伝統あるサッカー場に、新型コロナ患者のための臨時野外病院(ブラジル発)

4月26日(日)12時0分 婦人公論.jp


イメージ(写真提供:写真AC)

日本よりも1ヵ月以上遅く感染者が出たブラジルだが、すでに感染者数は約4倍(日本=1万2429名、ブラジル=4万9492名)、死者数は約10倍(日本=328名、ブラジル=3313名、2020年4月24日現在)となっている。そんな状況下でも、たくましく生きているブラジル人の日常は——

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大統領の暴言に鍋やフライパンを叩き…


2018年の大統領選挙活動中に暴漢に襲われ、腹部をナイフで刺されたボルソナル氏。決して有力候補ではなかったが、事件から一躍有名となり、あれよあれよと言う間に大統領に当選してしまった。「ブラジルのトランプ」などと呼ばれ、政治思想は「極右」に分類されている。

今回の新型コロナ禍に対して、大統領は「ビジネスはこれまで通り行われるべき」「60%〜70%の国民が感染することでブラジルに免疫がつく」などと経済優先の発言。人々は大統領のトンデモ発言があるたびに、鍋やフライパンを叩き、抗議の声を上げている。

もちろん、良識ある知事も多く、大統領の発言を無視するかたちで、各州や各市町村単位で外出禁止勧告が出されている。私が住むサンパウロ州でも3月24日からスーパー、薬局、病院を除く、ありとあらゆる店舗、施設が閉まり、仕事も在宅勤務となっている。

おかげで1200万人在住のサンパウロ市の屋外はガラガラ。人も車も少なくなり、静まり返っている。それまでは交通渋滞解消のため、車のナンバーで週に一度走行が禁止された曜日と時間帯が定められていたが、今は規制解除となっている。それほど、道路が空いているのだ。

サンパウロ州の外出禁止勧告は4月7日にさらに2度延長となり、5月10日まで基本的に外出禁止。レストランは宅配弁当のみが認められ、ピザの宅配とUber Eats(ウーベル・イーツ)が大繁盛。それ以外の町の機能は、ほとんどストップしていると言っても過言ではない。がしかし、外出禁止も1ヶ月を越えた頃から、自粛疲れでボチボチと外に出たり、店を開け始めている所も出ており、政治の混乱も含め、感染の拡大が懸念されている。


「サンパウロ市の大気汚染はひどく、1日外を歩いたら、鼻の穴は真っ黒になるほどだった。それがこの新型コロナの影響で車両通行量が減り、空気がきれいになった」 (サンパウロ市内/写真提供:写真AC)

患者急増に対処するために


ブラジルで最初に感染が確認されたのは2月26日頃。2月にイタリアのロンバルディア州に出張していた61歳のサンパウロ在住の男性ということになっている。しかし、4月になって、「本当は1月から感染者がいた」という動画が流出し、データも疑問視されるようになっている。

日本のお辞儀に相当するブラジルのあいさつは、頬をチュッチュと合わせるハグが定番。濃厚接触のオンパレードである。だから私の周りの日系人は「きっとブラジルはイタリアやスペインなど同じく、感染爆発するだろう」と口々に予測する。

さらにPCR検査そのものの数が少ないブラジル。貧富の差が激しいうえ、皆保険はないため、お金持ちの人たちは自腹で有料の病院へ検査に行くが、貧しい人たち専用の無料病院には検査キットも人手も間に合っていないのが現状。そのため、どれほどの感染者・死者数がいるのか定かではない。

私が心配しているのは、アマゾンの先住民族コカマ族の20歳の女性がコロナウイルスに感染したという事実だ。すでにこの女性を含めた3人に感染が見られ、隔離措置が取られているが、先住民族は森の中で生活し、免疫力が低いとされているだけに、外界からのウイルスの流入に弱い。その後、先住民以外の一般のブラジル人を含め、アマゾン地方での爆発的感染が起こってしまった。

患者急増に対処するために作られた急ごしらえの野外病院はなんと、サンパウロ市中心地にある伝統のサッカー場・パカエンブー競技場だ。

W杯ブラジル大会が開催された2014年までは、名門サッカーチーム・コリンチャンスのメインスタジアムだった。また、日系ブラジル人にとっては、ブラジル日本移民70周年と 80周年に記念式典が行われた場所でもある。そんな競技場のド真ん中、普段は選手がサッカーボールを追いかける、まさにそのグラウンドに白い病院テントが張られている。さすがサッカーの国!と、変なところで感心してしまった。

1、2ヶ月分の食料品を常備するのが当たり前


大統領のコロナ軽視発言にフライパンや鍋叩きで抗議することはあるにせよ、ブラジル人は割と大人しくしているなぁというのが、私の印象だ。

もともと、1980年代後半に超ハイパーインフレに見舞われたこともあり、人々は大量買いに慣れている。ここ数年はインフレがまあまあ落ち着いてきたこともあり、以前よりはましになったが、かつては給料をもらうと、すべてのお金を物に換えていた。

ブラジルに来たばかりの頃、日本では買い物かごに半分も買えば終了していた私は、ブラジル人が大きなカートに山のように商品を積んで買い物をしている姿を見て、「えっ、明日、災害でも起きるの?」と思ってしまうほどだった。大型冷凍庫と冷蔵庫、各2台持っている人も多く、1、2ヶ月分の食料品や生活必需品を常備するのが当たり前。そのため、コロナ禍でも買い占め騒動などの大きなパニックには見舞われていない。

またふだんは、サンパウロ市の大気汚染はひどく、1日外を歩いたら、鼻の穴は真っ黒になるほどだった。それがこの新型コロナの影響で車両通行量が減り、空気がきれいになったのはありがたい。

しかしこれから、無くなる職種や消えゆくものが出てくるような不安感がある。コロナのせいで、ストップせざるをえなかった職業が「なんだ、無くてもいいんだ」と判断されるかもしれない。何が残り、何が消えるのかはわからないが、どんなことにも対応できるようにしなければならないのだろう。

その点、もともとブラジルは柔軟でなくては生きていけない国。違反ギリギリの対処を含めて、ブラジル人はこの逆境でもきっと逞しく乗り越えていくのだろう。

婦人公論.jp

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