「加藤のマラソンが間に合わない…」『27時間テレビ』片岡飛鳥がナイナイの前で泣いた日

4月20日(土)17時0分 文春オンライン

 フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏のロングインタビュー第8回。今回も人気のテレビっ子ライター・てれびのスキマさんがじっくり聞きます。(全11回の8回目/ #1 、 #2 、 #3 、 #4 、 #5 、 #6 、 #7 、 #9 公開中)


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全然“普通じゃない”『めちゃイケ』の打ち合わせ


<『めちゃイケ』はドキュメントバラエティのひとつでありながらも、“コントとホント”が入り混じった他に類を見ない番組だった (→#7) 。人事異動などの「休止期間」がありながらも総監督として演出をしてきたのが片岡飛鳥だが、どのような作り方をすれば、あのような空気の番組ができあがるのだろうか。>


『めちゃイケ』の作り方ってよく特殊だと言われるんですが、なにかひとつやりたいことがあると、僕は全員と別々に打ち合わせをするんです。22年間も続いた番組ですからタレントごとにバージョンアップはあったけど、「それぞれの個性に合わせた言葉」で1人ずつ違う説明をしてきた。たとえば、まず矢部だけには台本を使いながらほとんどの手の内を明かして、僕が思っていることを進行役として表現してもらう。ところが僕と矢部の頭の中にあることが収録でその通り実現するわけじゃない。なぜなら全員の頭の中がバラバラなので。



フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏


 岡村には若い頃には8〜9割、説明しているときもあったけど、どんどんその割合が減っていって、最終回の頃って、半分も知らなかったんじゃないかな。責任はあるはずなんだけど結構気楽なポジション(笑)。でもそのほうが今の岡村の個性には合っていて、活き活きしていく。だから台本もチラッと見るだけだし、時には読んだつもりの台本が矢部とは全然違うものだったりする(笑)。その逆で、昔はあまり説明しなかった加藤には、今はもっと言っとこう、矢部に言い足りなかったことも1つ知っておいてもらおう、とか。濱口はあえて知りたがらない人だからそういう意思表示をしてくるんです。「僕は知らないほうが楽しいです」って。だけど言外に、もう長い付き合いですから僕が思っていることは感じてくれていたような気がします。天才の有野はこっちの話を聞いているのかいないのか、だいたいコーヒーすすってましたね。もう1人の天才、山本は打ち合わせ中によく耳アカほじってたなあ……腹立つでしょう(笑)? ただ、それがみんなの個性だった。


 みなさんは“普通の打ち合わせ”ってどんなイメージですかね? たとえば出演者がバーッといる前にディレクターが座って「よろしくお願いします。打ち合わせします。じゃ、台本の1ページ目なんですけど……」みたいなのは、『めちゃイケ』ではまずない。それなら打ち合わせは1回で済むんですけど、みんなの頭の中が同じだと本番での緊張感を保ちにくいというか……だから収録が近づくとすごく面倒くさいんですよね。メンバー全員との打ち合わせに、ゲスト複数との打ち合わせも入って。基本はコーナーを担当するディレクターが1人でタレントの居場所を行脚していく。他局だろうが、ルミネだろうが、今昔庵(※)だろうが(笑)。

(※東京・世田谷区のテレビスタジオ「東京メディアシティ(TMC)」内の喫茶店。かつてのSMAPも常連だったが、今年2月に閉店となり芸能界からも多くの惜しむ声が上がった)



最終回で感謝した「矢部のスゴさ」とは


<たとえば、最終回。メンバーが一人ひとり行ったスピーチは岡村の“なんちゃって結婚式”での祝辞という形で行われた。3月とは思えない冷たい雨の降る中、最後の岡村が「『めちゃイケ』は僕の青春でした!!」と涙ながらに叫び、感動のフィナーレ……かと思いきや明石家さんまがサプライズでダメ出しに現れたのは強烈な記憶となっている。その各メンバーのスピーチの間に編集で挟み込まれた片岡による17人のインタビューは、実はそれぞれとの個別打ち合わせ自体を放送したものだった。>


 最初の方で言いましたけど、番組を「祝活」という形で終わるにあたって、この半年間それぞれが何を感じたのか? それをテレビにしてしまおうと思っていたので (→#2) 。祝辞ではこういうことを言えばいいとかを打ち合わせするのではなくて、彼らの話を聞いていく中で、頭の中を整理してもらって、あくまで話す中身は自分で考えてもらうためのインタビューでした。ジャルジャルやたんぽぽみたいな若い人には「それをみんなの前で言ってみたら」とアドバイスぐらいはしましたけど。最後にどんな風に持っていくかというのはあくまでも個人との探り合いで、本番までわからないところがテレビっぽくて、すごく楽しかった。



 岡村なんて、前日に「飛鳥さん、スピーチの最後なんですけど、あんまり真面目になるのもアレなんで、ボケて終わろうと思います」ってカッコよく言ってたんですよ。「いいねえ。22年の終わりがボケで終わるっていうのも、カッコいいよね」と送り出したら、本番は「ボクの青春でした」って号泣(笑)。そんな筋書きいくら考えても書けないですよ。



