不謹慎厨もそれを叩く人も「似たようなもの」との指摘

4月23日(土)16時0分 NEWSポストセブン

不謹慎狩りと不謹慎狩り叩きと(写真:アフロ)

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 熊本地震の発生以来、「不謹慎狩り」が横行したという。そしてまたその「不謹慎狩り」を批判する声も多い。だが待ってほしい、そのどちらも変ではないか? コラムニスト・オバタカズユキ氏が疑問を投げかける。


 * * *

 熊本地震が発生してからこっち、一つの熟語が日本のネット上を徘徊している。「不謹慎」という三文字熟語だ。


 それは熟語単体でのみならず、「不謹慎厨(ふきんしんちゅう)」や「不謹慎狩り」といった造語としても頻出する。そして大半の場合、そういう連中やそうした行為の増殖を憂慮、批判する文脈で使われている。


 ところが、じゃあ、実際の不謹慎厨はどんな奴なのか、不謹慎狩りはどうなされていたのか確認しようとすると、これが意外に見つからない。なんでもかんでも「不謹慎だ!」と決めつけて叩く馬鹿者は、けっこう探してようやく発見できましたという程度しかいない感じなのである。


 それより気になるのは、そういう馬鹿者を叩く者の多さのほうだ。


 たとえば、ヤフーで「不謹慎」のリアルタイム検索をかけてみると、「なんでもかんでも不謹慎ってうんざりだよね」「不謹慎を連呼する人って偽善者で最低だから」「すぐ自粛とか不謹慎とかどんだけ不自由なんだこの国の民は」といったSNSの書きこみが無数に出てくる。現物を見てそう思ったかどうかはさておき、今はとりあえず不謹慎厨や不謹慎狩りを叩いておくのが正解だよね、といった空気が支配的で、そこに私は引っ掛かりを覚える。


 もちろん、この「不謹慎厨叩き」ブームみたいな状況が、何もないところから勝手に生まれたわけではない。自分のブログやツイッターなどで、熊本地震の被災者のために寄付したことを明かしたり、被災地にエールを送ったり、地震発生直後に笑顔の写真を載せたりした芸能人たちが、「不謹慎だ!」と集中攻撃されたことは事実だ。『東スポWeb』をはじめ、たくさんのメディアがその様子を報じ、「ネット民」の歪みを指摘した。


 ただ、言うまでもなく、そんな「ネット民」はインターネット利用者のうちのごくごく一部で、おそらくは震災の有無に関係なく、なにかあるごとに芸能人、著名人に罵詈雑言を浴びせて楽しんでいる馬鹿者であるにすぎない。心理分析の対象にするまでもない、頭のネジが外れている者、モラルの低い者が、ちょっとしたカタルシスを味わいたくて歯をむき出すのである。


 噛みつかれる側にとっては迷惑千万な話だが、名前で仕事をするからには覚悟すべきいわゆる有名税の一種だろう。それを食らって心が折れるくらいならブログやSNSをやらなければいい。もしくは、人気ミュージシャンが繁華街でゲリラライブする際しっかり警備体制を敷くように、炎上前提で安全策をとっておく。有名人がネット上で言いたいことを言うのは、そういうことだと思うのだ。


 ネットの世界だろうがリアルだろうが、サイレントマジョリティよりノイジーマイノリティの声のほうが大きいのは致し方のない現実である。サイレントマジョリティに属していた人が、「叩かれている芸能人が気の毒でならない」と声をあげるのは自由だが、不謹慎厨らはその芸能人が気の毒な状態になればなるほど快感を覚えるので、同情は却って連中を喜ばせるだけだ。


 ならば、不謹慎厨を見つけ出し、筆誅を加えればいいのか。そのような不謹慎厨叩きをしているツイッターアカウントもいくつかあったが、制裁対象アカウントのほとんどはすでに鍵をかけていた。ほとぼりが冷めるまで身を潜めるつもりか、新しく別のアカウントを作って「不謹慎狩り」はそこでやろうというのか、いずれにしても叱られて反省するような者は基本的にいない。ネット上でインモラルな傾向の強い相手にモラルを説くことがいかに虚しいかは、みなさんとっくにご存知のはずだ。


 なのに、ブームのごとき不謹慎厨叩きが、この記事がアップされる時点でもきっと止んでいない。なんでもかんでも「不謹慎だ!」と決めつける風潮を批判することは、ネット上の言論や表現の自由を希求する意志であり、思考ストップの危険性を指摘する理性とも言えそうだが、実際はどうか。


 不謹慎厨がわんさとわいているなら分かるのだが、探し出すのに手間がかかるくらいしかいない状況で、その何十、何百倍もの人数が同じような憂慮や批判をしているというのは異常だ。言論や表現が紋切型で不自由だなあと思うし、思考ストップの危険性もおおいに感じる。偽善性を叩く不謹慎厨をさらに叩くのも偽善とまでは言わないが、どうも不健全な気がしてならない。


 人間味あふれる辞書としてファンの多い『新明解国語辞典』(第五版)で三文字熟語を引いてみたら、以下の解説があった。


 ふきんしん【不謹慎】心の抑えがきかず、衝動に任せて行動する様子。


 なるほど、である。ということはつまり、不謹慎厨も不謹慎厨叩きをする人も、心の抑えがきかず、衝動に任せて行動する点において似たようなものなのだ。意志や理性ではなく、反射的で感情的なのである。でも、当人は自分の意志で理性的にもの言いをしているつもりだから、レッテル張り一発の不謹慎厨よりも心が捻じれているとも言える。


 不謹慎なことを言うのは当然、不謹慎。不謹慎厨はもっと不謹慎。不謹慎厨を叩いて何かもの申した気になるのは、さらに不謹慎なことなのだ。

NEWSポストセブン

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