三島作品の舞台化で現実と幽玄の境界を行き来する美輪明宏、御年81歳。若き美女を演じても違和感がない理由

4月12日(水)16時0分 messy

麗しき「美輪」という世界。公式HP

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 劇場へ足を運んだ観客と出演者だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。

 写実性が前提である映像作品では困難な、ファンタジーな世界観が展開されるのも舞台の特徴です。それは時に、年齢や人種、性別などと目に見える“記号”だけでなく、幽玄の境界すらも軽々と飛び越えてしまうもの。その象徴が近年、映像の中では演じる姿をほとんど見かけなくなっている美輪明宏かもしれません。

 シンガーソングライター、スピリチュアルな世界の伝道師、トランスジェンダーのテレビタレントにおける先駆けとマルチに活躍している美輪は、舞台の演出家としての側面も持ち合わせています。現在上演中の主演舞台「近代能楽集より 葵上・卒塔婆小町(あおいのうえ・そとばこまち)」でも、演出や美術、衣裳から振り付けまで、すべてを手掛けています。

「近代能楽集」は、美輪との公私にわたる交友が知られている作家、三島由紀夫が能や謡曲を翻案した、一幕物の8編からなる戯曲集。そのうち「葵上」は源氏物語の光源氏と正妻の葵上、生霊となって葵上を死に追いやる六条御息所の三角関係を題材にした世阿弥の能作品、「卒塔婆小町」は、平安時代の女流歌人、小野小町に魅入られた深草少将が百日間彼女のもとへ通い詰める「百夜(ももよ)通い」をし、その最後の夜に亡くなったという伝説をモチーフにした、観阿弥の作品を基になっています。公演パンフレットによると、三島は同作への美輪の出演を30年来熱望していたそう。

愛に溺れる優雅な美女役こそ本領

「葵上」は、裕福な実業家の若林光が、妻・葵が入院している病室へ毎夜見舞いにくるという中年のブルジョア女性、美輪演じる六条康子と再会し、その対峙から、かつて康子と愛し合った過去を振り返る物語。富裕層向けのその病院は性的コンプレックスを解消する精神分析療法を行っており、病室のセットもダリの絵にある、ゆがんだ時計の柄のソファーなど異次元を感じさせる空間で展開します。

 康子が歩くたびに響く衣裳の衣擦れの音や、「フフフ」と小さくもらす笑い声、若林へと向ける視線のすべてがとても色っぽく、若い男の主張をいなす年上の余裕を感じさせるとともに、教養ある女性であることに説得力を与えています。生で目にしても美輪の実年齢に気がいかないのは、ふとした動きの優雅さとともに、本人が積み上げてきた人間性がかもしだされているからかも。

 病室に現れる康子は、源氏物語と同じく生霊です。最初は軽くあしらっていたはずの若林の脚にすがりついて愛を乞う姿は、理性ではなく本能に突き動かされてのもの。冒頭の女性看護師のセリフに、夜は昼間とは違う男女の“戦争”の時間であり「女は血を流し、死に、また何度でも生き返る。そこではいつも、生きる前に、一度死ななければならないんです」とあるように、すでに“死んで”しまったはずの思い出と康子への思いを、若林の中によみがえらせるとともに、葵を死に至らしめます。

 ふたりが愛し合っていた過日に一緒にヨットに乗った思い出を振り返る場面では、そのものズバリなヨットのセットが舞台上に登場。決してスマートな演出ではないと個人的には思いますが、“美輪”という世界の中ではこれがしっくりくるのも事実です。「葵上」は若林夫妻に横恋慕する過去の女の執着という観点での演出も多いのですが、美輪版では、若林と康子との間にふたたび愛が燃え上がるさまが、女の業をより深く際立たせているようにも受け取れます。

「卒塔婆小町」は、売れない詩人が公園で出会った、昔は小町と呼ばれていたと名乗る汚い老婆の物語に聞き入るうちに、かつて絶世の美女だった老婆の過去へと、時間と空間を超越していきます。過去の鹿鳴館の庭園で彼女に百夜通いをする深草少将となった詩人は小町と100日目のワルツを踊りますが、小町は、彼女に対して「美しい」と言った男はみな死んでしまうという呪いを抱えていました。

まだまだ舞台に立ってほしい

 ゴージャスなドレス姿の美女は、美輪の面目躍如。三島は美輪に「芝居とは、荒唐無稽でロマンチックと抒情的(リリシズム)と上質の感傷的と劇的なるものが味付けされた非日常空間でなければならぬ」と話していたそうですが、舞踏会の場面はあらすじや設定の荒唐無稽さとは別に、もう美輪の存在そのものが非日常です!

 詩人は、美しいものを愛するが故に小町の魂に魅入られ、死ぬとわかっていて彼女を「美しい」と称えます。小町は詩人への愛ゆえに自分は汚い老婆だと主張しますが、出演者の中で美輪ひとりが三島世界を体現する説得力がありすぎるゆえに、当の詩人はこの女性に愛されるほどのオトコだったかな? と疑問に思えてしまったのが少し残念ではありました。

 2作とも、年上の女性に魅せられて青年は命を落とします。年齢を重ね、たたずまいや時に技術で、俳優はさまざまな色気を感じさせてくれるものですが、妙齢の美女としての艶は、間違いなく美輪がトップ。本人のいうところの “オーラ”の一種なのかもしれません。

 とはいえ、定期的に開催しているコンサートで、「愛の讃歌」の間奏中に「アムール」と一言口にしただけで観客を熱狂させたカリスマ性こそ健在なものの、年齢的なものなのか、物理的なパワーは少し弱く感じられたのも事実でした。そのぶん今後は、押し出しの強さが収まったからこそ見せられる、役の人物へ哀れさを感じさせる演技を期待できるのでしょう。

messy

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