「1番に楽屋入りしろ」M-1王者とろサーモンの助言 ニューヨークは1時間前にテレ朝に着くが……

4月26日(日)12時40分 文春オンライン

ニューヨークが真相を告白 M-1がピリついたダウンタウン松本人志への「最悪や!」発言 から続く


 史上最高と言われる2019年のM-1。なぜあれほどの“神回”になったのか。出場した漫才師の連続インタビューでその答えに迫っていく。


 トップバッターで会場を盛り上げたニューヨーク。じつは2017年王者のとろサーモン・久保田かずのぶから「1番に楽屋に入れ」とアドバイスを受けていた。当日、1時間前に楽屋についた嶋佐和也だったが、そこにはすでに先客がいた……。(全4回の2回目/ #1 、 #3 、 #4 へ)



昨年のM-1で1番手だったニューヨークの嶋佐和也(左、ボケ担当)と屋敷裕政(ツッコミ担当)


◆◆◆


1時間前にテレ朝入りしたが、そこにいたのは……


——当日は14時までに楽屋に入ればよかったそうですが、お2人は何時ごろに入ったのですか。


屋敷 僕はギリでしたね。


嶋佐 僕は1時間ぐらい前に入ってました。


——早いですね。


嶋佐 普段、とろサーモンの久保田さんによくしてもらっているんですけど、「おまえに、ええこと、こっそり教えたるわ」と言われて。


屋敷 何を教えてくれたの?


嶋佐 「誰よりも先に楽屋へ入れ」って。「M-1は1番先に楽屋入りしたやつが結果出してんねん」と。あの人、ジンクスとか、めちゃくちゃ気にするんですよ。スピリチュアルな世界も大好きですし。僕はそういうの気にしないんですけど、今回ばかりはあやかろうと思って1時間前に行ったんです。そしたら、先着がいたんです。



屋敷 誰?


嶋佐 ミルクボーイさんだったんです。もう座ってて。


屋敷 当たっとるやん!(笑)


——確かにミルクボーイのお2人は、この 連載インタビュー でも1時くらいに楽屋入りしたと言っていました。タッチの差だったんでしょうね。


屋敷 じゃあ、今度、決勝に行けたら、俺、めちゃくちゃ早く行くわ。久保田さんも、優勝したとき、一番乗りやったということやろ。


嶋佐 だったんですかね。


屋敷 そこ、聞いとけや!(笑)


——初めて体験する本番前の楽屋の雰囲気は、いかがでしたか?



「M-1あるある」見つけました


嶋佐 緊張感もありつつ、普段の感じもありつつ。


屋敷 リハーサル以外、やることないんよな、あんまり。


——時間を持て余してしまうわけですね。


屋敷 メイクの呼び出しが、ものすごく早いんです。15時ぐらいから「メイク、行ける方からお願いします」って言われて。


——本番の約4時間前ですね。それは相当、早いわけですね。


屋敷 メイクって、できるだけ直前にしたいんですよ。化粧が服についたりするし、いちばんいい状態で出たいじゃないですか。長丁場だと、番組後半には、だいぶメイクが崩れてきちゃいますし。



嶋佐 だからみんな、スタッフさん無視。


屋敷 たぶん、審査員の方々のメイクとかもあるから、スタッフサイドとしては、なるべく若い人から先にやっておいて、オンエア前の時間帯は空けときたかったんだと思います。でも、僕らからしたらあまりにも早過ぎたので、そこはせめぎ合いでしたね。「メイクお願いします」って言われたら、いちおう「はーい、わかりましたー」って感じで、視線を合わせて、ちょっとだけ頭だけ下げる。で、無視みたいな。


