石橋蓮司 人生を舞台に凝縮するのが役者としての美学

4月26日(木)7時0分 NEWSポストセブン

石橋蓮司が語る美学とは

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、5月12日より全国公開の映画『孤狼の血』に出演する役者・石橋蓮司が演出家・蜷川幸雄と出会い、それによって気づいた役者としての美学を語った言葉を紹介する。


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 石橋蓮司は子役を経て東映の映画などに出演した後、一九六五年に劇団青俳の養成所に入所する。その後、劇団に入団して演出家・蜷川幸雄と出会う。


「それまでは遊びの延長でやってたんですよ。それで仕事が無くなった時期があって、二十四くらいになって意識的にやろうと。演劇というものを少しちゃんとやってみようと思ったんです。それが第二の役者道というか修業の道の始まりでした。


 青俳から出て蜷川さんたちの現代人劇場に参加しました。当時の彼は唐十郎さんや佐藤信さんたちの他の劇団に対抗して、自分の理念を作ってそれを役者の身体に落とそうとしていましてね。非常に言葉豊富な駄目出しが来る。そこに反発しながらも、何をやりたいのか段々と分かってきて、役者として世間と対峙する美学に気づきました。


 それは人生を舞台に凝縮することです。たとえば演じる役の人間は一時間か二時間で死にますよね。でも僕自身は生きている。そこを蜷川さんは『お前も役と一緒に死んでしまえ!』と言うわけです。『人生を凝縮したものが舞台にあるんだから、それをお前も生きろ』と。自分の気持ちなんて関係ない。役を説明するんじゃなくて、一時間なら一時間、その人間の美学を凝縮させて一生を演じるということです。


 俺は児童劇団からやっているから、芝居はそれなりにこなせちゃう。でも、それを蜷川さんは見逃さない。『気持ち悪い』『センチメンタルだ』とかバンバンやられてました。技術で上手くやるんじゃなくて、その役の人生を作っていかなきゃいけない、と勉強になりましたね」


 一九六〇年代後半から七〇年代にかけては、演劇活動と並行して数多くのテレビドラマや映画にも出演。悪役としてインパクトを与え続けていた。


「テレビとか映画には、蜷川さんとやってる世界は持ち込みませんでした。でも、テレビの台本を見てると発見することがいっぱいあったの。今までなら児童劇団の経験があるから技術的に流してしまうところを、『あ、この男はこういう風に作ったら面白いな』とか。たとえば、実際の事件の犯人役をやる時なんかは裁判記録を読んで動機を調べたりね。それで気づいたことを監督に相談せずにパッとやる。


『なんだ、それ』とか言われたりしたけど、『こうじゃなきゃいけない』というのをやってみせていたんですよ。演劇に比重があったから、『嫌なら降ろしてください』という気持ちでした。それに説得力があったから、認めてもらえたんだと思います。奇をてらってそうしてるんじゃなくて、『これが事実なんだから』と思ってやってましたから。


 なぜそのセリフを吐いたのか。その背景の本質を探っていくのが役者の仕事だと思っています。なぜここで『あなたが好きです』と言ったのか。なぜ『会社に忠誠を誓います』と言ったのか。その言葉の上っ面だけでなく、どうしてもそれを言わないといけなかった裏打ちをしてあげないと。そこを身体化して技術で表現して、そいつの人間を保証する。そこが面白いんですよね」


●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。


■撮影/藤岡雅樹


※週刊ポスト2018年5月4・11日号

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