大事なことは本気かどうかだけ。BABYMETALの“メタルレジスタンス”を追う

5月1日(日)21時0分 おたぽる

(イラスト/竹内道宏)

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——アイドルにまるで興味なかった。なのにどうして今、私は16歳の少女を勝手に心配したり、貶されたことに本気で怒っているのか。これは、32歳の男の“メタルレジスタンス”参戦の記録である。

■「ゆいちゃん痩せた?」

 私は狂ってしまったのか?

 2013年1月、NHKの音楽番組『MUSIC JAPAN』をインディーズ時代からライブ撮影を続けているバンド・神聖かまってちゃんを目当てで観ていると、3人組の幼い女の子たちが「イジメ」「ダメ!」と飛び跳ねていた。

 なんだこれは。イジメをナメてるのか。ロリコン御用達ってやつか。この子ら絶対メタル好きじゃないでしょ。と、鼻で笑いながらチャンネルを切り替えた。アーティスト至上主義と呼ぶのか、作り手の心の奥底から湧き出る衝動や、オリジナリティ溢れる作家性を音楽に求めていた。そんな凝り固まった私にとって、大人にやらされてる感満載に見えるBABYMETALは心の琴線に触れなかった。なのに、頭がおかしくなってしまったのか?

「ゆいちゃん……痩せた?」

 その3年後、パソコンの前で呆然としている。いや、待てよ。これは光の当たり具合によるものだろう。今年3月に某雑誌のTwitterにアップされた画像に写ったYUIMETALは、今までと見違えるくらい痩せこけているように見えた。

 私の目が疲れているのだろうか。と、少し時間を置いて見てみてもやっぱり腕が細い。自称“ぷにぷに”の頬のボリュームが少なく感じられた。Photoshopで画像の明暗をいじっても、答えは見つからない。

「ゆいちゃん……大丈夫なの?」

 日本人初のロンドン・ウェンブリーアリーナ公演を控える中、悩みごとでも抱えているのか。ご飯が喉を通らないことでもあるのか。いや、違う。ダンスはいつもアスリート並に激しい。満身創痍を体現するかのごとく、ストイックな精神がそうさせた。もしくは、憧れのアリアナ・グランデのスタイルに近づくためか。大好物のトマトばかり食べてるからか。と、勝手な解釈でポジティブに取り繕う。

 にしても痩せ過ぎている。気になっちゃってどうしよう。Twitterで「ゆい 痩せた」などと検索しても同様に不安の声が見つかる。映画の照明をやっている友人に「これって光の加減のせいですかね?」と画像を送りつけそうになった。深夜2時にそれは狂気の沙汰だろうと思い留まる。心配しすぎたせいか、なぜか私自身の体調が悪くなる。きかんしゃトーマスのような顔色になり、もはや暴走列車のごとく走り続けた。

 3年前に想像できただろうか。鼻で笑ったBABYMETALのライブを初めて観て頭を殴られるような衝撃を受け、イギリスまで観に行くことを。そして自分の年齢の半分の少女を勝手に心配し、不安で寝付けなくなることを。

 さくら学院を卒業して1年が経つ。もう一つの顔・水野由結の側面は長い間姿を現さず、それをYUIMETALのふとした瞬間にしか垣間見ることができない。一人だけいつも動作が遅れる通称「ゆいラグ」が、今回は「ゆいバグ」にまで発展したのだろうか。

 ありあまる父性がそうさせるのか。お節介の極みなのか。同年代の友人たちが家族を築いていく中、私はこれでいいのだろうか。ベルギー・ブリュッセル空港の爆破テロ事件も決して他人事とは思えず、海外で何か大きな事件が起きるたびにBABYMETALの身を案じてしまう。まるで我が子のように気にかかり、痩せた真実に踏み込めないまま朝を迎える。

 ステージでいつも最高の結果だけを残す。彼女は何も超人として生まれたわけではない。ましてや神でも天使でもなく、生身の人間だからこそ活躍に胸を打たれる。10代特有の心の闇を吐露する場所もない。それを微塵も感じさせないからこそ、私は客席からその気持ちを想像するしかない。

 ところが4月2日の深夜、ウェンブリーアリーナ公演のライブビューイング。深夜4時、Zepp Divercity Tokyoのスクリーンに映った光景がその不安を一気に吹き飛ばした。

