信仰だけではない“楽しめる場”としての神社へ──宮司も期待を寄せる神田明神の新スポット「明神カフェ」

4月26日(水)21時0分 おたぽる

 4月14日、神田明神の鳥居の横にオープンした「明神カフェ」。さまざまなアニメとのコラボイベントやメニューを打ち出す「ビストロエンターテイメント」は「聖地・秋葉原」の新たなスポットとして、魅力と課題とを提示しようとしている……。

 数年前の大みそかの朝、私は神田明神の祭務所の裏にいた。

 その前日、私はコミックマーケット3日目の取材のために、東京ビッグサイトの中で団子のように揉まれていた。ふいに、パンツのポケットに入れていたiPhoneのバイブレーションを太ももで感じた。電話の主は、エクスアーツ・ジャパン株式会社の和田昌之だった。

「取材に来てくれませんか……」

 少し申し訳なさそうな口調だった。さまざまなマンガ・アニメイベントのプロデューサーや、グッズ制作などを手がける和田は、それまでも何かと私に取材を依頼してきていた。

「神田明神の境内に、海洋堂コラボの縁起物フィギュアのガチャガチャが設置されたり、新しいコラボグッズの物販スペースが登場するんですよ」

 いつからかと聞くと、さらに申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「明日の9時からなんです……」

 私はすぐさま快諾した。その年のコミケは珍しく30日が最終日であった。たいていのオタクは3日間の疲れを癒やしながら、戦利品の観賞に忙しい日だろう。それでも、疲れ知らずでガチャガチャを回したりグッズを買いにやってくるのは、どんな人々なのだろうかと興味が湧いたからだ。

 きっと、熱心な人々は早くから集まっているに違いない。そう思った私は、朝8時半には、もう現地に到着していた。スペースが設置されたのは、祭務所の裏。男坂の階段を昇りきったところであった。のぼりはあったものの、どこか寂しそうな感じはあった。けれども、徐々に人は集まり始めていた。午前9時前になると、ささやかながら行列ができていた。

 時間になると、10台あまり並んだガチャガチャの前で、みな何度もガチャガチャを回し、グッズを買い求めていた。列はさほど長いものではなかったが、その後もやってくる人が途切れることはなかった。

 私も、ガチャガチャ回してみることにした。何しろフィギュアメーカーとして、生み出す製品の質では定評のある海洋堂とのコラボである。いったい、どんなフィギュアが入っているのか気になったからだ。出てきた巫女さんのフィギュアの質は満足いくものだった。ただ、そこに一緒に封入されていたおみくじは「大凶」だった。もちろん、おみくじは吉凶の部分よりもそこに記されている言葉が重要なのはわかっている。とはいえ、一年の締めくくりの日に「大凶」を引いてしまうのは、よい気分ではなかった。ちょうど様子を見にやってきた権禰宜(ごんねぎ)の岸川雅範氏に「今年は今日までですから……」と、微妙な顔で慰められた。

 その日、私は取材がなくても神田明神に参拝しなければならない理由があった。まだ、師走の大祓の形代を納めていなかったのだ。きっと、しばらく参拝もせずに、神様をないがしろにしていたことの戒めが、先のおみくじなのだろうと思った。

 和田に大祓の形代を納めたか尋ねると、こんな返事が返ってきた。

「え、ごめんなさい。まだ、それがなんなのか勉強していないんです……」


■破魔矢も売り切れる神田明神の参拝熱

 3月の中頃、和田から連絡が来た。

「明神カフェの件で、ご相談できませんか」

 ああ、これも和田のところが受けているのかと思った。その少し前から、何人かに「神田明神が、今度はカフェを始めるらしい」といった話は聞いていた。

 わずかの年月の間に、裏でひっそりと、様子をみながら行われていたアニメコラボは、神田明神の境内を埋め尽くしていた。あちこちに、アニメ調のポスターやのぼり、そして、甘味や餃子、お土産を販売する常設の屋台もできた。それと共に参拝客の数も目に見えて増えてきたのを感じた。平日であっても「今日は、なんのお祭りがあるのだろう」と勘違いするほどの賑わいを見せている。三が日はもちろん、仕事始めの1月4日になっても、いつになったらお賽銭箱が見えてくるのかわからない行列も風物詩になった。

