「僕が岡村を休養まで追い詰めた…」『めちゃイケ』片岡飛鳥の自責と“打ち切りの危機”​

4月20日(土)17時0分 文春オンライン

 フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏のロングインタビュー第9回。今回も人気のテレビっ子ライター・てれびのスキマさんがじっくり聞きます。(全11回の9回目/ #1 、 #2 、 #3 、 #4 、 #5 、 #6 、 #7 、 #8 公開中)


◆◆◆


濱口や紗理奈から反対された新メンバー加入


<片岡飛鳥は、2009年から2014年、人事異動で直接的には『めちゃイケ』の総監督を離れた。そんな中で2010年7月、岡村隆史が体調を崩し、長期休養することになった。それを受け『めちゃイケ』では全国規模の「新メンバーオーディション」が実施された。プロアマ不問で約1万人が参加。芸人のジャルジャルとたんぽぽ、タレントの重盛さと美、モデルの敦士、そして唯一の一般人(当時)だった三中元克が合格した。>


 これも振り返るのはとても辛い思い出ですが、「奇跡を呼ぶ男」といって僕が彼を追い詰めたのも一因かと思っています。岡村は真面目で、タスクを実現することにすごく長けている反面、とても神経質でネガティブなところもある。心身ともにタフな「オファーシリーズ」(→ #2 、 #7 、 #8 )ではそれこそ日本中からその頑張りを期待されるようになって……もう成功して当然みたいに。長年『めちゃイケ』を背負って努力を続けてきた彼は、きっと孤独で辛かったんだろうと責任を感じていました。



フジテレビ・チーフゼネラルプロデューサー片岡飛鳥氏


 さらに「岡村の神輿を担ぐ」メンバー (→#8) も、その神輿に担ぐ目玉がいなくなった段階で、どうしたらいいか分からなくなってしまった。神輿は岡村の代わりなら誰でも乗れるわけではなく、適性、適材が求められるポジション。「空席になった神輿の上に乗せる“新たな人”を作らないといけない」と思った僕が新メンバーを入れようと言い出したんです。本当は僕も凹んでいるし、泣きたかったんだけど、そういう顔はみんなの前ではできない。努めて平然と説明していたからか、たくさん反対もされました。ピュアな濱口や紗理奈からは特に反対された。「新メンバーじゃなくて、なんで僕らが頑張るんじゃいけないんですか?」と。でも、何度も言いますけど、大師匠の三宅(恵介 ※1)の教えは「辛い時こそ笑いに変える」ですから (→#7) 。今こそ守らないで攻めていないと番組が終わっちゃうと思っていました。


 山本がいなくなったとき (→#1) もとても辛かったけど、1人残された加藤の物語は悲しくも面白い。山本のことは許せなくても、加藤を男にしようという方向にならみんな一致団結する。だから岡村がいなくなったときも、「岡村がいない『めちゃイケ』をなんとかしよう」と声をあげるメンバーの物語をテレビにしようと思っていました。ただ、やっぱり岡村の場合は、番組の看板だから。ど真ん中にいた人がいなくなるっていう前例はなかなかないので、心の中では打ち切りの覚悟を持ちながらみんなと向き合ってましたね。




 僕はあんまり視聴率の話をするのが得意ではないんだけど、やっぱりテレビというのは、画面の中の熱が映る。苦しい時にがんばっているみんなの放つ熱が伝わったのか、「新メンバーオーディション」の数字は、岡村不在にもかかわらず18.8%でした。小数点まで忘れないです(笑)。ただ、その体力がどこまで続くかわからない。ジャルジャルやたんぽぽに入ってもらったけど、この先どうなるかはまったくわからなかった。



