石橋蓮司 裏打ちから入る楽器でいえばベースのような芝居

4月20日(金)16時0分 NEWSポストセブン

石橋蓮司が自身の芝居について語る

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、犯人から刑事役、特撮、現代劇、時代劇と幅広く活躍する役者・石橋蓮司が子役としてデビューした当時や、特技として知られる日本舞踊について語った言葉をお届けする。


 * * *

 石橋蓮司は子役として役者のキャリアをスタートさせており、一九五四年には映画『ふろたき大将』に主演している。


「子役のオーディション会場に来ている木暮実千代さんにおふくろが会いたくて、連れていかれたんですよ。でも、受けないと会場の中には入れないんで、『お前、受けなさい』と言われて受けたら受かっちゃった。


 学芸会とかもやっていたから抵抗はなく自然とやれました。それに『鞍馬天狗』ごっこをやったりして、遊びの中に演技を入れていたんでね。その延長線上みたいなことだったと思います。でも、学業との両立は全然できなくて。成績は落ちてしまって、そのままこれしかできない人間になってしまいました。


『ふろたき大将』の時も、演技を何も考えないでやっていました。お母さんに会えなくてエキストラの子供たちが泣いちゃうような現場でしたから、その雰囲気のまま流れ込むようにやって、役柄の寂しさを出していきましたね。


 子役をやったおかげで、人を観察するのが面白くなりました。好奇心をもって大人たちを見ていたんです。戦後すぐだから、面白い人もたくさんいた。いまだに軍隊式に歩く人、盗みをして逃げる人。そういう人たちを社会の中で目撃しながら、人間のありようを知りました。当時はそこまで分析できていませんでしたが、子供の頃に見たものを大人になって改めて発掘して、焼き直して、自分の生理の中に落としこんでいくという形で、物凄く生きたと思っています」


 子役時代に石橋は日本舞踊を始め、やがて名取りになる寸前まで上達している。


「思春期に声変わりとか背が伸びちゃって、どんどん仕事がなくなることがあったんです。それでグレちゃって、役者なんて辞めようと思ったりして。


 そんな時でも日本舞踊だけは続けていたんですよね。その先生のことが好きで。当時はジーパンはいてプレスリーみたいな髪型していたから日本舞踊なんかちっとも面白いと思ってないんだけど。それがなければ、役者の道が繋がるということはなかったかもしれない。


 日本舞踊をやって良かったと思います。当時は時代劇をやるにしても『時代劇の型を壊す』という方向に向かっていたんですよね。でも、基本的なものがないと壊せない。それがないと真似ごとなり感情的にやるしかないんだけど、意識的に壊すことができました。型を知っているからできたと思います。


 勝新太郎さんとやる時が、まさにそうでした。勝さんはそういう基本を全て分かってらっしゃる上で壊してくる。アドリブをひっかけながらね。だから、何が出てくるか分からない。それに言葉ではなく素直に演技的に役の中で対応しないといけません。『俺がメロディでやってる時、お前は裏打ちから入ってくる。楽器でいうとベースみたいな芝居で、一拍遅れて入っている。そこが気に入っている』とよく言われました。そういう対応は、やはり日本舞踊みたいな基本を知っていないとできないんじゃないかと思います」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


■撮影/藤岡雅樹


※週刊ポスト2018年4月27日号

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