 いつぞやは、松の内が明けてから、神札と一緒に破魔矢も頂こうとしたところ「売り切れなんです」といわれて驚いた。いまだかつて、破魔矢が売り切れた神社というのは、ほかに聞いたことがない。そんな賑わう神社に、カフェができると聞いても不思議ではなかった。

 よく聞くと、新しくできる明神カフェは神田明神が経営するわけではない。神田明神の所有する鳥居の横のビルに、和田がジェンコなどから出資を受けて新たに設立した明神カフェ株式会社が、テナントとして入居するということだった。

 鳥居の横のビルなのだから、神田明神も安心のできるテナントを求めていたのだろう。この数年の間に、和田はさまざまな形で神田明神に関わっていた。中でも、昨年初めて境内で開催された神田明神夏祭りには深く関わり、声優のライブなど、若い参拝客の興味をひくような仕掛けを数多く盛り込んでいた。それに連なる明神カフェは、アニメのコラボやイベントなども行うことができるスペースだという。

 江戸時代から、さまざまな催事で人を寄せていた神田明神。熱心に行われるアニメやマンガとのコラボは、その現代版なのだと思う。けれども、そこに神社の信仰はあるのだろうか。やはり、数年前の大みそかのことが気にかかった。だから、和田に話を聞いてみることにしようと思い、オープンの2日前に企画されたメディア向け内覧会へと足を運んだ。


■美味くて当然! 一流の食材が揃う店

 まずは、店の紹介を……。

 神田明神の狛犬をモチーフにしたロゴを掲げる明神カフェ。席数は48席。そのほか、VIPルームも準備されている。また、ホール内にはステージもあり、上映会やミニコンサートのようなイベントにも対応できるようになっている。

 コンセプトは「ビストロエンターテインメント」。とりわけ力を入れているのは料理で、麻布十番の人気料理店「エル ブランシュ」のオーナーシェフ・小川智寛氏が、料理を監修。「数カ月先まで予約がいっぱい」とグルメを扱うメディアでも注目される「肉山」や、会員制馬肉専門店「ローストホース」、銀座で北海道産の純血サフォークなどの上質な羊肉が人気の「ひつじ座」まで、有名店とのコラボした食材が集まっている。

 一流の素材に、一流のシェフの監修。これで、美味くなければ、逆にオカシイ。また、ランチタイムにはサンドイッチがメインのセットも用意されている。そんな店内で目立つのは、美しい乙女たち。これから芸に磨きをかけるであろう声優や声優の卵である。乙女たちの給仕で、一流店の味。そして、アニメとのコラボメニューが楽しめるのが「ビストロエンターテインメント」の意味するところだ。

 スライドを用いた説明の後、集まった報道陣は、並べられた料理の試食を勧められた。

 オープンの2日後に備えて、その間も面接の女性が次々とやってきたり、店内は慌ただしかった。報道陣に給仕する乙女たちの動きは、まだぎこちないが、その初々しさが、何がしかのエンターテイメント性を感じさせていた。ここから、大きなホールを埋め尽くすような人気声優が育っていくのだろうか、と思った。


■神様に関わるなら、学ばなくてはならない

 ようやく一息ついた和田と、まだ慌ただしく準備をする人が行き来する店の中で話を聞いた。座る椅子はターコイズブルー。これも、最近パリのカフェで流行っている配色なのだという。いくつか基本的な質問をした後、ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「和田さん、大みそかの時に……」

「いやいや、覚えてますよ!」

 半笑いのような泣き笑いのような顔をしながら、途端に和田は、身体を大きく揺らした。

「いや、あの時は本当に勉強不足でした」

 なおも、身体を揺らして笑顔を作りながら、和田は言った。

「あれから、どういう変化があったんですか。単にビジネスとしてだけではないのでしょう……」

「んー……」

 少し考えてから、私に正対して和田は語り始めた。

「自分も20代の頃までは、髪を青く染めてバンドとかやってたんですけど……」

 今では、ふくよかな体型の和田だが、いつだったか昔の写真を見せてくれたことがある。ステージでギターを抱えている和田は、体重も今の半分くらい。何より、道で出会ったら、必ずこちらが危険を感じて道を譲ってしまうようなファッションだったと記憶している。