 山本と再会した時の加藤の「当たり前じゃねーからな!」 (→#1) なんかもそうですけど、収録でなにが起きるかは蓋を開けるまでわからないのが『めちゃイケ』らしさなんだと思います。結果として最終回では岡村に限らず、他のメンバーの感情もじっくりと引き出せたように思います。極寒の中、さんまさんを4時間も待たせましたけど(笑)。



 ただあの日に改めて思ったことが、矢部のスゴさって、あらゆる場面で泣かないこと。それはきっとみんなが助けられてきましたね。22年間を通じて矢部が泣いたら終わりって状況は何回もあったんですけど、泣かなかった。山本が帰ってきたときも、普段は絶対に泣かない大久保だって雛形だって泣いていた。けれど、矢部はどんなときでも、最終回でも、泣かない。見たことがない。それは彼のプロ意識というか「女優は顔に汗をかかない」とかに近いものがある。司会者は泣いちゃダメという……それはたとえばさんまさんも同じだと思いますけど、決してあの人が血も涙も無いんじゃなくて、「泣いたら仕事にならない」というのが、お笑いの司会者にとっての初期設定なんじゃないですかね。仕切っているのに泣いていられないですから。そこは徳光さんとか羽鳥さんとかアナウンサーとも役割が違いますもんね……いや!…紳助さんだけ例外でした(笑)!


 だから矢部って打ち合わせの時もそうでしたけど『めちゃイケ』では22年いつも陰に入ってくれていた。いつも岡村やメンバーに日が当たるように振舞っていた。本当にありがたいことです……でも、今はもう誰にも気を遣わないでどんどん自分が目立っちゃえば、と思ってます。



「このちっちゃいオッサンをみんなで支えていくんだな」


<そんな矢部や加藤は『めちゃイケ』を「岡村隆史を神輿に乗せてみんなで担いだ番組」だと表現した。それを片岡は「けだし名言」と言う。>


 いってみればメンバーたちが腹をくくって「同世代のライバルを持ち上げる」という役を演じてくれたんだと思います。神輿の上がエラいわけでもなければ、下がダメなわけでもない、あくまでも持ち場の問題。ただ、大きかったのは2005年の「オファーシリーズ」でのゴルフ(2005年10月8日放送「第10弾 横峯さくらとゴルフ編」)だと思います。



 ホールインワンを目指して、一晩中1500球を打ち続ける。その岡村をみんなが応援する……というかただただ目の当たりにする。同じく徹夜で。最初にタレントを目指した時は、たぶん誰もがセンターに行きたかったはずなんですよ。同世代として『新しい波』 (→#5) から競ってきたメンバーはなおさらです。だけど、2時間とか3時間のスペシャルを背負わされてフラフラになって球を打ち続けている岡村の顔を見ると、生半可じゃない何かに、「ああ、このちっちゃいオッサンをみんなで支えていくんだな」って感じたんだと思う。



<こうした「奮闘する岡村をメンバー全員が見守る構図」というのは、番組当初からのものではなく、基本的には最後の本番は矢部ひとりが別室でモニタリングすることが多かった。それが全員で見守る形になったのは、『めちゃイケ』が屋台骨になって生放送された『27時間テレビ』(2004年)での、元世界王者・具志堅用高とのボクシング対決だ。このボクシングと翌年のゴルフという極めてスパルタンな挑戦を経て、「岡村をみんなで支えよう」というメンバーの意識が確信に変わっていったのだろう。ちなみに、岡村がリングの上で日本中の感動を呼んだその夜(瞬間最高視聴率32.7%)には、100キロマラソンに出ていた加藤浩次が生放送中のゴールに間に合わないという“あり得ない非予定調和”も起きていた。>


 2004年に『めちゃイケ』メンバーと中居(正広)が初めて組んだ『27時間テレビ』には実現しなかったエンディングがあって、加藤がマラソンをやって、100キロ走ってゴールしたときに、みんなが岡村のボクシングに夢中になっていて肝心のゴールを中継し忘れる。それに怒った加藤となだめようとする相方の山本が揉め始める。で、感動的な『27時間テレビ』のエンディングで極楽とんぼが大ゲンカしてセットを全部ぶち壊して終わるってコント(笑)をやりたかった。


 最後の最後まで笑いがないとっていうのは、フジテレビの『27時間テレビ』はあくまでも、先にそれを作った日テレの『24時間テレビ』のパロディでなければならないと僕のDNAに刻まれていたからなんです。それは星野淳一郎さん(※1)たちがそもそも第1回(1987年)をつくったときがそうだった。オープニングでタモリさんが「こっちはチャリティーではありません!」って言ったのを大学4年生の時に見て、死ぬほどカッコいいじゃん!と思ったのが大きな原点で。そのうえ、丸1日かけて死ぬほどくだらないことをやったクセに、最後は徹夜でお笑いをやり切ったみたいな爽やかな感動があった。これは30年以上たった今でも忘れていない。きっとテレビにも後味というものがあって、いい後味があると人の記憶に残るんだと思います。



