「忖度の連鎖」が蔓延する安倍政権下の日本

4月26日(水)7時0分 NEWSポストセブン

蔓延する忖度はなぜいけないのか

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 日常生活ではあまり使われることがなかった言葉「忖度(そんたく)」が、森友学園問題が起きて以来、ちょっとした流行語となっている。経営コンサルタントの大前研一氏が、政治や行政の世界に「忖度」が蔓延し、連鎖していることが日本の文化とは本来、合っていないことを解説する。


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 森友学園問題の発覚以降、今年の流行語になった「忖度(そんたく)」。それは単に一学校法人の問題にとどまらず、「安倍一強」体制が長期化して政権の“暗黙の圧力”が強まる中で役人や議員たちの間に蔓延した弊害にほかならない。


 一例は「教育勅語」を学校で教材として用いることの是非をめぐる議論だ。松野博一文部科学相は4月4日の記者会見で「どの教材を使ってどう教えるかは、憲法などに反しない限りは一義的には教員、学校長に権限があり、問題があれば所轄庁、所管庁が適切に指導すると考えている」と述べた。これでは結局、教育現場が政府の意向を忖度して判断することになる。


 もともと安倍晋三首相は「教育勅語」について、官房長官時代の答弁で「大変すばらしい理念が書いてある」と評価しているのだから、周囲はその復活が首相の本意だと忖度するだろう。


 新たに始まる「道徳の教科化」でも、安倍政権の意向を色濃く反映する状況になっている。たとえば、文科省の教科書検定で小学校1年の道徳の教科書では「パン屋」が「和菓子屋」に、「アスレチック公園」が「和楽器店」に差し替えられた。


 これに対して全国のパン屋が猛反発するなど批判が相次ぎ、文科省側は「パン屋が悪いわけではない」「個別の記述の変更はあくまでも教科書会社の判断」と説明したと報じられている。


 要は、文科省が学習指導要領の「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」という項目に照らして教科書全体が不適切と指摘し、教科書会社が不適切と思われる個所を自主的な判断で修正したわけだが、具体的な修正個所を明示されなければ、教科書会社はその意図を忖度するしかない。文科省は安倍政権の意向を忖度して検定意見を付け、教科書会社はそれを忖度して修正する──。いわば“忖度の連鎖”である。


 小中学校の学習指導要領の改定をめぐるドタバタ劇も同様だ。当初、「聖徳太子」は中学校で「厩戸王(聖徳太子)」の表記に変更された。歴史学では「厩戸王」が一般的で「聖徳太子」は没後の称号だから、という理屈だが、それなら歴代天皇はすべて生前の正式な呼称にしなければならなくなる。


 また「鎖国」は「江戸幕府の対外政策」に変更されたが、こちらは江戸時代も外国との交流を断絶したわけではなく長崎や対馬などで貿易を続けていたから、という理由だった。だが「対外政策」だけでは海外交流や渡航を制限されていた当時の事情が全く伝わらない。


 結局、この二つの改定案は反対意見が多かったため元に戻されたが、今回の学習指導要領改定についても、その経緯や責任の所在などは不明である。そのため、ここでも役人の間で様々な「忖度」が働いたのではないかと疑わざるを得ない。


 こうした忖度が蔓延するのは、前述した“暗黙の圧力”があるからだ。それは、思っていることを口に出さずに裏で根回しする、いわゆる「腹芸」を得意とする安倍政権の政治手法と無縁ではないだろう。


※週刊ポスト2017年5月5・12日号

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