 それでも、神社にまったく興味がないわけではなかったと、和田は言うのだ。むしろ、興味を感じながらも、深く知るきっかけがなかったのだ、と。

「会社の事業の中で、偶然のきっかけですが、京まふ(京都国際マンガ・アニメフェア)のときに、平安神宮の境内での奉納公演を手伝ったり、神田明神とも、仕事で関わることになりました。その中で、自分でも神様や神社とはどう関わっていくかを考えるようになりました。参拝の作法とか、行事とかも。せっかくここまで神様に関わらせてもらっているのなら、ちゃんとやらなきゃいけないな、と」

 謙遜なのだろうか、和田は、まだ自分は「にわか」だとも語った。けれども「信心深くなったのは確か」だとも。

 これも、神様の采配なのだろうか、と考えた。正直なところ、あちこちにアニメのポスターや売店も出来た神田明神の境内には、少しばかりの違和感がある。神社としては、少し賑やかすぎるのではないかとも思うのだ。

 昨年、私は思うところがあり熊野三山を巡った。そのときに感じた違和感と似ている。

 まだ、午前中の人の少ない時間に、熊野本宮大社に参拝した。ようやくたどり着いた、誰もいない社殿の前で感慨にふけりながら参拝していると、観光バスでやってきたと思しき団体客で、急に騒がしくなった。シャッター音が幾重にも重なり、社殿の前は撮影禁止だというのに、記念写真を撮っている者もいた。そのときに感じたような騒々しさがある。

 けれども、それを一概に否定することはできない。「蟻の熊野詣」といわれた時代には、みんなこんな風に先達に導かれて、賑やかに山道を歩いて、熊野に来ていたのではなかろうか、と。だから、アニメとのコラボをきっかけに、神田明神を訪れたとしても、そこで神田明神や神社、神道へと興味を広げていく人も少なからずいるはずなのだから。

 神田明神の境内で、販売されているアニメグッズも同様だ。熊野本宮大社の授与所で牛王宝印を求めた私は「あれも下さい」と、思わず、目に飛び込んだ「熊野詣」と書かれた、まさに「お土産品」そのものの、のぼりを指さした。

 何がそうさせたかといえば、東京から一昼夜をかけて、ようやくたどり着いた感動である。だから、アニメグッズを買い求めている人々も、アニメグッズが欲しいというよりも、神田明神に参拝してグッズを買ったという思い出を求めているのではないか。かつて、熊野那智大社の熊野比丘尼は諸国を巡り曼荼羅を絵解きして、勧進をした。祀られる神様の有り難さを説き、参詣へと誘ったのである。もしかすると、神田明神で起きていることは、かつての曼荼羅の現代版がアニメであり、様々なメディアが熊野比丘尼の役割を果たしているのかも知れない。

 だから、今ある少しばかりの違和感は、やがて薄れていくのではないかとも思っている。

 ただ、その結論はまだわからない


■神田明神宮司が語る、これからの神社への希望

 和田と話を続けていると、すっと空気が変わった。その空気のほうに目線を向けると、凜とした老紳士の姿があった。神田明神の宮司・大鳥居信史その人であった。またとない機会に、ぜひお話をお伺いしたい。その旨を告げると大鳥居宮司は、快諾してくれた。私が聞きたかったのは、いわば大家である神田明神が鳥居の横の「一等地」を明神カフェに貸すことには、それなりの理由があるのではないかということであった。

 神職らしい、独特の暖かさのある口調で、宮司は語り始めた。

「今は門前町の体をなしていないでしょう。夜になると真っ暗になってしまうんです。それに日曜日になると、あらゆるお店が閉まっているんです。『お昼を食べるところはありませんか?』という問い合わせも多いんですよ。これでは、せっかく多くのお詣りをいただいても……。だから、和田さんにも夜を明るくしてもらって、ランチも出して下さい、とお願いをしたんです。ですから、これを機会にみなさんに楽しみにお詣りしていただけるようになればと思うんですよ。最近は、若い人のお詣りも増えています。そう、7割がたは若い人なんです。だから、神社も信仰ばかりじゃなくて、物を食べたり買ったり楽しめる場でなくてはいけないと思うんですよ」

