NHK朝ドラ『とと姉ちゃん』 過去の失敗作と共通点も

4月23日(土)16時0分 NEWSポストセブン

番組公式HPより

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 前作が大好評であったゆえに比較されるのは仕方ないだろう。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏がNHKの朝ドラについて指摘する。


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 NHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』は視聴率を見ると好調な滑り出し。1週目、2週目とも放送された回はすべて20%を超えたとか。冒頭の子役たちや父(西島秀俊)も注目も集め、宇多田ヒカルの主題歌が耳に心地よく響く。


 スタートからまだ1か月にもならない。未知の楽しみもたくさんあるから、即断はしたくない。ただ一つだけ、気になってしまう点がある。それは、短い期間にやたら「事件」が多発していることだ。


 よっぱらった闖入者が絵を置き忘れる。その絵に幼い姉妹が落書き。あとから贋作とわかって一件落着。親戚である闖入者が、家族の米を勝手に食い尽くす。困った家族は運動会の賞品=米を得ようと出場。一位になれなかったが、なぜか米をもらって一件落着。大家が、母・君子(木村多江)に「妾になること」を提案。子どもたちは混乱……。


 いずれも同じパターン。「やっかいなことが家族の中に入ってきて、突拍子もない出来事を生む」。それが連発。これから半年間、このパターンが続くかもしれないと思うと、ちょっとつらい。


 このドラマを見ていると改めて、「家族の日常」を描くのは難しいことだと考えさせられる。日常の大半は、「何も特別なことが起こらない」時間だから。その中で一人一人の個性を描き出し、夢や意志や優しさ、つらさ、苦闘や矛盾を描き出すためには相当の筆力と哲学がなければならないだろう。


 大好評を得た前作『あさが来た』はどうだっただろうか。江戸から明治へと時代が変わり大波乱の時代背景を上手に使いつつ、翻弄される両替商という舞台の上で、時代に影響されつつ生きる家族一人一人の姿を描き分けていった。妙にトリッキーな方法など使わず正攻法で。巧みな筆さばきだった。


 一方、『とと姉ちゃん』は、今のところ時代背景や社会的出来事の方はあまり目立たず、家庭・家族内に焦点を合わせている。その日常の中でいかにドラマツルギーを作り出すか。そこに、「出来事主義」が台頭してくるのだろう。思いついたような出来事を挿入し、家族に波紋を起こし結末を作り出す、という手法が。


 ところが、そうした手法は多用しすぎれば騒音になる。特に毎朝放送されるNHK朝ドラでは、有効に働かないことはすでに『まれ』や『純と愛』の失敗で証明済みと言えるかもしれない。


 もちろん期待もある。『とと姉ちゃん』にはモデルがいる。ヒロイン・小橋常子は戦後の名雑誌『暮しの手帖』創業者・大橋鎭子がモデル。今後、出版社の話になっていければ唐突な出来事主義は減り、ユニークな雑誌を創刊することの苦労や試行錯誤、といった独特の世界を見せてくれるはず。


 大丈夫と思いたい。そう期待したい。


 そのためにも「出版業界」という独特な世界を描く時のポイントだけはおさえていく必要があるのだろう。たとえば、この朝ドラが始まった冒頭、出版社のシーンが展開された。編集部員の一人が“先生に電話で原稿を依頼したが断られた”と言ったのでびっくり。50年も前の出版社で、そんな仕事の仕方が日常茶飯事だったとは信じられない。


 作家に執筆を依頼する際は、当然のことだが編集者が直接出向いてテーマや締め切りについて話をするのが、当時の常識だったろう。


 モデルである『暮らしの手帖』は、特にこだわりを持った個性的な雑誌だった。企業から広告を取らず自らの手で商品テストを繰り返す。徹底した批評性、商業主義に流れないスタンスが社会に強いインパクトを与えた。厳しさ厳密さと同時に、誌面を飾るイラストは美しく、デザイン・美意識に満ちた誌面作りをしていた。


 つまり、一言でいえば「丁寧な暮らしを作りあげるこだわりもった」雑誌だった。その編集部が作家に執筆依頼をするシーンだ。丁寧に作りすぎても誰も怒らない。


『とと姉ちゃん』の時代背景は昭和〜敗戦〜高度成長へ。時代の大きな変わり目はただでさえ、波乱に満ちている。だから、作ったような出来事を無理に挿入し騒ぎを作らなくても、時代の波に影響を受けながら生きる家族を丁寧に細やかに描き出せば、ドラマは生まれてくる。『あさが来た』が大好評を得たのも、そうした成熟した制作姿勢にブレがなかったからではないだろうか?


『とと姉ちゃん』の今後の展開を見守りたい。

NEWSポストセブン

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