嶋佐 いつも、あんな感じなんでしょうね。これ、M-1あるあるだと思いました。


屋敷 結局、からし蓮根とか、若い順に籠絡されていって、僕らはかなり最後の方まで粘ってましたね。


衣装も駅も楽屋も……M-1のためのゲン担ぎ


——予選から決勝まで、嶋佐さんは白いジャケットとベージュのパンツで通していましたが、屋敷さんはけっこう変えられていた印象があります。


嶋佐 僕は衣装も久保田さんに相談して、「明るい色の方がいい」と言われたので。


屋敷 僕は全部、変えたんです。1回戦から3回戦まで、たまたま衣装を変えていて、そうしたら通ったんで、そっから先も変えな落ちるような気がして。


——ずっと変えないというのはよくありますけど、ある意味、逆のゲン担ぎですね。


嶋佐 去年は、今まででいちばんそういうことをしちゃったな。



屋敷 そうそう。準々決勝と準決勝の会場はニューピアホール(竹芝)だったんですけど、僕ら、あんまり相性がよくないんです。なので、降りる駅を変えてみたり。いつもは浜松町を使っていたんですけど、今回は大門で降りようと。準決勝の楽屋も2つあって、いつも手前の楽屋を使って落ちていたので、今回は奥の部屋を使おうと。全部、逆、逆と。


嶋佐 10年目だったからな。そう言うものに、いちばんすがったな。


——スタジオ入りしてからは、さすがに雰囲気が変わりましたか。オンエアが始まっても、なかなかギリギリまで入らせてもらえないらしいですね。



「トップで優勝なんてできないじゃないですか」


屋敷 めちゃめちゃギリです。最初の笑神籤(えみくじ)を引く直前くらい。僕ら、スタジオに入って、5分後にはもうネタしてた感じですもん。舞台裏の椅子に座ったときは、めちゃくちゃ緊張してきましたけど、いきなり1番目に名前を呼ばれて、すっと冷めました。


——冷めるんですか。


嶋佐 せり上がりのとき、思わず、「これは無理だな」ってつぶやいちゃいましたもん。普通に考えたら、トップで優勝なんてできないじゃないですか。


屋敷 あきらめましたね、優勝は。ネタ的にも厳しいな、と。


——今回お2人は、歌ネタでした。嶋佐さんが作詞作曲したというラブソングに、屋敷さんが突っ込んでいくという。ネタとしては変化球なのでトップバッターより、オーソドックスな形の漫才が続いたあとの順番のほうが効果があるわけですよね。


屋敷 なので、決勝進出が決まってから、トップを引いたとき用のネタを準備しておこうかとも思ったんです。1番目はそれくらい難しいので。でも最終的には、何番を引いてもこのネタでいこうとなったんですけど。



嶋佐 このネタで、初めて決勝にいけたので。これをやらなきゃ悔いが残るだろうと。


——歌ネタは準決勝が初披露でしたが、そこまで温存していたわけですか。


屋敷 いや、迷っていただけです。僕らっぽいネタではないので、イチかバチかになるなと。でも今までやってきたようなネタだと、それでずっと落ちてきたわけですから何も変わらないかな、というのもあって……大爆発にかけて準決勝で初めてかけたんですけど、普通にウケたくらいでしたね。


(【続き】 ニューヨークが振り返るM-1の歌ネタ「じつはダウンタウン浜田さんをいじるボケがあったんです 」  を読む)



写真=山元茂樹/文藝春秋



ニューヨーク/嶋佐和也(ボケ担当)と屋敷裕政(ツッコミ担当)のコンビ。嶋佐は1986年5月14日山梨県出身。屋敷は1986年3月1日三重県出身。東京NSC15期生で2010年結成。


M-1では2015年、18年に準々決勝、16年、17年に準決勝進出。19年に初の決勝で10位に。


YouTubeでニューヨーク Official Channel更新中( https://www.youtube.com/channel/UCS17iKEInkBuHkxtEcCnTTQ )



ニューヨークが振り返るM-1の歌ネタ「じつはダウンタウン浜田さんをいじるボケがあったんです」 へ続く



(中村 計)

文春オンライン

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