大前研一氏 「忖度」行政は我が国の文化に反する

4月25日(火)7時0分 NEWSポストセブン

昨今の「忖度ブーム」に大前氏が物申す

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 今年を代表する流行語となりそうな「忖度(そんたく)」は、安倍晋三政権下の政治や行政に蔓延している。森友学園問題や、「道徳の教科書」でパン屋が和菓子屋に変更されたことなどに表れている。経営コンサルタントの大前研一氏が、日本の伝統文化がもつ本来の精神性について、実例を挙げながら忖度とは正反対の日本文化の精神性について解説する。


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 安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を唱え、本音では東京裁判やアメリカに押しつけられた現行憲法を否定している。ところが、アメリカの上下両院やハワイ・真珠湾での演説では「日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした」「和解の力」などとおべんちゃらを連発した。本音と建前が完全に乖離しているのである。


 そんな安倍首相の持論は、「美しい国」の復活だ。そして、安倍政権下の学習指導要領は「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」を養えと説いている。これでは“戦前回帰”を目指しているようにしか見えない。


 だが、そもそも日本固有の文化や生活とは何か?


 日本の伝統文化というものを考える上で、私がいつも思い出すのは台湾の故宮博物館である。あそこを訪れると、書画にしても陶芸にしても蒔絵にしても、日本の範はすべて中国にあると痛感せざるを得ないのだ。私が大好きな江戸中期の画家・伊藤若冲でさえ、もともとは中国の絵を模写することで、その腕を磨いている。それを京都・相国寺の展示で知った時は、私もがっかりしたものだ。


 しかし、裏を返せば、それらは日本人が進取の精神で海外の文化や技術を貪欲に取り入れてインターナライズ(内部化)し、さらに創意工夫を凝らしてオリジナルのものに進化させてきたということである。


 たとえば、道徳の教科書ではパン屋が和菓子屋に修正されたが、世界中でパンを食べてきた私に言わせると、日本ほど美味しいパン屋が多い国はない。ラーメンも独自の進化を遂げて発祥の地・中国で大人気を博し、訪日中国人たちは競って日本のラーメン屋に並んでいる。自動車や家電などの工業製品は言わずもがなである。


 また、欧米列強に比べ大きく後れていると自覚した明治維新の時は極めて早く近代化を成し遂げることができたし、第二次世界大戦に敗れて焼け野原となった戦後も急速に復興できた。日本人には、あらゆる困難を克服する能力があるのだ。


 そもそも日本人は同じウラル・アルタイ語族のモンゴル人、朝鮮人や、満州人、漢人、南方系などが渡来して“混血”になった民族だ。神話に基づいた土着の「選民」思想とは逆に、多人種・多民族が混じり合うことによって獲得された「進取の精神」と「困難を克服する能力」こそが日本人の真骨頂であり、世界に誇れるものなのだから、そういうことを小中学校ではしっかり教えるべきだと私は思う。


「忖度」は「以心伝心」の日本文化だという意見もあるだろうが、今回の教科書検定で否定されかけた聖徳太子は、「十七条憲法」の中で「夫れ事は独り断むべからず、必ず衆と論ふべし」(第十七条)と説いている。日本初の成文法において、すでに「一強」や「腹芸」のような政治を戒めていると言えなくもない。


 また、かの徳川家康も「人の一生は重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず」で始まる遺訓を残した。子孫が守るべき心得を明示し、最後は「己を責めて人をせむるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり」と忠告している。そこに「忖度」の余地はない。だから江戸幕府は15代・265年も続いたのであり、これが日本の伝統なのだ。


 長期政権の“暗黙の圧力”による「忖度」に身を委ねている安倍首相こそ、こうした日本の伝統を軽視しているのではあるまいか。


※週刊ポスト2017年5月5・12日号

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