 オープニングは最新MV『KARATE』に登場した白装束を身に纏った骸骨の鉄仮面の3体が、地鳴りのような演奏とともにステージに現れる。それを誰もがBABYMETALだと信じて疑わなかった。日本人未踏の新たな伝説を迎え入れるため、フォックスサインを掲げて歓声を上げた。

 が、それは違ったのだ。途端にライトアップがセンターステージに切り替わる。そこに本物が居た。私たちはしばらく偽りの姿に声を上げていた。今年初めてのライブでようやく確認した。その“本物”の体格がちゃんと元どおりになっていたのだ。

 いつものように風を切るようなダンスを炸裂させる。頰はぷにぷにの輪郭を取り戻していた。安堵の気持ちが押し寄せた。あれは一時的な変化だったのかも知れない。その真相は分からないが、

「よかったぁーーー!」

 序盤からクライマックスのような感動が襲う。ただ、いかに私が鉄仮面という偽りの姿に声を上げて、過剰に心配していたかを思い知らされた。

 YUIMETALは楽しそうだった。メンバー同士で見つめ合う時の表情が手に取るようにわかり、笑顔から時折素が垣間見れた。この目で見ることがすべてなのだろう。

 終盤、『THE ONE』でその名の通り一つになる会場を目の当たりにする。客席で掲げられる世界各国の国旗を見渡すYUIMETALの笑顔がすべての答えだった。テロや移民問題で揺れるヨーロッパ諸国の国旗が一斉に広がり、BABYMETALの目標である「メタルで世界を一つに」があながち夢物語に思えなくなる。メンバーそれぞれの目が潤んでいた。その瞳は決して消えることのないような光を灯していた。

坂本九以来、53年ぶりの日本人アーティストの米・ビルボードTOP40入り!」というメディアが取り上げやすい新たな枕詞を得たけど、BABYMETALは《本当の敵は自分自身》というテーマを掲げていた。冒頭で登場したもう一つの姿に打ち勝つかのごとく、ライブは盛大に終了する。他者の中に《敵》を作ることがいかに愚かであるかを教えてくれた。記録より記憶に残る。いつまでも居続けるのはチャートではなく、人の心の中だ。己自身と向き合い、道なき道を突き進む彼女たちを心から尊敬する。

 そんな最中、あるトピックがネット上を駆け巡った。

「あんなまがい物によって日本が評価されるなら本当に世も末だと思います」

 著名ラジオDJのピーター・バラカン氏がBABYMETALに対するコメントをTwitterに書いたことでファンが一斉に反応し、ファン以外をも巻き込んで各所で話題に取り上げられた。

 YUIMETALの全身全霊のダンスを評価することだって世も末であるならファンとして悲しいけど、これも一つの意見として受け入れたい。好きなものをいくら揶揄されても、BABYMETALに倣って他人に《敵》を作りたくない。ライブの最後にいつも「We Are!」「BABYMETAL!」と一緒に叫ぶなら、その一員でありたいのだ。

……なんて大人びたことを言うけど、一部のファンの人がバラカン氏を激しく糾弾する姿に身に覚えがあった。今このように思うのは、ずっと恥ずかしくて反省していることがあるからだ。

 すみません。BABYMETALを貶されたことでキレたことがあるんです。

■「怒ってしまってすみませんでした。」

「あんなの金儲けマシーンだろうがよ!」

 昨年6月、神聖かまってちゃんのボーカル・の子さんがニコニコ生放送の配信で言い捨てた。さらに「大人の操り人形だよ!」と続け、BABYMETALのみならずアイドルシーンに嫉妬を込めて暴言を吐いた。

 どうしても聞き捨てならなかった。BABYMETALがマシーンだと?人形だと?「ざっけんじゃねーぞ!」

 の子さんの暴言はもはや一つの芸当で、今までもたくさんのアーティストを批判してきた。珍しいことではないのに、つい感情的になってしまってTwitterで反応した。そのツイートがファンにコメントとして拾われることで、本人の目に留まった。見ず知らずのヘイターや評論家が何を言っても気にしないが、身近である分無視できなかった。なぜなら、私にとっての子さんは大切な人だからだ。

