山田孝之がネットの声に激怒した"ややこしすぎるエピソード"告白! 自分の演技酷評に同意したネット民に...

4月24日(日)12時0分 LITERA

『実録山田』(ワニブックス)

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 ヤンキー集団のボスや闇金融の経営者から、オタクやアラサーのニートまで、出演作ごとにまったく異なる役を演じ切り、演技派として同世代の俳優のなかでも抜きん出た人気と評価を得ている山田孝之。


 映画『テラフォーマーズ』のようなメジャー作品に出演する一方、『山田孝之の東京都北区赤羽』(テレビ東京)のようなカルト作品にも参加する、そのあまりにも幅が広すぎる出演作選びも、高い評価を後押ししている大きな要因のひとつだ。


 そんな山田だが、素の彼はかなりクセの強い性格をしていることでも知られている。


 以前、本サイトでも取り上げたことがあるが、昨年出版された『21世紀深夜ドラマ読本』(洋泉社)掲載の吉田豪によるインタビューでは、『WATER BOYS』(フジテレビ)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(TBS)といった作品で人気を得て、いわゆる「アイドル俳優」のような立ち位置にいた20代前半は、心を病んでいたと明かし、当時こんなことを思っていたと語っている。


「ただ単に人がイヤになったりすると、みんな死ねと。でも、みんな死なないから僕が死ぬかなぐらいの感じでしたね」


 さらに、当時ニルヴァーナのカート・コバーンに心酔して、彼はこんな思いまで抱いていたと振り返っていた。


「なんの本か忘れましたが、ライブでステージに立つときに、出る瞬間タイムカードを押している気持ちになると。それはすごく僕も共感できて、「今本当にそんな感じだ、なんで俺こんなことやってるんだ」と思いながら仕事していて」


 このような思いは、いつも同じような役ばかりで、役者としての幅を広げられる出演作選びができなかったことが原因で生まれており、『クローズZERO』以降自分で出演作を選ぶことができるようになると、自然とおさまっていったそうだ。


 幅の広い役選びや出演作を選ばない姿勢など、彼の役者としての美点は、こういったこだわりの強いクセのある性格がつくりだしたのだということを伝える逸話である。


 そんな山田孝之のややこしい性格を裏付けるエピソードに、また一つ新しいものが加わった。それは最近出版された彼のエッセイ集『実録山田』(ワニブックス)におさめられている、演技の評判をネットで検索し、その酷評に激怒したという話だ。


 なんだよくあるエピソードじゃないかと思われる方も多いだろうが、これからご紹介するのは、少し特殊なケースである。


 山田を激怒させた出来事は、2013年公開の『凶悪』が封切られたときに起きた。『凶悪』は、獄中の死刑囚が闇に葬り去られようとしていた殺人について自ら「新潮45」(新潮社)編集部に明かし、そのスクープによって警察が動くことになった実際の事件「上申書殺人事件」をもとにつくられた実録映画。日本アカデミー賞では優秀作品賞にノミネートされ、キネマ旬報社の発表した年間ベスト10では日本映画部門の3位に選ばれた、彼のフィルモグラフィーのなかでも評価の高い作品である。


 そのように高く評価されている『凶悪』だが、山田は関係者向けの試写を観たあと、〈こんなもので人から金を取りたくない、現段階でこんなレベルなら芝居を辞めてしまおうか、死んでしまいたいくらい恥ずかしい〉というぐらい自分の演技に納得がいかず、プロモーションの取材でもそういった趣旨の発言をしていたのだという。


 そんな自信喪失した状態だったので、映画が公開されたあと、彼は観客の意見をインターネットで調べてしまうのだが、そこで見た書き込みに対し、彼の怒りは爆発する。


〈映画の公開後、自分の芝居が気になって仕方がなかった僕は、インターネットを使い視聴者の意見を調べだしたのだ(今思うとこれをやっている時点で正常な精神状態とは言い難い)。
 そしてそこで何度か目にした意見が、「本人が言う様に今回の山田の芝居は良くなかった」と言った意見である。
 ちょっと待てと思った。どこの誰だか知らないが、お前に言われる程のクオリティではないはずだと〉


 自分で酷評したんじゃないか!といった感じもしなくもないが、山田の怒りも分からなくはない。彼が気にしていた納得のいかない部分は、素人が気づくようなレベルのものではなかったからだ。


『凶悪』という映画は、事件を取材する記者の藤井修一(山田孝之)がその犯行の残忍さを知るにつれ、だんだんと狂気すら感じさせるほど仕事に没頭していき家庭も顧みなくなっていく、その心の変化が大きな見所となる映画だ。実際、ウェブサイト「映画.com」のインタビューでは、本人が「藤井の感情に合わせて、11段階くらいの変化をつけて演じた」とも語っているほど、繊細で緻密な演技をしていた。


 彼は完成された映画を観たとき、その感情の動きを表現しきれていなかったと自分の演技に不満をもっていた。『実録山田』では、その詳細についてこう綴られている。


〈そして迎えた公開初日。相変わらずネチネチと自分のダメさにヘコむ僕が監督と話をしていたら、監督から「映画の後半部分のシーンを前後入れ替えた箇所がある」と知らされた。これではっきりとわかった。おそらくそれによって発生した感情の流れのちぐはぐが僕には大きな違いとなって、全然出来ていないとなった模様〉


 編集の段階でシーンの前後が入れ替わったことにより、この約11段階あった感情の変化の順番がズレてしまったのだろう。ただ、これ、本人は気になるのかもしれないが、観ている側が気づくようなものではない。インターネットに酷評を書き込んでいた人も、山田が自分の演技のどこを不満に思っていたのかは言われなければ分からなかったはずだ。


 そして、この一件を受けて彼はこのように誓ったと言う。


〈確かに僕は自分の芝居を酷評した。しかしそれは相当な自信があり、限りなく満点を出せる程のことが出来たと思っていたからだ。あれだけ考え抜いて、あれだけ集中して、下手な部分もあったが、それも含めて現時点の僕の全力を注いだ。にもかかわらず、感情の流れに大きなばらつきが見えたから言ったまでだ。
 とても虚しくなり、とても悔しい思いをした。
 そんなこともあり、僕は自分の出演作、自身の芝居について、あまり語ることは良くないと学んだ。
 思い返せばあの当時、監督や宣伝部の人達はどんな気持ちだったのだろうと考えるたび、申し訳ない気持ちでいっぱいになる〉


 ただ、このような騒動を起こしてしまうのも、彼がそれだけ命を削って役に入り込んでいるからこそである。30代も中盤に差し掛かり、これからどんどん成熟した演技を見せるようになっても、このクセの強い性格はいつまでもなくさないでほしい。それが、俳優・山田孝之をつくったのだから。
(新田 樹)


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