僕にとって“最後のボス”阪神・矢野燿大監督にもらった忘れられない言葉

4月9日(火)11時0分 文春オンライン

 今年からコラムを書かせてもらうことになりました、元阪神タイガースの西田直斗です。文章に自信はないですけど、タイガースでお世話になった方々や先輩、後輩、チームメートに、感謝の思いも込めて精一杯、書いていきたいと思いますので、きっつい“野次”はなしでお願いします!



昨季限りで現役を引退した西田直斗 ©スポーツニッポン


“最後のボス”矢野監督のもとで学んだこと


 1回目はやっぱりこの人しかいません。矢野監督は僕にとって“最後のボス”でした。昨年は一度も1軍に上がることができずに、2軍暮らしだったんですが、監督のもとでプレーできて心から良かったと思ってます。


 2軍で1年間、プレーしてどんな時も、いろんな人のことを見ている人だなと思いました。ベンチでも、人をずっと見ているので最初は自分はどう思われているんだろう……と考えていたら怖くなったりもしたんですけどね。僕たち選手には常に“楽しんでやれ”“自分の可能性を広げるためにチャレンジしろ”ということをずっと言ってくださった。ストレートな言葉なんですが、胸に響きました。


 昨年、僕は監督の顔色を気にして野球をやったことは一度も無かったです。本当にチームとして「思い切って、思い切って」というスタイルだったので、ミスを恐れず全力で試合にぶつかっていけました。今まではエラーしたらどうしよう……とか結構あったんですけど、そんなマイナス思考に陥ることは、一度も無かったんです。


 プロを辞めてから、地元の中学の野球部員と接する機会があったんですが、その時も矢野さんが言っていた積極性やチャレンジ精神を思い出して、そのまま言ってみたりしました。自分を中学生に置き換えてみたら、矢野さんの“楽しんでやれ”“失敗を恐れるな”という言葉はすごくプレーしやすいんじゃないかと思ったんです。


 矢野監督もやるべきことをやってないと怒りますけど、三振とかエラーでは絶対に怒らない。ミスしてヘコんでる時間があるなら、次、やり返したれ、という人だった。実際に僕も、子どもたちには“ミスしても次はこうしよう、ああしよう、と前向きなことを考えていった方が体が動くよ”と助言しました。自分がそんなことを言えるようになったのも、監督のおかげです。



「野球がすべてじゃない」


 今の自分に繋がることなんですが、監督が昨年の春季キャンプ前に“野球がすべてじゃない。野球を辞めてもセカンドキャリアで成功したらすごいやん”と仰っていました。当時は、今からセカンドキャリアの話するんや……と思っていたんですがそういう考えを持ってるだけで全然違いました。プロの世界、全員が一流になれるわけではない。その言葉があったので、僕も野球を辞めて未練なく次の仕事にいけたんです。


 監督は言葉1つ、1つに意味があって分かりやすくて……試合後のミーティングで監督が必ず喋る機会があるんですが、僕は毎回、楽しみでした。今日は何を喋るんだろうと。例えが良いかは分からないですが、学校の先生みたいです。そこは、大阪桐蔭の西谷監督と重なる部分があるんですよね。西谷監督は本当に学校の先生なんですけどね(笑)。


 昨年の3月、ずっと状態が良かったんですけど、開幕前に指のじん帯を損傷してしまって……。監督に謝りに行ったんですけど、その時に“気にするな。お前がキャンプから頑張ってたのは知ってる。焦らず治して、そのままの姿勢でいたら俺は絶対に使うから”と言ってもらえました。完治するのは7月か8月と言われたんですけど、その言葉で逆に多少痛くても、我慢して試合に出たいと思って4月末には復帰できました。痛かったですけど、テーピングを巻いてプレーしたら、監督も試合で使ってくれました。それで結果が出なかったら自分の責任だと思っていたので最後の1年は悔いなくプレーできました。あそこで我慢して出続けてやり切れたから、迷わずプロ生活に区切りをつけられましたね。


 そして最後の1年、2軍で日本一にもなれて、矢野監督を胴上げできたのが最高に嬉しかったです。その直後に戦力外通告を受けたんですが、クビになった次の日に監督からLINEで長文のメッセージが届きました。正直、野球のことはほとんど書いてなかったんですが(笑)、“西田の声に助けられたわ。雰囲気良くしてくれてありがとうな”とあって、泣きそうになりました。今年の年賀状にも“スーツ売るのは大変やけど、お客さんのこと考えて、今まで通りしっかりやれば絶対売れるようになるから。どうやったら喜んでもらえるか考えたら絶対にできるから頑張れ”と書いてあって、自分みたいな選手にこれだけ声をかけていただいて、本当に感謝しかないですね。


 昨年、2軍の試合前の円陣で「余談」が定着しました。これも監督の発案で、人前でちゃんと自分の思ったことを話したり、場を和ませることを言えるようになりなさい、ということで始まりました。簡単に言えば、1人がみんなの前で“すべらない話”を披露するんです。試合に負けたら話し手が代わるんですけど、シーズン中盤から僕は“自分でいきます”と挙手してました。監督も僕の話を気に入ってくれて“監督を絶対に笑かしたろう”と2軍生活の僕の小さな生きがいでした。


 話は変わるんですが、今年2月に少し空いてる時間ができたので高知県安芸市でやっていた2軍のキャンプを見に行ってきました。僕も現役の時に行っていた有名なうなぎ屋さんがあって、そこに昼ご飯を食べにいった時に接客してくれた外国人の店員が、ジロジロずっと僕の顔を見つめてくるんです。


 ジロジロ見やがって、何やねん! と思っていたんですけど、近づいてきて「ヤノサンデスカ?」って真顔で聞いてきたんです……。確かに矢野監督もよく行かれていた店。でも、分かる方は分かると思いますけど、監督と僕は全く似てません! どこをどう間違えたら僕の顔を見て矢野さんだと思ったんですかね? 人間違いにも程がありますよ(笑)。だから「1つも矢野さんちゃいますよ!」と否定したら、その後は何も言われなくなりました。今でも、不思議に思う体験でしたね。まあ、余談ですけど……。


構成/チャリコ遠藤


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(西田 直斗)

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