星野源はなぜ大衆ウケするようになったのか?...いまだから語れる、くも膜下出血が変えた人生観

4月24日(月)12時0分 LITERA

「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)2017年5月号

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 昨年の『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)をきっかけとしたお茶の間でのブレイク以降、いよいよ星野源の勢いが止まらない。


 5月にNHKでテレビ初の冠音楽番組『おげんさんといっしょ』が放送されることが明らかになり大きな話題となっている。今月は主演声優を務めたアニメ映画『夜は短し歩けよ乙女』も公開され、先月末に発売された最新エッセイ集『いのちの車窓から』(KADOKAWA)は重版が連続し、累計発行部数は早くも24万部に到達。先日は、過去に糸井重里タモリ、内田樹、リリー・フランキー是枝裕和といった錚々たる面々が受賞している「伊丹十三賞」を受賞した。


 音楽、演技、文筆、どの分野でも外れなしでヒットを飛ばしまくっている状況なわけだが、こうなるとぼちぼち聞こえてくるのが、「星野源、ちょっとマス受け狙い過ぎなんじゃないの?」という古株ファンからの声だ。


 確かに、特に音楽活動に顕著だが、ここ数年の星野源の表現のポップ化は著しい。現時点での最新アルバムとなる『YELLOW DANCER』は、内省的なフォーク色を薄めてソウルやR&Bに急接近し、より「みんなで踊れる」ポップミュージックを指向したものだった。その後にリリースされた「恋」も音楽的にはその延長線上にある。


 ただ、そのポップ化の裏には、単に「大衆受け狙い」「セルアウトした」などとは片付けられない深い理由があった。そこには、2度にわたるくも膜下出血の手術、一度ならず二度も死の淵をさまよった経験が強く影響しているというのである。「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)2017年5月号に掲載された小説家・米澤穂信との対談ではこのように語られている。


米澤「『化物』(3rdアルバム『Stranger』収録)の歌詞では、「僕」が「誰かこの声を聞いてよ」と言っていますよね。次に出された『SUN』(8thシングル、4thアルバム『YELLOW DANCER』収録)では、「君の声を聞かせて」となっている。これはご自身の心境の変化なのか、あるいはもともと根は一緒のものを違うかたちで表現したのでしょうか」
星野「さすがです! そこに気づいてくださるとは。心境の変化です。『化物』は病気で倒れる直前に作った曲なんですが、当時は心情的に「僕のことを誰かわかってくれ!」と、独り善がりな状態だったんですね。その痛々しさが、そのまま歌詞に出たんです。でも、倒れて休んでって期間があってからの『SUN』では、(中略)自分の外側に興味が向かっていました。それに気づいたのは、曲ができて少し経った頃で。よく考えたら『化物』と『SUN』は対になっているぞ、と。気づいていただけて嬉しいです」


 ここで語られている通り、「化物」は13年5月に発表されたアルバム『Stranger』に収録されている曲で、この楽曲のレコーディングを終えた直後、星野は猛烈な頭痛を訴えて緊急搬送。くも膜下出血と診断されて急きょ手術を受けることになる。


〈気が付けば深夜2時。ボーカルとコーラスの収録を終え、これですべてのレコーディングが終了という達成感の中、スタッフ皆で拍手をしていると、急に目の前がぐにゃっと曲がった。
 あれ?
 猛烈な勢いで変な気分になり、誤摩化そうと携帯電話を手に取り「メール見てくる」とスタジオの外に出ると、バットで頭を殴られたような痛みとともに、立っていられなくなり、地面にへたり込んだ。
 痛い。頭の中が超痛い。歩けない。壁を伝いながらよろよろとスタジオに戻り、スタッフに頭痛を訴え、保冷剤を持ってきてもらった。それを頭に当て、ソファに横になったが痛みは増す一方で、結局救急車を呼んでもらった。
(中略)
 翌朝、くも膜下出血という診断が下った。脳の動脈に慢性的な動脈瘤があり、そこからの出血だと言われた。現在出血した場所はかさぶたのように塞がり血はひとまず止まったが、なるべく早く手術をしなければならなくなった。
 その日の夜7時に、動脈の管を通して行うカテーテル手術をすることになった〉(『蘇える変態』マガジンハウス)


