『べらぼう』平賀源内を演じた安田顕「最後の白湯に救われた」自由に生きた男の孤独と狂気を表現「今年は横浜流星イヤー」
2025年4月20日(日)20時45分 婦人公論.jp
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
江戸のメディア王として、日本のメディア産業、ポップカルチャーの礎を築いた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の生涯を描く大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』。奇才・平賀源内を演じるのが安田顕さんです。江戸の有名人である源内は、吉原再興を目指す蔦重を励まし、背中を押します。一方で、幕府の重鎮・田沼意次(渡辺謙)にも重用されました。しかし、4月20日放送の第16回「さらば源内、見立は蓬莱(ほうらい)」では殺人の疑いをかけられ、獄中で死去。陽気で洒脱な人物が最後に見せた弱さと後悔。強烈な印象を残し、源内役を演じきった安田さんに語ってもらいました。(取材・文:婦人公論.jp編集部)
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——平賀源内という役をどう捉えていましたか
『べらぼう』は太平の世が舞台。 そういうときに武家社会だけではなく、市井の人たちの日常を描くので、視聴者の皆さんは登場人物の感情をより近い形で見て、支持してくださる。源内は蔦重と田沼、お城と下町の橋渡しをする役割だったと思っています。
今作の源内さんは、すごく人間味がある。炭鉱に行ったり、戯作を書いたり。才が長けているけれど、落ち着きがない。飽きっぽいからこそ、いろんなことに手を出せた。でも、一つ一つが惜しい。 ただ、源内さんを大好きな人たちがいっぱいいて、今もいろんな時代劇で演じられるのは「惜しかったからこそ」だと思っています。
役作りでは、扮装合わせの前に話し合いがあったときに、「ちょっと奇天烈な感じがあるからそういう癖をつけられないですかね」ってご相談をしました。人って夢中になったときに癖が出る。台本の決定稿がきたら、「源内、舌を上唇に押し当てて」と書いてありましたね。
早口でせりふをまくしたてるのは、大原拓さんの演出です。第5回で田沼と開国について語る長いシーンがありました。全部終わると、大原さんがにやにや笑っている。「安田さん、早いもんな。5分かかると思ってましたが、でも3分半ですよ。ありがたい、ありがたい」と言われました。「あなたが早口でやれって言ったんじゃないですか」とは思ったものの、嬉しくて笑っちゃいました。
—印象に残っている源内のせりふはありますか?
「自由とはなんぞや」と語る部分です。自由とは、自らの思いによってのみ、わが心のままに生きることだけど、わがままに生きるのはつらい。立身出世したいから江戸に来たのに源内はお抱えはしてもらえない。でも、わがままを貫くんだったら、つらいのは当たり前だろ、と笑い飛ばす。
僕は事務所に所属していますし、役者ですからドラマ制作現場の一員です。組織に全く属さない人っていうのはいない。だからこそ、皆さんが共感できる言葉だと思います。
今年は横浜流星イヤー
——源内と蔦重はどんな関係だと捉えていましたか?
源内は、蔦重のことを近しく思っていたと感じています。 若いころは立身出世や自分の生き方を考えるもの。源内も立身出世のために江戸にきて、自由に生きてきました。茶屋で働いていた蔦重は、吉原で働く女性たちの生活をずっと見てきました。本を通して吉原を再興したいという蔦重の志は、自分のためでもあり、周りの人のためでもある。若いときの自分を見るようだったんじゃないかなと思っています。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
——横浜流星さんはストイックな役作りでも知られています。映画のためにプロボクサーの資格を取得したこともありました。べらぼうの現場ではどんな話をされていますか
第11回で、エレキテルの実験をやっているときに「何で火が出ねんだよ」って源内が蔦重の頭を叩きました。台本では1発だけでしたが、4発ぐらい叩いてしまいました。子供のころに見たドリフを思い出しちゃって。横浜さんも「大丈夫です」って楽しんでくださってありがたかったです。
横浜さんとは、芝居の話より格闘技とか趣味の話をしていました。共演者の方それぞれに合わせて空気を作ってくださった。まっすぐで、真面目でかつやんちゃな面があって素敵な方ですね。サンズイで書く方の「漢(おとこ)」。今年は横浜流星さんイヤーですし、今年の顔だと思いますよね。
渡辺謙との共演に喜び
——源内は田沼意次の知恵袋としても活躍したため、田沼を演じた渡辺謙さんとのシーンが多くありました。渡辺さんとはどんな会話をしましたか?