まさかの1週間後に「岡村が元気になったので、会ってみてください」


 そしたら、そんなことがあるのかって思うんですけど、新メンバーが決まった1週間後に岡村が元気になったっていうんですよ。そんなバカなって(笑)。マネージャーが「僕も自信がないので、飛鳥さん、ちょっと会ってみてください」と。いや、俺、医者じゃねえしって思ったんですけど(笑)、彼のマンションに会いに行って……あえて「ウイーッス!」って軽く入ったら、広い廊下の一番奥からひょっこり顔を出したんです。で、その出し方がなんというかちゃんとしてた。最初に出会って「160センチないだろ?」て言ったとき (→#5) みたいに、「お恥ずかしい」って感じの面白リアクションをしたんです。それで僕は「お!」と思った。「これなら、できるかも」と。


<岡村は2010年11月27日放送の『めちゃイケ』で復帰を果たした。当時起きたチリの鉱山落盤事故における作業員救出をパロディにし、地中より引き揚げられたカプセルからいきなり登場するというもの。江頭2:50がカプセルから出てきて新メンバーたちに「物申す」と聞かされていたメンバーたちへのドッキリという形での134日ぶりの復活だった。>


 本番前はさすがに岡村も緊張していましたね。やっぱり4カ月半も休んでいた人がいきなりカメラの前に立つんですから。ただ彼の緊張をどうこう言う以前に、まさかの岡村が現れて全員がフリーズして驚いた。なんせエガちゃんが出て来る準備してますからね(笑)。メンバーは口に出さないけど「病気じゃなかったの?」「もう治ったの?」「しゃべりかけていいの?」みたいな状態。2度と会えないかもと思っていた岡村との再会なのに……ただ岡村も緊張でなかなか口を開けない。



 で、お互いがドキドキしながら最初の言葉を探っていたときに、有野がサラっと「太った?」と(笑)。休養中の岡村は毎日1個の「チョコモナカジャンボ」が唯一の楽しみだったそうで(笑)、みんな大爆笑で楽になった。有野っていつもぶっきらぼうに見えてなんて気の利く優しいヤツなんだろうなと。実はその日の最後も番組は有野で終わったんです。有野が「自分が肺の病気になって、1カ月ぐらい休んだときには、こんなセレモニーやってもらえなかった」と。でも、みんなも「え、いつ休んでたっけ?」と(笑)。辛かった134日間が笑いになって本当に良かったと思った日でしたね。


 ただひとつ、岡村がボケで矢部に抱きつきに行くんですけど、22年間絶対に泣かなかった矢部 (→#8) が、その瞬間だけはちょっとだけ泣いていたように見えましたね。本人は「泣いてない」って言うと思いますけど(笑)。




「爆烈お父さん」が気付けば“朝の顔”に——『めちゃイケ』の葛藤


<長期休養から復帰した岡村は、風貌とともに以前のストイックなキャラクターも少し変わって戻ってきたように感じられた。そんな彼の復帰は、番組にどんな影響をもたらしたのだろうか。>


 それまでは勤勉で真面目でパーフェクトだった岡村が、矢部の表現を借りると「ちょっとポンコツ」になって戻ってきた。ところがこのことで彼は逆に一層の国民性みたいなものを得たような気がします。「ちょっと応援してあげなきゃ」みたいな。おかしな言い方ですけど、岡村がずっと健康だったら『めちゃイケ』はここからさらに8年も続かなかったのかもしれません。



<『めちゃイケ』が長く続いていく中で、ナインティナインはもとより、他のメンバーたちもそれぞれテレビの中で大きな存在へと成長していった。それぞれが独り立ちし、自身の番組を持つようになった者も。中でも加藤浩次は日本テレビの帯番組『スッキリ』(2006年〜現在)のMCを務めるようになり、“朝の顔”となっていった。そうしたメンバーの変化は『めちゃイケ』になにか影響を与えたのだろうか>


 本人たちの中ではきっと昔から何も変わっていないと思うんですよ。ところが長く続いていく中で、何者でもない若造が集まった非常にゲリラ的な番組だったのに、いつぐらいからか、ふと気付くと、「世の中では、これがテレビの真ん中になっている…?」と焦ったことがありました。たとえば加藤浩次なんて本来はチンピラで不良。初対面のときにツッパってサングラスを外さないアウトローだったのに (→#5) 。いや、きっと今でもその魂は持っているんです。