 この手術はうまくいき、星野はいったん仕事復帰するものの、ほどなくして再発。今度の手術は、執刀医に開口一番「手術やりたくないです」とまで言われるほど難易度の高いものだったが、奇跡的に後遺症もなく完治させることに成功した。


 そんな大病を患う前に書いた「化物」は、ステージを終えて日常に帰った「僕」が、風呂場のなかで急に無常感に襲われたときの心の叫びを〈誰かこの声を聞いてよ 今も高鳴る体中で響く 叫び狂う音が明日を連れてきて 奈落の底から化けた僕をせり上げてく〉と歌っている。これは、舞台で共演した中村勘三郎に聞いた話を自分の体験と重ね合わせて歌ったものだと本人は語っているが、確かに前述の対談で星野が言うように「僕のことを誰かわかってくれ!」という主張が前面に出ている。


 一方、病気が完全に治ってから、15年5月にリリースされた「SUN」にはそのような要素はいっさいない。〈Baby壊れそうな夜が明けて 空は晴れたよう Ready頬には小川流れ 鳥は歌い 何か楽しいことが起きるような 幻想が弾ける 君の声を聞かせて 雲をよけ世界を照らすような 君の声を聞かせて 遠い所も雨の中も すべては思い通り〉と歌われるこの曲には、〈壊れそうな夜が明け〉た後の晴れ渡った気持ちが徹頭徹尾盛り込まれている。そんな「SUN」の歌詞について、星野はこのように種明かししている。


〈歌詞の内容は、難しいものではなく、わかりやすく明るいものがいい。意味がないほど明るい。意味不明に明るい。この世で一番明るいものはなんだろう。
 太陽だ。すべてのものに光を与え、命を与え、煌々と輝きながらも、誰もその実態に近づくことはできない。
 マイケル(引用者注:マイケル・ジャクソン)みたいだと思った。世界中に元気と希望と音楽を届けていたのにひとりぼっちで、誰もその心に近づくことはできなかった。タイトルは『SUN』になり、歌詞には、マイケルへの個人的な思いを忍ばせた〉(『いのちの車窓から』)


 しかし、なぜ星野の表現はこのように「外に外に」開かれたものになり、選ばれる言葉や音楽的な要素も、内省的で暗いものからカラッと晴れ渡るような明るいものに変わっていったのか? それは、二度も「死」を意識せざるを得ない体験をしたことで、「死んだらもうその先に楽しいことはない」ということに気がついたからだった。それは表現のみならず、生き方そのものを変えてしまうほど大きなものだったと言う。前掲「ダ・ヴィンチ」のインタビューで彼はこのように語っている。


「その人個人っていうものが、その人個人たり得る瞬間って、エゴから解き放たれている瞬間だと思うんです。"俺を分かってくれ"っていう痛々しい余計な不純物が取り除かれた時に、本当の意味でその人にしかできないオリジナルな表現が出てくる。それを分かっていても、どうしてもエゴが出ちゃったり欲が出すぎちゃったりしていたのが、倒れる前までの自分でした。でも、倒れて入院していた時に、人は死ぬんだなってことが色濃く実感として分かったんですね。死んだ後って何もないんだなってことが分かったので、死ぬまで楽しく生きないともったいないなって。もっと色んな人に会いたいし、色んな景色を見たい。その時に初めて大人になれたような、エゴっていうものから解き放たれたような感覚があったんです。それがやっぱり楽曲にも出ていると思いますし、文章にも出ているんじゃないかと思います。"俺を分かってくれ"とかじゃない、普通の自分のままでいられるようになったんです」


 今月10日にゲスト出演した『徹子の部屋』(テレビ朝日)で、黒柳徹子に「これからのあなたの夢は?」と聞かれた星野は、旬のタレントとは思えぬこんな答えを返していた。


「僕の夢は、長生きしたいです。長生きして、なるべく楽しく朗らかに過ごせるのが一番いいなぁと」


 この夢の背景には、過酷な体験を通して感じた切実な思いが隠れている。彼の表現がどんどんポップで開かれたものになっていっても、決して「大衆に媚びた」といったようなものに感じないのは、そういった理由があるのだろう。
(新田 樹)


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