謙さんとは、田沼と源内としてお芝居させていただけてすごく嬉しかったです。田沼といえば、今では財政改革をしようとしたすごく頭の切れる男であるという見方もありますが、演じている謙さんによって新しい形の非常に人間くさい田沼になったと思っています。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
謙さんは、ちゃんと人を見ていて、ともに芝居でセッションしていくことをすごく楽しんでくださる素敵な方。第16回の源内が牢屋に入れられているシーンでは、僕が座ったまま動かないでいたら、「ずっと座っていなくていいよ。ずっとピンと張っていたら、本番で逆に切れるときあるから」って声をかけてくれました。
源内は、田沼のことが大好きでした。ブロマンス(男性同士の近しい関係)的な繋がりがあった。心の奥底で通じ合っていた。そこをうまく虚々実々で、謙さんは接してくれました。クランクアップのとき、一緒のシーンで終わったんですが、握手して「これで終わらせないぞ、俺ちゃんと森下さんに言って、(源内を)もう1回出してもらうようにするから大丈夫。やろうぜ」と言ってくださった。「もうこのあと(自分の)前髪切っちゃうんですよね」と思っていましたけど(笑)。そういう言葉をかけてくださるって嬉しいじゃないですか。 渡辺謙さんに、そういう気さくさがあって。
ラストシーンの白湯
——第16回では長屋を追われた源内は、大工の久五郎が紹介した家に住んでいます。自宅で久五郎が持ってきた甘いたばこの入ったキセルを吸った後、自分を非難する幻聴に振り回され、源内は狂気に満ちた行動を見せます。気を失い、気づいたら殺人事件の犯人とされていました。将軍の嫡男・家基殺害事件の過程で決裂した田沼が、投獄された源内を心配して会いに来て、和解しました。源内の牢屋でのラストシーンはおだやかな表情でした
史実では、源内が死ぬことは観ている人もわかっているわけです。何が皆さんに楽しんでもらえるか、今後のべらぼうに繋げられるかといったら「落差」だと考えました。
(『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』/(c)NHK)
自由な生き方を貫いているはずの人が、疑心暗鬼に陥って、残ったものは立身出世できなかった自分の悔いで、最後は怯えてしまう。キセルの中に何が入っていたか知らないけれど、本草学をやっていたわけだから草木なんか知っているはずですよ。
幸せな最期じゃなかった気がしますが、僕は源内を褒めるという形で役と向き合いました。「あなたが残した功績は発明だけじゃない。ほかの人にはできない考え方や生き方をした。そういうものが今も受け継がれて、愛されていますよ」と。 特に最後は、源内を肯定し続ける気持ちで演じました。
特に印象に残っているのは白湯のシーンです。牢屋にいる源内が、パラパラ降る雪を見ながら、辞世の句を詠む。田沼が牢屋を訪れてくれたことで和解していて、心は救われた状態。そんなときに、湯気の立つ白湯が牢に差し入れられた。間違いなくあの瞬間白湯の湯気は心に染みた。源内の人生の最後って考えたときに救いの一つだった。『べらぼう』には、物事の裏表、光と影が通底してあるような気がしています。この白湯のシーンの後に、源内の獄死が蔦重たちに伝えられます。白湯に救われたと同時に白湯に何かが入っていたかもしれないというのが、森下さんのすごいところだと感じています。
クランクアップしたときに、多くの大河にかかわり、いろいろな現場を知っているメイクの方が「あなたの平賀源内はとても人間っぽかった」と言ってくれたことはすごく嬉しかったですね。
エンタメは喜んでもらうために
——エンターテイメントに対する思いを教えてください
エンターテイメントとは、サービス業であるということは絶対に忘れてはいけないと思っています。 人に喜んでもらうために作っている。 「これはこういうもんだから」って役者の方で決めてしまったら軋轢が生まれる。それを決めるのは監督であって、作品作りのスタッフさんであり、チーム。面白さの基準って個々にあるわけだからもちろん葛藤はあります。でも誰かにゆだねないといけない。
先日、東日本大震災の被災地でもある宮城県名取市の閖上地区に行ってきました。 多くの方が大河を見てくれています。 「源内さん」と楽しそうに声をかけてくれました。その時にある学校の隣に慰霊碑がありました。子供たちの名前が刻まれていたので、手を合わさせていただきました。
エンターテイメントのなかの些細な一言だったり、1秒だったり、ワンフレーズだったり、言葉だったり、そのときの俳優の顔だったり、絵だったり、音楽だったり。そういったものを励みにしてくれる人たちがいっぱいいてくださる。そいうことを閖上地区に行って感じました。エンターテイメントに携わる者としては、ありがたいと思いました。
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