 けど、世間が見る加藤浩次というのは毎朝ネクタイを締めて正論を説く加藤浩次になっていく。僕らも「爆烈お父さん」なんかで加藤の根っこの部分をなんとか見せ続けようと思ってましたが、彼が“狂犬芸人”として暴れれば暴れるほど、そのキャラクターに逆に違和感を持つ人も増えていったような…。



 僕からすると『スッキリ』でのニュースに本気で怒っている彼と、「爆烈お父さん」でアイドルにブチ切れている彼はどちらもそんなに変わらない、加藤なりの正義なんです。でも毎朝のイメージにどんどん上書きされて、彼はやや捻れながらも大人のタレントの階段をのぼっていった。



青春時代に始まり、40代後半まで続いた「変わらない場所」


 さんまさんやダウンタウンでも似たような時期はあったと思うんですけど、大きな違いは、『めちゃイケ』という学校みたいな場所がいつまでも残っていたということ。『ひょうきん族』にしても『ごっつええ感じ』にしても普通はだいたい30代で終って次のステップに進む。そういうことで芸人は無理なく大人になっていく。ところが青春時代に始まった番組が40代後半まで続くってやっぱりあり得ないし、メンバーはみんな年の取り方が難しかったと思う。


 たとえば同じ時期まで続いた『みなさんのおかげでした』はちゃんと年相応のとんねるずを見せていましたが、『めちゃイケ』は何年たっても同じノリ。学生服を着てテストを受けて、ジャージを着て踊り続けていましたからね。


 でも、まあ、長い付き合いだからこそのプラスもある。岡村が最終回で「メンバーからは全部見透かされている」と吐露してましたけど、手を抜いていたら「おまえ、今、手を抜いたろう」と、ここではすべてバレるような気がするって。だからこそ47歳になっても20年前と変わらず踊り続けたんだと思います (→#2) ……変わらないっていえば、濱口の長い独身生活も絶対『めちゃイケ』のせいでしょう? 終わったとたんにホッとしたように結婚しましたからね(笑)。アッキーナにも謝らないといけませんね。

(※濱口優とタレントの南明奈が、番組終了2ヶ月後の昨年5月25日に結婚を発表。長い交際期間を実らせたゴールインとなった)



#1 『めちゃイケ』片岡飛鳥の告白「山本圭壱との再会は最後の宿題だった」

#2 「岡村さん、『めちゃイケ』…終わります」 片岡飛鳥が“22年間の最後”を決意した日

#3 「早く紳助さん連れて来いよ!」 『ひょうきん族』で片岡飛鳥が怒鳴られ続けた新人時代  

#4 「飛鳥さん、起きてください!」 『いいとも』8000回の歴史で唯一“やらかした”ディレクターに

#5 「160cmもないでしょ?」『めちゃイケ』片岡飛鳥と“無名の”岡村隆史、27年前の出会いとは

#6 「ブスをビジネスにする——光浦靖子は発明をした」『めちゃイケ』片岡飛鳥の回想

#7 「『めちゃイケ』はヤラセでしょ」という批判 フジ片岡飛鳥はどう考えてきたか

#8 「加藤のマラソンが間に合わない…」『27時間テレビ』片岡飛鳥がナイナイの前で泣いた日


毎週土曜日連載(全11回)。最終週#10、#11は4/27(土)に配信予定。

(予告)

#10 「最高33.2%、最低4.5%」『めちゃイケ』歴代視聴率のエグい振り幅——フジ片岡飛鳥の告白

#11 「さんまさんを人間国宝に!」ネット時代にテレビディレクター片岡飛鳥が見る“新たな光”とは?


※1 三宅恵介…1949年生まれ。『オレたちひょうきん族』の「ひょうきんディレクターズ」のひとり。クレジットは「三宅デタガリ恵介」。『あっぱれさんま大先生』や『明石家サンタ』など明石家さんまの番組ディレクター・プロデューサーを歴任。


聞き手・構成=てれびのスキマ(戸部田誠)

写真=文藝春秋(人物=松本輝一)



(片岡 飛鳥,てれびのスキマ)

文春オンライン

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