人はなぜ絵を描くのか ある画家が答えた「自分でも予想できないものを生む」感覚

4月13日(土)11時0分 文春オンライン

 人はなぜ絵なんて描くのか。


 ものを忠実にトレースするだけなら、スマホをかざして撮影すればすぐに、完璧な「写し」が得られるというのに……。あえて絵具と絵筆なんてアナログな道具を持ち出して、長い時間を費やして描くのはなにゆえか。画面にわけもなく惹き込まれ、時を忘れ見入ってしまう「観る側」も、いったい何をしているのやら。


 会場に身を置いていると、改めてそんなことを深く考えさせられてしまう。東京都江東区のギャラリーSatoko Oe Contemporaryでの長谷川繁「PAINTING」展だ。





リズムやバランスを感じさせる色とかたち


 壁に掛けられた幾枚かの絵画は、実際に対面してみると思いのほか大きい。開口部が広いギャラリーの明るさも手伝って、絵の細部までがはっきり目に飛び込んでくる。



 心奪われるのは、画面に塗られている色の鮮やかさだ。次いで、かたちのおもしろさへと注意が移る。無数の球が数珠のように連なっていたり、ブリッジするかのごとく魚が反り返っていたり。三角形が並んでいるのは山嶺か、はたまた布なのか。それらの色とかたちが快いリズムや妙なるバランス感覚の存在を思わせる。


 観ていてとにかく無心になれるのだ。意味や価値など考えなくていいんだという、開放的な気分。そういえば空間に身を浸しているあいだは、そこに何が描かれているのか、絵の中の色やかたちが外界の見知ったものとどれほど似ているかどうかなんて、まったく気にしていなかったと気づく。




はみ出すもののある絵だけが、おもしろい


「つくっているこちらとしてもただ夢中にやっているだけですし、描いていてひたすらおもしろいんです」



 ただ、不思議に思う。学校の図工の授業時間を思い返してみても、私たちが絵を描くときには、バナナを写生しようとしてそっくりに描けたらうれしい。昔話に出てきた鬼の姿を想像通り紙に描けたとき、「うまくいった!」と素直に喜べる。長谷川さんが感じている「おもしろさ」は、私たちの描く歓びとは少々違うような気も……。 会場で長谷川繁さんご本人に話を聞けた。なるほど、描く愉しさを支えにこれらの作品は描かれているというのだ。


「そうですね、ものを写す歓びとはちょっと別のものかもしれない。自分の絵が、思いもよらなかったものを生み出したときこそ、いちばんおもしろいので。こんなものが自分の中から出てくるのか! と、描きながら自分で驚いてしまうような瞬間というが、まれにあるものなんです。


 10代のころから絵を描いてきたので、ふつうにしていると自分が描ける範疇はわかってしまう。そこからはみ出したいという一心で進めていきます。何かの拍子にはみ出せたとき、絵の中で予想し得なかったことが起こる。そういうものだけが、人に見せるに足る絵になります。



 日々描き続けていますが、なかなかうまくはいかないものですね。予想を飛び越えていく絵が生まれる確率は、野球のバッターがヒットやホームランを打つのと同じようなもの。3割あるかないかですよ」



 会場で長谷川作品を観る人は幸せだ。そこには「ヒット作」ばかりが並んでいるのだから。絵の中から、得体の知れないはみ出すエネルギーを感じ取ってみたい。


写真=黑田菜月



(山内 宏泰)

文春オンライン

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