佐藤浩市「雲の上で聞いてくれたと」 三國連太郎さん十三回忌、孫・寛一郎は「恥ずかしくない作品残す」

2025年4月14日(月)19時14分 スポーツニッポン

 2013年に死去した俳優の三國連太郎さん(享年90)の十三回忌法要が命日の14日、東京・調布の角川大映スタジオで営まれた。縁のあった俳優、関係者ら400人が参列し、長男の俳優・佐藤浩市(64)は「雲の上で聞いてくれていたと思います」と北大路欣也(82)、浅田美代子(69)らの心温まるスピーチに感謝。佐藤の息子で俳優の寛一郎(28)は「三國さんに恥ずかしくない作品を残していければ」と俳優としてさらに成長することを誓った。

 三國さんが活躍していた当時の撮影現場の空気を感じられる角川大映スタジオで行われた法要。会場内のスクリーン左手には当時の撮影現場のオブジェが印象的にレイアウトされた。美術監督の原田満生氏のデザインで、三國さんの私物のトレンチコート、帽子、バッグ、劇用指輪、葉巻パイプ、杖、撮影監督の木村大作氏の私物であるフィルムカメラ(ARRI2C35mmカメラを照明機材や脚立と共に展示。会場後方には、特殊メイクの江川悦子氏作成の生前の三國さん、佐藤、寛一郎の親子三代のデスマスクも展示された。

 佐藤は会の冒頭、「今日はありがとうございます。三國連太郎にはスタジオが似合うと思い、この撮影スタジオで執り行わせて頂きます。本日は最後まで三國の話をして盛り上げて、皆さんの楽しい笑い声を雲の上の三國に届けたいと思います。映画の創り方も変わってきましたが、三國がいた昭和・平成の時代の映画の話を含めて楽しい話を聞かせてください。今日はよろしくお願い致します」とあいさつ。寛一郎は「三國と親父の会話の独特の緊張感を覚えています。自分が軽々しく言えない存在ですが、尊敬する好きな俳優の1人です」と祖父との思い出を語った。

 その後、三國さんと縁の深い俳優の小林薫、渡辺えり、浅田美代子、吉岡秀隆、永瀬正敏、羽田美智子、石橋蓮司、北大路欣也、「釣りバカ日誌」を手掛けた映画監督の朝原雄三氏がスピーチ。

 最後は佐藤が「これだけの方々が来て下さって昨日のことのように三國の話をして下さる。雲の上で聞いてくれていたと思います。今日の会で一生懸命手伝って下さったスタッフの皆様、本当にありがとうございました。僕が言う事はもうありません。本当に今日はありがとうございました」と約400人の参列者への感謝を述べた。

 そして寛一郎は「本当に皆さんの話を聞くとエゴイストでクレバーな方だなと思いました。三國さんは芝居の中・映画の中でしか正直でいれなかったのかなと感じています。僕は三國さんの想いを受けてアクターにもスターにもならず、このまま邁進していきたいと思います。最後に一つ言えることは三國さんに恥ずかしくない作品を残していければと思います。今日はありがとうございました」と語り、“演技の鬼”として生きた祖父の思いを引き継ぐことを誓った。

 三國さんは1951年の木下恵介監督「善魔」の主役に抜てきされてデビュー。この時の役名がそのまま芸名となり、迫力ある風貌で一気にスターダムを駆け上がった。その後「ビルマの竪琴」「飢餓海峡」「神々の深き欲望」など、市川崑監督、今村昌平監督ら名監督の作品に出演。88年からは「釣りバカ日誌」シリーズに会社経営者の「スーさん」役で出演し、ユーモアたっぷりの演技で新境地を開いた。

 自らメガホンを取った「親鸞・白い道」で87年のカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞するなど、監督としても才能を発揮した。

 長男の佐藤とは96年の映画「美味しんぼ」で本格的に初共演。孫の寛一郎は2017年に俳優デビューした。

スポーツニッポン

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