「ブスをビジネスにする——光浦靖子は発明をした」『めちゃイケ』片岡飛鳥の回想

4月13日(土)17時0分 文春オンライン


 フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏のロングインタビュー第6回。今回も人気のテレビっ子ライター・てれびのスキマさんがじっくり聞きます。(全11回の6回目/ #1 、 #2 、 #3 、 #4 、 #5 、 #7 公開中)



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「アンタには私たちブスの苦しみがわかってないから!」


<若手発掘のネタ番組『新しい波』で出会ったナインティナインよゐこ極楽とんぼ (→#5) が中心となり、1993年4月8日、ユニットコント番組『とぶくすり』が始まった。そこに加わったのが、光浦靖子オアシズ)と本田みずほ(※1)だった。一方で大久保佳代子(オアシズ)の抜擢は『めちゃイケ』への合流(99年4月17日)まで遅れることになる。>


 オアシズは、『新しい波』にも出てましたけど、実は僕の担当回ではないんですよ。のちに『いいとも』のプロデューサーもしていた伊戸川(俊伸)さんという先輩ディレクターの担当。だから、岡村がよく「伊戸川班のオアシズは花の飛鳥組の俺らとは“出身の村”が違う」ってイジるんですけど。オアシズは胸を張って「伊戸川班のどこが悪いんだよ!」って(笑)。



フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏


『新しい波』は演者も新人だから、アナウンサーも新人でって、いまや大ベテランですけど当時新人の西山喜久恵(現フジテレビチーフアナウンサー)が司会だった。光浦は東京外国語大学で、大久保が千葉大学。で、2人は早稲田大学の寄席演芸研究会にいて、確か彼女たちが出た学園祭を見に行った伊戸川さんがキャスティングしたんです。だから、いわば素人みたいな女子大生がフジテレビにネタをやりに出てきた。異例ですよ。シンデレラストーリーとかじゃなく戦後のドサクサみたいな感じ(笑)。


 かたや、蝶よ花よと育てられて上智大学からフジテレビのアナウンサーになった西山。番組はネタよりもオアシズと西山のフリートークが面白くなるんですけど、実は彼女たちはちょっと前にその寄席演芸研究会のコンパで出会ってたんです。光浦が「私たちブスは、早稲田の男子から口をきいてもらうこともなく、一番端っこの“ブス席”で飲んでた。そしたらその日、『今日はゲストとして、なんとフジテレビに内定を受けたアナウンサーが来ます』って西山さんが現れたんだ」と物怖じもせず一気にまくしたてた。「男子からバカみたいにチヤホヤされてたアンタには私たちブスの苦しみがわかってないから!」「いや、そんなことないです」って西山は一応言うんだけど、わかるはずがない(笑)。




テレビで初めてブストークが面白くなった瞬間


 そのやりとりは今見ても絶対面白いはずです。たぶん、テレビの歴史で初めて、いわゆる自虐のブストークが面白くなった。オアシズの前の先輩って邦ちゃん(山田邦子)や久本(雅美)さんや野沢(直子)さんがテレビで活躍する女芸人の先駆ですけど、みなさん決して容姿をビジネスにはしていなかった。ミッチャン(清水ミチコ)だって、『夢で逢えたら』で「みどり」というブスキャラのコントはありましたけど、あくまでもコント上のキャラクターであって、本来の彼女はモノマネが主戦場ですよね。


 関西でいえば、吉本新喜劇での(島田)珠代さんや(山田)花子さんなんかの笑わせ方も、また意味合いが違う。オアシズのそれは、テレビでのクロストークで女子アナやアイドルみたいな“美しい敵キャラ”を作るひとつの“手法”というか……もちろん当時は深い考えもなく半分素人の強みもあったと思いますけど、とにかくその日の光浦たちはそれをやった。27年も前のエポックメイキングな瞬間だったと思います。その後、多くの後輩たちが当たり前のようにそれをなぞっていって、いわばフォーマットになった。今では友近さんとかAマッソとか別種の才能もたくさんいるし、そういう自虐の笑いが批判されることも多くなりましたけど、光浦靖子というお姉さんが敷いたレールはとてつもなく太かったんです。その後も彼女たちは「ブスだけど頭はいい」とか「ブスでも金は持ってる」とか「ブスなのに性欲が強い」とか(笑)、女芸人の生き方を笑いにつなげるフォーマットもいっぱいつくった。それもみんなが使ってきた。もう、発明ですよね。さすが大学出(笑)。


