マヒナスターズ・和田弘さんからの突然の呼び出し。「今日から、マヒナだからな」タブレット純が《新生マヒナスターズ》になった夜

2025年4月13日(日)12時30分 婦人公論.jp


お前、歌ってみろよ(写真はイメージ/写真提供:Photo AC)

あなたは「タブレット純」を知っていますか?《ムード歌謡漫談》という新ジャンルを確立しリサイタルのチケットは秒殺。テレビ・ラジオ出演、新聞連載などレギュラー多数、浅草・東洋館や「笑点」にも出演する歌手であり歌謡漫談家、歌謡曲研究家でもあります。圧倒的な存在感で、いま最も気になる【タブレット純】さん初の自伝本『ムクの祈り タブレット純自伝』より一部を抜粋して紹介します。

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何かが動き出した夜


あれは暮れも押し迫った頃、じんわりと夜に包まれ、かすみちゃんの寝息がこだまする車内で、運転席の傍ら、携帯電話が震えていた。

薄明かりの画面には「日高ママさん」……マヒナスターズのメンバーであり、今ぼくに歌を教えてくださっている先生の、その奥様からだ。

カラオケ教室は夜には「スナックマヒナ」に早変わりし、そこでママをされている。なんだろう?

お店には、年輩のマヒナファンも訪ねてくるため、マニア同士話も弾むだろうと電話を繋いでもらったり、「飲みにおいで」と度々お誘いをいただくようになっていたので、その呼び水かな。

路肩に車を停め、かけ直してみると、やや興奮した声色の奥様から、明日の夜お店に来れるかと唐突に聞かれた。そして、ためらう間もなく、驚くべき言の葉が受話器から吹き込んだ。

「リーダーが、あなたに会いたいっ言ってるそうなのよ」

マヒナスターズの長、和田弘さんとは、その少し前にお会いしたばかり。生の舞台を初めて目の当たりした日のことだった。

大ファンとはいえ、ずっとターンテーブルに針を落としての「交流」であり、生マヒナを浴びて、ただでさえ胸いっぱいだったのに、日高夫妻と知遇が得られたことで、終演後、楽屋にも通されたのだった。

その時は「へぇ、そんな若いのにマヒナのファンなのかい」と珍しいサルでも見るように目を丸くしたあと、しだいに相好を崩してくださり、舞い上がった禅問答のような束の間の、その余韻にそよいでいたのだが、いったいなんたる続編が?

電話を切り、かすかに震えながらしばし呆然としていると、隣りでかすみちゃんは起きがけのとろんとした瞳でこちらを見ていた。たぶん、何も考えていない、真空管のようなまなざし。

彼女の背後では、米軍基地の巨大な飛行機が、ゆっくりとその羽を滑走路へと棚引かせているのが見えた。

夢かうつつか、マヒナスターズ


そうして翌晩、「スナックマヒナ」を訪ねた。緊張をまぎらわすため、行きの列車内からしこんでおいた、表向きミネラルウォーターの「ペットボトル酒」をくぴりくぴりと傾けつつ。

ペース配分を誤り、到着する頃には、脳がほんわかと浮いたような状態になっていた。現実感がまるでない。大丈夫だろうか……。

何度か意図的に道を間違えたあとには、エンジンも空に。いよいよ観念して、えぇいままよと押し扉を開けると、いきなりリーダー和田弘さんの姿が視界に入った。

ほぼ真正面の位置にいて、片手を上げ「おぅ」と一言。先だって、初めて会った時には好々爺な印象だったが、今夜はどこか「軍人」のようなお面付きだ。昔の切手に描かれてそうな。やばい、緊張とうわの空が酔いで交錯している。

「まぁ、座んなさいよ」と促したのは、リーダーの真横に座る女性。この人が、噂に聞いた「マヒナのマネージャー女史」に違いない。

内部事情はよくわからないが、日高先生の奥さんからは、「そのおばちゃんには、細心の注意を払って、嫌われないようにしなさいよ」とのお達しを受けていた。

そう、こういった物言いからも、今夜、この場所で、ぼくに対し何らかの「値踏み」が施されることは何となく感じていた。それなのに、すでに半ばどれどれになっていたのだが……。


『ムクの祈り タブレット純自伝』(著:タブレット純/リトル・モア)

正直、あまり覚えていない…


しかし、店内に貼られたポスターにあるように、「新生マヒナスターズ」とやらはすでに始動している。それにしても、馴染みのボーカル陣はどこにいったのだろう? 

自分の中では、プロ野球のように、「1軍」のマヒナはもちろん存続しつつも、「2軍」の育成チームのように発足したのが「新生」たるこれか、とぼんやり推測していたのだが、となるとぼくはさらなる「3軍」はたまた「4軍」要員の、ボールボーイ的な裏方候補生??

日高ママから、「今日はおあずけよ」とあてがわれた水(もう酔っていたのでチェイサー)を矢継ぎ早に口に注ぎながら、めくるめく転げ回っていた頭に、和田「元帥」の言葉が静かに轟いた。

「じゃ、お前、うたってみろよ」

一瞬のけぞったが、死刑囚のように震えながら立ち上がったのは、どこか心の奥でそれもまた予期していたことだったのかもしれない。

参謀か執事のように、その長身を空間の隅に生やしていた日高先生は、目が合うや「うむ」と小さく首肯してみえた。歌は「泣きぼくろ」でいけ、と。

いま習っている、ぼくが1番好きなマヒナナンバーだ。

♪な〜きぼくろ〜……

正直、歌っていたさなかのことは、あまり覚えていない。酔いによる麻痺も借りて、なんとかやり切ったようなイメージだ。あ、マヒナだけに麻痺だなんて、シャレになんない。

しかしシャレでは済まされない玉音が、へなへなと椅子に戻ったぼくに滴り落ちた。

今日から、マヒナだからな


「おぅ、じゃお前、今日から、マヒナだからな」

今日から、マヒナ?

当時やっていた、「玄関開けたら2分でごはん」というCMが、なぜかシンクロした。

スナック開けたら、5分でマヒナ。ここにおいても、まだ現実ならぬ光景に「上の空」が渦巻いていたのだが、途方に暮れていたぼくに、初めて和田さんの八重歯がきらと光った。

「なぁに、お前はマヒナの歌、みんな空でうたえるだろ。だから、クチパクで立ってるだけでもいいんだから。正式メンバーだよ」 

ここへきて初めて色が戻った景色のもと、笑いとともに、拍手が起きていた。よく見たら、奥の暗がりには教室のおばちゃんたちがいた。

立ってるだけでいい。古本屋の時は「座っているだけでいい」男が、ようやく立ったその先が、マヒナ。

だめだ、まだよくわからない。マヒナって、やはり麻痺なことなのか。

その後、「よし、じゃあお祝いに寿司食わせてやるよ」と入った、カウンターだけの、ごくこじんまりとした渋いお店には、先客が一人。

ザ・タイガースの加橋かつみさんだった。GSも生き甲斐なのだ。マヒナにトッポ、あぁもうだめだ、交通渋滞。ひたすら痛飲、幸痛重態。

※本稿は『ムクの祈り タブレット純自伝』(リトル・モア)の一部を再編集したものです。

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