「加藤が間に合わない……」ナイナイたちの前で悔し泣き


 だから『27時間テレビ』の演出が僕に回ってきた時は、当たり前のように「加藤、マラソンやるぞ」って言ったんです。なぜなら、本家の『24時間テレビ』を象徴する企画だからこそパロディする。でも、日テレのようなプロフェッショナルなチームではなく、粗い感じで100キロ走ろうとしてるから対策が足りてない(笑)。当日はとんでもない猛暑日で加藤が熱中症になってしまって、このペースでは生放送終了までにゴールできないってことが早い段階で判明するんですよ。つまり、加藤本人も楽しみにしていたエンディングのケンカが実現しない。



 じゃあ、加藤はいったい何のために走ってるのか……? 残酷すぎる現実に僕はショックで、それを他のメンバーになかなか説明できなかった。夕方になって、もうあとは岡村のボクシングしかないという時間に、『サザエさん』のVTRが始まってようやくメンバーと中居を集めて「実は、加藤が帰ってこられなくなった」と。僕はその時点でもう3〜4日寝てないのもあったんだと思いますけど、恥ずかしながらみんなの前で悔し泣きしてしまいまして……。「みんなで目指していたけど、もうこの番組のゴールは極楽のケンカじゃなくなった、申し訳ない」と。


 じゃあ、どうするんだとなったときに、あくまでも極楽とんぼのケンカコントの「フリ」で良かったはずの岡村のボクシングが、「メイン」になる。本人は驚いたと思うし、辛かったと思いますよ。で、いきなり背負わされた岡村を、みんなが恥ずかしいくらいに「がんばれ!」と応援したんです。




 そのいきさつをわかっているから、中居までちょっと泣いてた。岡村はただボクシングをしていたわけではなくて、自分が『27時間テレビ』を成立させないと、っていう重責が突然ガン!っと肩に乗っかった状態で戦っていたんです。


 僕はサブのモニターで「ボコボコに殴られている岡村」と「もう間に合わないのに走っている加藤」を交互に見て……でも2人をそうさせてしまったのは自分ですからね……いやもう血の味しかしないです。全然楽しい思い出じゃない。



『27時間』の生放送が終わって、4時間後とか? フラフラになりながら走り続けた加藤が夜中の1時くらいにお台場に帰って来たんですけど、本人も心残りだろうから『めちゃイケ』で後日放送するために、やっぱりケンカの収録だけはやっとこうと思って。それを放心状態の加藤に伝えに行ったら「飛鳥さん、ケンカってなんのことでしたっけ?」って(笑)。真っ直ぐな目で言うんです。それだけ限界を超えていた。でも熱中症のタレントを100キロ走らせて、真っ直ぐな目で「じゃあケンカコント行こう」って言うディレクターも限界超えてますよね(笑)。



 てれびのスキマさんは「どうすればあのような番組ができるのか?」って興味を持ってくれますけど、『めちゃイケ』ってそんな感じで、たとえ台本に書いてあったとしても、設定があっても、そうならないことがある。ならないときに、みんなとの共通言語や信頼関係があって、どう転ぶかわからないけど、やってみようというときが、一番テレビっぽいテレビになっていた。でも、たとえどんな結末になったとしても「加藤、お疲れさま」っていうみんなの本当の部分はきっと画面に映って伝わるというか……どんなにコントをやっていても、最後に残るホントが『めちゃイケ』の後味だったんだと思います……最後のケンカコントは結局どうしたのか? 30分休憩してからちゃんと撮りましたよ(笑)。


#9  「僕が岡村を休養まで追い詰めた…」『めちゃイケ』片岡飛鳥の自責と“打ち切りの危機”  へ続く


#1 『めちゃイケ』片岡飛鳥の告白「山本圭壱との再会は最後の宿題だった」

#2 「岡村さん、『めちゃイケ』…終わります」 片岡飛鳥が“22年間の最後”を決意した日

#3 「早く紳助さん連れて来いよ!」 『ひょうきん族』で片岡飛鳥が怒鳴られ続けた新人時代  

#4 「飛鳥さん、起きてください!」 『いいとも』8000回の歴史で唯一“やらかした”ディレクターに

#5 「160cmもないでしょ?」『めちゃイケ』片岡飛鳥と“無名の”岡村隆史、27年前の出会いとは

#6 「ブスをビジネスにする——光浦靖子は発明をした」『めちゃイケ』片岡飛鳥の回想


#7 「『めちゃイケ』はヤラセでしょ」という批判 フジ片岡飛鳥はどう考えてきたか


毎週土曜日連載(全11回)。最終週#10、#11は4/27(土)に配信予定。

(予告)

#10 「最高33.2%、最低4.5%」『めちゃイケ』歴代視聴率のエグい振り幅——フジ片岡飛鳥の告白

#11 「さんまさんを人間国宝に!」ネット時代にテレビディレクター片岡飛鳥が見る“新たな光”とは?


※1 星野淳一郎…1960年生まれ。『夢で逢えたら』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』などの演出を担当したフリーディレクター。2017年死去(享年57)。


聞き手・構成=てれびのスキマ(戸部田誠)

写真=文藝春秋(人物=松本輝一)



(片岡 飛鳥,てれびのスキマ)

文春オンライン

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