 ただ当時の僕はマンガみたいなブスだった光浦にだけ目を奪われて、目立たなかった大久保のことは『とぶくすり』に起用しなかったんです。奮起した大久保は何年も遅れて『めちゃイケ』に合流するんですけど、のちにウーマンオブザイヤーとかにもなって大ブレイクして……。こうやっていろいろしゃべってるけど全然見る目ないんです(笑)。




20年前もフジテレビでは「コントは視聴率が取れない」と言われていた


<ユニットコント番組は『オレたちひょうきん族』(1981年)から続くフジテレビのお家芸だった (→#3) 。その後も有望な若手芸人たちを集めた『夢で逢えたら』(88年)や『とぶくすり』(93年)、『はねるのトびら』(01年)、『ピカルの定理』(10年)などに継承されていく。一時期、フジテレビのユニットコント番組に出ることは、スターの階段を登り始めることと同義だった。そしてそれは演者と共に走ることになる若手ディレクターにとっても同じだ。>


『ひょうきん族』から『夢で逢えたら』などをずっと見てきて、やっぱりコントというものがプロのお笑いの根幹には不可欠で、ディレクターや演者の基礎体力を作るものだと思って育ったんです。だから『とぶくすり』が始まったときも、当たり前のようにコント番組として立ち上げた。これはあくまでもディレクター的な感覚なんですけど、コントやネタで演者と対等に向き合わないと、本当の意味では口をきけないと思うんですよ。演者にとってネタは命がけ。そこで一緒になって悩む経験を積めば、共通言語や信頼関係も構築しやすい。



 よく今はコント番組を作るのは難しいって言いますけど、フジテレビに限って言えばそれは10年前も20年前も一緒ですよ。「コント、面白いね」とか「芸人育てるの大事だね」なんてことは実は今も昔も言われてない。いつの時代だってフジテレビの中にも「コントをやっても視聴率が取れない」「コントなんか、もういいんじゃないの?」と言う人たちは大勢いた。それを「いや、そんなことないんだ」という強い思いで振り切ってやるしかなくて。


 社内の顔色なんかまったく窺わない1本のコントができて、そのコントが連なってそのうち番組になって、その番組が時間をかけながら人気番組になって、気づけばそんな人気番組がいくつか束ねられて『27時間テレビ』になってって……。


 川が徐々に大きくなって流れていくみたいな感じでフジテレビのバラエティの歴史はつながってきたんだと思います。小松(純也 ※2)の頑張りで大ヒットしたけど昔の『笑う犬』だって始める前からずっと「コント冬の時代」って言われてましたから。それでも一滴のコントを作ろうとしただけ。時代とは真逆のことを世にぶつける覚悟というか確信というか、うん、それが大切で。



『ピカルの定理』なんて2度と集められないメンバー


 最近の話ですけど、2016年に『新しい波24』 (→#5) というのをやって、若いディレクターたちが集めたメンバーに、その後『M-1』を獲った霜降り明星や『キングオブコント』を獲ったハナコがいた。これってスゴいことですよ。ウチの若手ディレクターたちの目は間違ってなかったんだから。だけど2年半経った今、フジテレビが霜降り明星やハナコの番組を持っているかと言ったら、持てていない。出会いは誰よりも早かったはずなのに。その史実みたいなことはちゃんと受け止めながら明日のフジテレビを作っていかないといけない。


 余談ですけどもう終わってしまった『ピカルの定理』なんてもはや2度と集められないメンバーですよね? 綾部くん(ピース)、澤部くん(ハライチ)、吉村くん(平成ノブシコブシ)始め、今や世界のナオミ・ワタナベに芥川賞・又吉先生(笑)。そこに千鳥までいたんですよ。岩井くん(ハライチ)や徳井くん(平成ノブシコブシ)やモンスターエンジンもみんな抜群に面白い。穴がない。