 そして、宮司は来年にも境内に新しく建設される文化交流館についても触れた。

「むしろ、外国人の方も日本の文化を学ぶために、ここに来てもらうようになればよいと思っているんです」

 初めて参拝する若者や外国人に、じっくりと神社や日本の文化に触れてもらった上で、門前でも楽しんでもらいたい。それが宮司の考える、これからの神田明神の姿だ。今、アニメをきっかけとして参拝をしている若者の何割かは、新たに訪れる人の先達になるのだろうか。そんな気持ちを述べると、宮司はこんなことを教えてくれた。

「われわれも、初めは若い人たちが集まるのを不安に思っていたんです。ちゃんと参拝をしてくれるのかな、と。ところが、そうした若い人たちは、年配の人よりも行儀もよいし、きちんとお詣りしてくれるんですよ」

 最初は神社も、半信半疑だった「聖地巡礼」でやってくる作品のファンたち。その真摯な参拝の姿に、新しい形での信仰の広がりを見ているのだと思った。


■地域の人々との連携をどう生み出していくか

 そんな新しい「きっかけ」で、参拝に訪れる人たちが立ち寄るスポットになるであろう、明神カフェ。でも、和田は、そうした参拝客を相手とする客商売だけを考えているのではない。

 カフェの入居するビルの上階には、神田明神の会議室もあり氏子の会合にも使われている。そうした会合の時にもカフェに立ち寄ってもらったりして、新しい交流を作り上げていきたいと考えているという。

「ぜひ、地域の人々にも使っていただき、一緒に街を盛り上げていきたいと考えているのです」

 その和田の展望は、決して楽なものではないと思う。

 幾度か地域の氏子らから聞いたことがある和田に対する認識は「神田明神が使ってる業者さん」である。和田のオフィスは、これまでも神田明神の氏子地域にあるにもかかわらず、である。もともと、神田明神の氏子地域の人たちは、自分たちが先祖代々住む土地のことを、こう表現する。

「ここは、東京の田舎なんですよ」

 都会を離れて全国各地の「田舎」へと移住を決意する人は増えている。そうした人々に取材をする機会もあるが、中にはさまざまな軋轢から移住を断念する人もいる。そうしたエピソードは、だいたいが閉鎖的で後進的な地域を批判する論調で語られがちである。でも、それは間違っている。すでに連綿と長い生活史を育んできた地域に、新しいものがやってきたときに、待ってましたとばかりに、歓迎して賞讃する人がどれだけいるだろうか。

「最初の1年は、まず人間関係をつくるのを頑張ったほうがいいですね」

 と、ある地方都市の役所で聞いた。まさにその通りだろう。

 だから、明神カフェに求められているのは、単に参拝客を増やす要素となるとかではなく、それが地域にどのように馴染んで、一緒に神輿を担いだりもできる仲間として溶け込んでいくかである。それは、いくら神田明神が期待を寄せても近道できるものではない。和田だけでなく、店のスタッフたちもすべて、神社の信仰と地域があってこその店という意識を共有した上での、たゆまぬ努力が求められている。

 それは、茨の道ではないだろう。何しろ、店があるのは鳥居の真横である。そこで、日々神社にやってくる参拝客や地域の人々を見て、何も「気づき」を得ないなんてことは、想像しがたい。店で働く声優や、これからのコラボイベントなどに参加するクリエイターも、どこかで神田明神のネームバリューを利用しようと考えているやも知れない。けれども、日々、見ることになる神社に参拝することになる人々の姿は、そうした我欲を押し流していくはずだ。

 戦後70余年。西洋的な価値基準によって支配される中で、唯一オタク文化は世界を席巻し、抗している。それは、決してクールジャパンなどという下品な言葉で、一括りにして賛美していてよいものではない。

 そうした中で現れたオタク文化と神社とのコラボレーション。それは、新たな形で日本が誕生して以来、悠久の歴史の中で育んできた精神性に気づく機会を与えている。説教するでもなく支配するでもなく、包み込むように気づかせる。そこに神道のすごさを感じずにはいられない。

 グランドオープン以来、1週間あまり。既に店を訪れた人々の口から語られる明神カフェの評判は、極めて好評だ。まもなくゴールデンウィークである。「ご祝儀」の時期を終え、単なる一個の店舗としての評判を超えて、その先に向かうことができるのか。時折、訪問しながら見ていくことにしたいと思った。
(文=昼間たかし)

おたぽる

「宮司」をもっと詳しく

「宮司」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