タブレット純「ムードコーラス研究家を夢見た中学生の頃。50代男に成りすまし、GS研究科と文通。そして憧れの《マヒナスターズ》のカラオケ教室へ」
2025年4月12日(土)12時30分 婦人公論.jp
今、もっとも気になる「タブレット純」さん
あなたは「タブレット純」を知っていますか?《ムード歌謡漫談》という新ジャンルを確立しリサイタルのチケットは秒殺。テレビ・ラジオ出演、新聞連載などレギュラー多数、浅草・東洋館や「笑点」にも出演する歌手であり歌謡漫談家、歌謡曲研究家でもあります。圧倒的な存在感で、いま最も気になる【タブレット純】さん初の自伝本『ムクの祈り タブレット純自伝』より一部を抜粋して紹介します。
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一羽のカナリアに
中学生の頃から、「GS研究家」なる人と文通をしていた。GSとは、グループサウンズの略で、1960年代後期に日本中の若者に巻き起こった音楽ムーブメントを指す。
幼少期からおどろおどろしい夜の世界を描いたムードコーラスを愛しながらも、同時期にこの目から星が飛び散る少女漫画のようなGSにも魂を抜かれていた。
これもまたインターネットなどもない時代、少なくとも同世代で、何10年も前のムーブメントに狂熱している者など皆無に思われた。
氏が不定期に発行している「GS通信」のひとひらが家のポストに挟まれていた学校帰りの歓喜を今も思い出すが、その茶封筒にあった所在先から、交信は始まっていた。
しかし思春期になると、すでにこうした偏執趣味に傾倒する自分を恥じていたので、黒沢進先生との文通では、「土橋渉」というプロ野球のヤクルト土橋正幸監督と在りし日のロッテ濃人渉監督を掛け合わせた妙な仮名で、「50半ばの男」に成りすましていた。
バレないよう、やたらしかつめらしく、筆ペンで経文のようなものを送りつけていたので、後でご本人から聞いたところでは、相当不気味に思っていたらしい。
その黒沢先生が、先人たちを尋ね歩き、自費出版のミニコミ誌のような形で資料を編み、「論文」を発表し続けているように、自分は「ムードコーラス研究家」として活動してゆきたいと思ったのだ。
たとえこの世のかたすみであれ。いや、むしろ世捨て人であることを、黒沢先生のように誇りを持ちたかった。
それは長年くすぶっていた、ひそかな夢であったのだが、ここへきて、かすみちゃんという初めての彼女の存在が、ぼくの心に薪をくべていた。
いびつな形ながら、「男として一人立ちしたい」というような想いが、幽かな狼煙(のろし)をあげたのだった。自分は運がいい人間だ、と決め込んでしまう。
永遠のアイドル「マヒナスターズ」
そんな中、「演歌歌手名鑑」なる特集の組まれたカラオケ雑誌を戯れに立ち読みしていると、ちいさな枠に「マヒナカナリヤスクール」などと書かれているではないか。
マヒナスターズ。小学校の卒業アルバムの「好きな芸能人」欄にも刻んだ、永遠のアイドルだ。
案の定、講師には、メンバーである人の名が。グループでは目立たない存在ながら、大柄で優しい目をした、風格のあるギタリスト。ここに行けば、実物のその人に会えるのだろうか。
記載されていた住所を頼りに、その戸越銀座にあるカラオケ教室を尋ねたのは数日後のこと。自分は気が弱いくせに、昔からやたらと妙な行動力はあった。
小学生にして、分厚い電話帳だけを頼りに、津久井という寂れた人造湖のほとりにある家から、バスや電車であちこちの中古レコード屋や古本屋を渡り歩いていたし、麒麟児に会いたい一心から、1人で3時間もかけて両国国技館へ行き「出待ち」をしたこともある。
会えなくて、泣きながら帰ったのだが。
憧れのグループのその人に会うことが叶った
しかしこの時は、すんなりと憧れのグループのその人に会うことが叶った。
まずぼくを出迎えたのは奥様らしき女性だったが、そこから、7、8人のおばさまたちが「20代でマヒナのファンだって?」などと口々に言いながら、その暗がりの空間に集まってきた。
どうやら生徒さんたちのようだ。まるで珍獣発見とばかりにぼくを取り囲んだ。
カラオケ教室の女性たちに…(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)
やがて、何かの用事で外出していたらしい「先生」がのっそり戻ってきた。あぁ、まさに、ブラウン菅やレコードジャケットで何度も眺めていたその顔だ。
「何?マヒナのファンなんだって?」「は、はい……小学生の時からずっと、大好きで憧れでした」「ふぅん。珍しいねぇ。じゃ、そんなに好きなんだったら、歌、習ってみるかい?」「……え?」
まわりのおばさまたちが、その瞬間、歓声をあげた。
インタビューをしに来たつもりが、あれよあれよと、ぼくはカラオケ教室の生徒になっていたのだった。
※本稿は『ムクの祈り タブレット純自伝』(リトル・モア)の一部を再編集したものです。
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