天皇に対する国民の意識が変化、普段は無意識化した存在に

4月27日(金)7時0分 NEWSポストセブン

元外務省主任分析官の佐藤優氏

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 平成の時代を体現した今上天皇のあと、皇太子はどのような天皇像を築くのか。『平成史』(小学館)を共著で上梓した元外務省主任分析官の佐藤優氏と、思想史研究者の片山杜秀氏の2人が、天皇に対する国民の意識について考える。


佐藤:譲位を来年に控えたいま、注目したいのがポスト平成の天皇となる皇太子です。今上天皇は、戦後民主主義、平和を尊重して沖縄や被災地に足を運び続けましたが、皇太子はどのような天皇となるのか。


片山:今上天皇は、天皇と前近代的神秘性の結びつきを拒み、近代民主主義の合理的世界、人間的世界にかなうように天皇像を改めていきました。昭和天皇はかつての現人神という強いカリスマ性を持っていた。しかし今上天皇にはそれがない。だから祭祀への熱心さや災害時での国民と共感共苦する人間天皇の姿を徹底的に顕示された。公と私のバランスはよくとれていたと思います。


 ところが皇太子になると、もっと「私」の方につっこんでいる印象がある。


佐藤:皇太子の私という文脈で思い出すのが、2004年に雅子妃のキャリアや人格を否定する動きがあったという発言です。


片山:妻を守る姿勢は人間として素晴らしい。ただしこれは本当に戦後の普通の人間そのものなのではないかという気もします。天皇に賛成反対と外から云々する前に、天皇が天皇であるためのエートス(慣習)が戦後市民の感覚の中についに溶けて解体してきているのではないか。昭和天皇から三代目になるとそこまで行くように思うのです。


佐藤:天皇に対する国民の意識が変わってきているのは間違いありません。


片山:天皇が国民の間で無意識化しているのでしょう。天皇が当たり前だという状態になったからか賛成するにしても反対するにしても熱がない。譲位問題の議論でもエネルギーを感じませんでした。


佐藤:しかし、それが天皇観の稀薄化を意味しているとは思えない。タブー化されてはいないけど関心がない、それは日本人の心の中に無意識のレベルで入り込んでいるからだと思います。といって宗教意識として顕在化しているのではなく、習慣や文化のなかに深く入り込んでいる。


片山:無意識化した天皇観は、何かの拍子に姿を現わすこともあるのでは。


佐藤:そうです。30年の平成史を振り返ると、天皇が超越した存在として社会に介入した場面が2度あった。1つが「3.11のビデオメッセージ」、もう1つが象徴としてのお務めと譲位についての「お言葉」です。


片山:私は2016年8月8日に発せられた今上天皇の「お言葉」と、昭和天皇の行なった玉音放送を重ねて見ていました。確かに玉音放送も敗戦という危機的な状況で天皇が超越者として介入した場面といえるかもしれませんね。


佐藤:そうなんです。危機に陥ったとき、超越者、あるいは神が人間界に介入するのは洋の東西を問わず、我々人間に埋め込まれた普遍的な意識だと思います。


片山:なるほど。確かに3.11は1945年8月15日以来の非常事態だった。


佐藤:私は3.11から譲位までのプロセスが「8月15日」にあたると考えているんです。つまり日本の危機に天皇が登場する物語だ、と。


 では「お言葉」が発せられた2016年の危機とは何か。それは日本の「分断」です。政治は右と左が対立し、社会では格差が広がった。


片山:危機が迫ると普通の人間は何かができるという自信が揺らぎ、超越者を求めはじめる。現在の世界情勢は、一寸先はどうなるか分からない。全世界で独裁的国家が増えているのも無関係ではないでしょう。


●さとう・まさる/1960年生まれ。元外交官、作家。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。国際情報局分析第一課などで活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年に執行猶予付き有罪判決。近著に『十五の夏』など。


●かたやま・もりひで/1963年生まれ。思想史研究者。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。近著に『「五箇条の誓文」で解く日本史』など。


※週刊ポスト2018年5月4・11日号

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