織本順吉さん 確たる計算と技術に裏打ちされた「存在感」

4月12日(金)7時0分 NEWSポストセブン

3月に亡くなった織本順吉さん

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、映画やドラマで幅広い役柄を演じてきた俳優・織本順吉さんが、生前、セリフを言う時の呼吸や存在感について語った言葉をお届けする。


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 先日、織本順吉が亡くなった。本連載では二〇一四年十二月に取材をさせていただいている。そこで今回は追悼の意を表し、その際にうかがったお言葉を取り上げながら、彼の役者としての魅力について改めて振り返っていきたい。


 九十二歳で亡くなった織本だが、取材させていただいた時でも八十七歳。本連載にご登場いただいた役者の中でも最高齢にあたる。驚かされたのは、その記憶力や矍鑠としたたたずまいもそうなのだが、その年齢になってもなお自らの演技をさらに深めようと試行錯誤していたことだ。そうした中で織本が新たに気づいたことがあるという。それは、セリフを言う時の呼吸だ。


「最近になって思うのは、呼吸の合間に言う言葉がセリフなんだということです。ですから、僕が今一番大事にしているのは、セリフを言う時の呼吸法です。


 息を吐いてセリフを言うと、感情が体の中に染み込んでこないんですよ。でも、息を吸ってからセリフを言うと、大したことを考えていなかったとしても、その吸い込む間に観る側が勝手に想像してくれるんです。『この人には厳しい過去があったんじゃないか』とか。


 ですから、想いを託してセリフを言う時は、その前に息を吸い込むことにしています。あるいは、セリフのない場面、たとえば英雄とか哲学者が高尚なことを頭の中で反芻するというような芝居でも、そうです。そういうのは表情だけでできるわけではないので、グッと息を引いて止まると、そういう風に見えてくる。息を吐く時は、極端に言うと『てめえ、この野郎』と喧嘩をする芝居ですね。こういう時は、頭の中に知恵は働いていませんから。


 話を聞く時も同じです。相手の話をちゃんと聞いてない時は息を吐きながら聞く。そうすると信用していない感じが出ますし、引く息で聞くと本気で聞いている感じになっていきます」


 亡くなった際の報道で、織本について「存在感ある芝居をする役者」と評するメディアがいくつかあった。が、その「存在感ある芝居」は、「ただそこに存在していればできる」というわけではない。そこには、確たる計算と技術が裏打ちされている。


 ただ、それはなかなか外の世界の人間に言葉で説明するのは難しい。織本はインタビューでそれを見事にやってのけている。


「よく『存在感がある』と言いますが、息を吐くセリフの時は存在感は観る側には伝わりません。例えば、相手と怒鳴り合いをしている状態では何も響きませんが、そこからいきなり小さな声で『お前な……』とやると、響いてくるでしょう。それが画面での存在感になります」


 役の大小、作品の規模にかかわらず、織本はたえずその存在を画面のそこかしこで感じさせてくれた。それは近年の脇役にありがちな、「自分が目立とう」というタイプの存在感ではない。楚々としてそこにおり、気づいたらその芝居から目が離せなくなっている。そんな上品な存在感であり、そこがたまらなくチャーミングだった。


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中


※週刊ポスト2019年4月19日号

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