渋谷すばる以前に海外に飛んだジャニーズの“先輩”のその後

4月21日(土)16時0分 NEWSポストセブン

かつてジャニーズを辞めてLAにダンス留学した木野正人

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 4月15日、関ジャニ∞渋谷すばるが「音楽活動を追求するために海外を拠点に生活していきたい」と年内限りでのジャニーズ事務所退社とグループ脱退を発表し、ファンに衝撃を与えたが、その前日、かつてジャニーズ事務所を辞めてアメリカへ飛び立った“先輩”が、都内のステージに立っていた──。


 1990年にジャニーズ事務所を退所してロサンゼルスにダンス留学した元CHA-CHAの木野正人(49)は、14日、東京・六本木の『morph-tokyo』でライブを行ない、CHA-CHAの『いわゆるひとつの誤解デス』『空色の気持ち』『約束』など15曲を熱演した。


 1986年にジャニーズ事務所に入所した木野はジャニー喜多川氏にダンス力の高さを認められ、翌年3月発売の少年隊の『STRIPE BLUE』でバックダンサーに抜擢される。


 1988年には、田原俊彦の『抱きしめてTONIGHT』を後方で支える『BD104』(バックダンサートシ)として乃生佳之とともに、田原の動きを引き立てた。同年、CHA-CHAのメンバーとしてデビュー。人気音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)や『歌のトップテン』(日本テレビ系)では、田原の『かっこつかないね』でバックダンサーとして踊った後、CHA-CHAの『Beginning』でも登場するという異例の2曲同時ランクインも果たしていた。ライブのMCでは当時を振り返った。


「(ジャニーズJr.内での)競争があって、レッスンもすごく厳しくて。その中から選抜され、ジャニーさんや少年隊に褒めてもらい、本当に嬉しかった。あの頃は毎日のようにテレビに出させてもらっていて、下宿先にビデオがなかったから、近くの友達の家に行き、録画してもらった出演番組を見て、今日はここが良くなかったとか反省していました。トシちゃんは、僕らはダンサーなのに、(歌唱前のトークを含め)3人のユニットのように扱ってくれた」


 ジャニーズ時代の先輩たちへの感謝を述べた後、この日観覧に訪れていた元光GENJIの佐藤寛之に捧げると言い、『ガラスの十代』(光GENJI)、『ハイティーン・ブギ』(近藤真彦)、『チャールストンにはまだ早い』(田原俊彦)の3曲を熱唱。会場の盛り上がりは最高潮に達した。


 1980年代は音楽番組がテレビ界のメインストリームの一角を占めており、ジャニーズ事務所は今以上に歌って踊ることに主眼が置かれていた時代。その本流と言える田原や少年隊の後ろで華麗に舞っていた木野は「マイケル・ジャクソンのバックで踊りたい」という夢を叶えるため、1990年にCHA-CHAを脱退。ジャニーズ事務所も辞め、単身でアメリカに飛び立った。MCでは、留学前最後のCHA-CHAのライブについて触れた。


「1990年5月27日のよみうりランドEASTで『必ず帰ってきます』と約束しました。アメリカでは残念なこと、悔しいこともたくさんありました……」


 そう言うと、木野は嗚咽した。


「本当は2〜3年で(夢を叶えて)帰ってこられれば良かったけど……こうして今日、(ファンの前に)帰ってこられて良かったです」と話すと、割れんばかりの拍手が巻き起こった。これまでも地元・静岡などで何度もソロライブを行なってきたが、バンドを従えた形での東京開催ということもあり、感極まったのかもしれない。


 ライブでは、マイケルと同じような衣装で『ビリー・ジーン』や『スムーズ・クリミナル』を再現。ダンスだけでなく、立ち姿や細かい仕草、ポージングと細部にわたるまでマイケルらしさが醸し出されていた。


 マイケルのバックダンサーになるという夢は叶えられなかったが、木野は本人の前で二度踊っている。1度目は1993年、『NAACP(全米黒人地位向上協会)イメージ・アワード』で『エンターテイナー・オブ・ザイヤー』に選ばれたマイケルを称えるセクションにおいて、ソロのシルエットダンス『MJ History』を披露。2度目は2007年、東京で行なわれた『マイケル・ジャクソンVIPパーティー』にゲスト出演し、オリジナルのマイケルリミックスを踊った。MCでは、その時のことも感慨深く語った。


「マイケルは天に召されたので、もう後ろで踊ることはできない。だけど、2007年にマイケルの前で踊った後、バックステージに入ると、マイケルが近寄ってきてくれて、『ユアー・ベリー・クリエイティブ』と褒めてくれた。『(木野がアドリブで行なった振付について)どうやってそのフリをやるんだ。教えてくれ』とも聞いてくれたんですよ。大統領より1対1で話すのが難しいと言われる本人と至近距離で会話できて、認めてもらえたことが嬉しかった。本当にピュアな人でした。


 たぶんバックダンサーとして踊っても、マイケルに認識してもらうことはできない。だから、それで良かったのかなって」


 1つの夢は破れたかもしれない。だが、木野は夢以上のものを掴んだ。背景には、たった1回のチャンスをモノにするだけの弛まぬ努力があった。そして、苦難を乗り越えた男の技術がこの日のステージに凝縮されていた。

NEWSポストセブン

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