 もしも彼らが今もフジテレビで1つの番組を作っていたらと思うと……どうですか? 少なくとも綾部くんはニューヨークには行ってない(笑)。



今のフジテレビにはもっと“変な番組”が必要


<2011年以降、フジテレビには逆風が吹き、視聴率などが急降下していった。それに伴って、フジテレビらしいチャレンジングな番組が減ってしまったように映る。その現状について片岡飛鳥は何を思っているのか。>


 テレビっていうのはブランド商売だから、そこを戻すには新たなブランド性があって、新たに顧客の信用を得るしかない。ただしその打開策は「そこそこ面白い番組をつくって、そこそこの視聴率をとりにいく」ってことではないんだと思うんです。なんというか…当たり外れはあるだろうけど、もっと“変な番組”が出てくることが必要。


 ちょっと前にやってたウチの萩原(啓太 ※3)がつくった『人生のパイセンTV』って頭おかしかったじゃないですか(笑)。一見すると「何この番組?」って。そんな演出家の個性というか、目線を感じるようなテレビがひとつのキッカケなんだと思います。彼が作る『アオハルTV』がまた始まってますけどね。彼らしい“変な番組”になったらいいなと思います。



 他に“変な番組”ですか…? あ、『全力!脱力タイムズ』はかなり頭おかしいですよね(笑)。(名城)ラリータ(※4)の仕業なんですよね? でもそういうテレビを見て、たとえば1人の高校生が「自分もフジテレビに入って面白い番組を作りたい」って思うんじゃないですかね? 就職の時の話 (→#2) ともつながりますけど、そういうことこそがブランドとしての未来というか。『水曜日のダウンタウン』なんてまさにそのタイプで、TBSにとっては無形の価値みたいな番組だと思いますけど。



#7 「『めちゃイケ』はヤラセでしょ」という批判 フジ片岡飛鳥はどう考えてきたか  へ続く


#1 『めちゃイケ』片岡飛鳥の告白「山本圭壱との再会は最後の宿題だった」

#2 「岡村さん、『めちゃイケ』…終わります」 片岡飛鳥が“22年間の最後”を決意した日

#3 「早く紳助さん連れて来いよ!」 『ひょうきん族』で片岡飛鳥が怒鳴られ続けた新人時代  

#4 「飛鳥さん、起きてください!」 『いいとも』8000回の歴史で唯一“やらかした”ディレクターに

#5 「160cmもないでしょ?」『めちゃイケ』片岡飛鳥と“無名の”岡村隆史、27年前の出会いとは


毎週土曜日連載(全11回)。#8、#9は4/20(土)に配信予定。

(予告)

#8 「加藤のマラソンが間に合わない…」『27時間テレビ』片岡飛鳥がナイナイの前で泣いた日

#9 「僕が岡村を休養まで追い詰めた…」『めちゃイケ』片岡飛鳥の自責と“打ち切りの危機”​


※1 本田みずほ…1973年生まれ。吉本興業所属の女芸人。93年から始まった『めちゃイケ』の前身となる深夜のコント番組『とぶくすり』のレギュラーに抜擢される。アイドル風のルックスで「西のキョンキョン」などと呼ばれ、当時はナインティナイン、よゐこ、極楽とんぼ、光浦靖子というメンバーの中でももっとも知名度の高いタレントだった。

※2 小松純也…1967年生まれ。『ダウンタウンのごっつええ感じ』、『笑う犬シリーズ』などの演出を担当。この春、フジテレビを退社しフリーディレクターに。『チコちゃんに叱られる!』や『人生最高レストラン』などを手がけている。

※3 萩原啓太…86年生まれ。愛称は「マイアミ・ケータ」。演出を手がけた『人生のパイセンTV』ではチャラいナレーションやド派手なテロップが話題に。現在は『アオハルTV』(日曜21時)を担当。

※4 名城ラリータ…76年生まれ。『SMAP×SMAP』でキャリアを積み、ディレクターとして『ココリコミラクルタイプ』、『オモクリ監督』などに参加。『全力!脱力タイムズ』(金曜23時)では総合演出に。


聞き手・構成=てれびのスキマ(戸部田誠)

写真=文藝春秋(人物=松本輝一)



(片岡 飛鳥,てれびのスキマ)

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