感を隠せなかったようですが、話が合ったので結果オーライのようでした」(昭恵さんの知人)


 昭恵さんは安倍首相の第一印象を過去にこう述べた。



「良い人だとは思いました。でも、政治家の家庭は大変な気がして、おつきあいをするのも最初は気乗りしませんでした」


 見合いで双方の合意があれば半年、1年待たずゴールインするケースもあるが、ふたりの結婚までは出会いから3年を要した。安倍家を知る関係者が当時を振り返る。


「外相秘書官として海外を飛び回り、多忙だったという理由もありますが、晋三さんの方が結婚に逡巡している様子がありました。ほかに意中の人がいたのか、まだ身を固めるのは早いと思ったのかはハッキリしませんが、なかなか踏ん切りがつかない様子でした。一方で昭恵さんの方は、徐々に晋三さんに夢中になったようです」


 実は当時、昭恵さんの実家は創業以来の危機を迎えていた。1984年に世の中を大きく揺るがしたグリコ・森永事件。「かい人21面相」を名乗る犯人グループが江崎グリコや森永製菓などの毒入り食品を店頭に置くなどして、多額の現金を要求したのだ。


 犯人逮捕のメドが立たず、窮地に立たされた森永製菓にとって、「政界のサラブレッド」と社長令嬢の交際は一族を安心させるニュースだった。


 昭恵さんの母・松崎恵美子さんは以前、本誌・女性セブンの取材にこう語った。


《いちばん大変な時期で、もう本当につらくてつらくて。私たちがそんな思いをしていたから、昭恵にはとにかく幸せになってほしかったんです。そこに晋三さんが現れて、うちにとっては一筋の光明というか、希望の光を見いだした感じがしましたね》


 一方で当時、安倍家も重大な岐路を迎えていた。「昭和の妖怪」と呼ばれた晋三氏の祖父・岸信介氏の病状が悪化していたのだ。


「当時、90才になる岸氏は風邪をこじらせて入院し、死期が迫っていました。そこで岸氏の娘で、晋三さんの母である洋子さんが、“存命のうちに早く結婚式をあげなさい”と晋三さんに迫り、急遽、結婚する日が決まったんです」(前出・安倍家を知る関係者)


 1987年6月、岸氏の死の直前に安倍首相と昭恵さんは新高輪プリンスホテルで結婚式を挙げた。披露宴では、アグネス・チャンが『草原の輝き』を歌った。学生時代からアグネスのファンだった安倍首相たっての希望だった。


 1991年に父・晋太郎氏が急死したのち、安倍首相は1993年の衆議院選で父の地盤を引き継いで初当選を果たした。


※女性セブン2017年4月30日号

NEWSポストセブン

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