コソボ・アルバニア人の異常なソウルフード——高野秀行のヘンな食べもの

4月26日(木)17時0分 文春オンライン


イラスト 小幡彩貴


 数年前、アヴニという旧ユーゴスラビア・コソボ共和国出身のアルバニア人と友だち付き合いをしていたことがある。彼は二十年以上前、ユーゴ内戦の最中に日本へたどり着いた。内戦中の出来事のために(詳細は不明だが)、今でも旧ユーゴに帰ると殺されると固く信じている。だから二度と故郷には戻れないし、旧ユーゴ人とも一切関係をもたないようにしていた。


 そんな彼がよく熱をこめて話したのは「フリア」なるコソボのアルバニア人の料理だった。屋外で特殊な方法で作るため、外国では絶対に食べられない。欧米のアルバニア(コソボ)・レストランにもないという。


「あんなに美味しいものはないよ。コソボのソウルフードだ。でも僕は二度と食べられないだろうね」


 彼が淋しそうに話すものだから、「じゃあ、僕がコソボに行って、持ち帰ってくるよ」と私は言った。アヴニは「いや、無理だよ」と否定的だったが、面白そうなので私は本当にコソボへ行ってしまった。


 幸い、アヴニが唯一、ネット上でコンタクトをもっている幼なじみがコソボの田舎の村におり、その人を訪ねた。コソボは長らくオスマン帝国の支配下にあったので、食文化もかなりトルコ料理に近い。ケバブや、葡萄の葉に米をつめたもの、パプリカに牛乳の膜をかけてオーブン焼きにした料理など、何を食べても素晴らしい。ふだんの料理がこれだけレベルが高いのなら、ソウルフードたるフリアはどれだけ凄い料理なのかといやがうえにも期待が高まった。


 私がコソボを離れる前の日、いよいよフリア・パーティが開催された。家の中庭に、親戚や友だちなど、二十名近くが集まった。フリアを作るのは女性たちである。


 画像や説明を見聞きする限り、フリア自体は決して珍しい食べ物とは思えない。水で溶いた小麦粉を薄くのばし、バターと生クリームを挟んで重ねて焼くだけである。いわば「甘くないミルフィーユ的クレープ」なのだが、奇妙奇天烈なのはその調理法。


 直径五十センチほどの、大きな平べったい、蓋付きの鍋を使う。その鍋の底に小麦粉と塩を溶かした水をものすごく薄く塗りつける。その薄さも異様だが、もっと珍妙なのは中心から放射状に縞模様を描くように塗ること。まるで菊の御紋のようだ。なぜ、ピザやお好み焼きのように鍋の底にまんべんなく塗らないのだろうか。別に儀礼的な意味があるわけでもないらしい。




 加熱方法も超独特。炭で火を熾(おこ)しているので、その上に鍋をのせるのかと思いきや、ちがう。焚き火のところに蓋をもっていき、蓋の上に炭や灰を載せる。そして、その蓋を鍋にかぶせて蒸し焼きにするのである。



 おそらく、あまりに小麦粉を薄く塗るため、ふつうに火にかけると瞬時に焦げてしまうのだろう。しかし鍋でなく蓋を熱するとは意表を突いている。五分ほど経ってから蓋をとる。すると、小麦粉の生地にかろうじて火が通っている。次に、さきほど縞に塗らなかった部分に小麦粉を塗る。そして同じことを繰り返す。これでやっと一面が焼けたことになる。第1R(ラウンド)終了。





 第2R以降は生クリームとバターと油を混ぜたものを塗ってから第1Rと同じ作業を行う。




 この作業を延々と繰り返すのである。その間、男たちは庭の隅のテーブルでお喋りをしながらひたすらビールを飲んでいる。食べ物は何もない。女性は同じくお喋りをしながらひたすら蓋を熱したり、鍋に小麦粉で縞模様を描いたりしている。あまりにも長いし空腹で気が遠くなってくる。


 なんと、フリアが完成したのは約三時間後だった。(以下次号)






(高野 秀行)

文春オンライン

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