「好き」と「嫌い」とでは情報量が違う。「好き」な私にとってそれは機械でも人形でもない。さくら学院で絆を深め合った3人のストーリーを知っている。成長し、強い意志を持ち、本気で挑んでいる。BABYMETALは舞台裏にカメラが入ることがなく、奥底の内面を知る機会がない。完成されたものだけを見せる。そこに美学がある。その反面、彼女たちの経歴は「嫌い」な人を含めて世間一般に知られることもなく、“ぽっと出”のアイドルとして認識されるのかも知れない。

 イライラするので配信を閉じた。その後、神聖かまってちゃんのファンの方々から「の子さんが物凄く反省しています」「許してあげてください」といくつもリプライをもらった。

「し、しまったぁ……」

 普段密接に関わるアーティストに対して、アイドルのことで本気で怒るなんて。と、途端に恥ずかしくなって申し訳ない気持ちが押し寄せた。

 ライブでギターを床に叩きつけて破壊したり、配信中のパソコンも叩きつけて粉々にしたり。テレビ番組で司会のSMAP・中居正広氏の目の前でカメラになるとを貼り付けたり、歌詞をすべてアドリブで変えて歌ったり。予定調和がまるでない。私が撮り始めた頃はセットリストさえ決めずにライブに挑み、支えられるほどお客さんがいないのにダイブすることもあった。衝動的で何が起きるかわからない。もちろんパフォーマンスだけに惹かれたのではなく、彼にしか作れない歌詞とメロディに魅了された。

 神聖かまってちゃんのありのままを晒け出す姿は、BABYMETALと真逆だ。弱音も愚痴も吐き散らす。良くも悪くも人間臭さに溢れている。一方、BABYMETALはそれが見えない。ありのままの姿を魅せるというより、作られた世界観でキャラクターを演じるという表現が正しい。YUIMETALがインタビューで語るように、ライブで《変身》する。いや、豹変と言ってもいい。その瞬間、たまらなく痺れる。普段なかなか前に出られない性格の水野由結は、YUIMETALに変身すると自信が漲るという。なり切ることで別の姿が現れることの面白さに本人は気づいている。

 それを観るのが楽しい。ドキュメントではなくフィクションの中に身を投じることで、まるで壮大なスケールのハリウッド映画のような迫力を味わう。『いいね!』の“現実逃避行”とはまさにこのことだ。

 の子さんは表も裏もドキュメントだ。音楽に人生を懸けている。誰にプロデュースされることもなく、自分でフリーターとニートを往復しながら小さなライブハウスから地道に活動を続け、ようやくメジャーデビューを果たした。

 嫌われることを恐れずに自分を表現するのは、そう簡単に出来ることではない。これは勇気の物語だ。本番直前、の子さんが緊張で震える手を叩きながら「俺は明日死ぬ。俺は明日死ぬ。俺は明日死ぬ。」と何度も自分に言い聞かせ、自己暗示をかける姿を見たことがある。そして“今日”、死ぬ気でライブに挑む。彼の「人生は一度きりしかない」というモットーはBABYMETALの「命が続く限り 決して背を向けたりはしない」のフレーズに近い。

 だからこそ《敵》を作ってほしくない。これは精神論の押し付けになるのだろうか。他者の中に《敵》を作ってもキリがないのだ。他人と比べるとどうしても限界がある。その憤りは最終的に自分に跳ね返ってくると思うのだ。

 の子さんは配信の中で「今のバンドは良い子ちゃんばっかりで、みんな他人に嫌われることを恐れている」と憂いていた。プロデューサー・KOBAMETAL氏がかつてインタビューで「最近、バンドシーンは非常識を常識に変えてしまうような熱量に少し欠けていて、優等生が多くなってるんですよね」と語っていたのを思い出した。

 現状を知った上で新しいものを魅せようと、神聖かまってちゃんは「壊す」。BABYMETALは「作る」。正反対のようだけど、根底に流れるものはそう遠くはないのかも知れない。

 後日、の子さんから電話がかかってきた。「こないだのことなんですけど……」と申し訳なさそうに切り出し、「本当にすみませんでした……」と謝られた。

 自分が恥ずかしくなった。謝罪を要求しているわけでもなく、ただ条件反射的に怒っただけ。何よりも、単なるカメラマンがアーティストを謝らせているなんて申し訳なさすぎて消えてなくなりたい。

「こちらこそ、怒ってしまって恥ずかしいです。本当にすみませんでした……」

 互いに謝り倒した。どうして怒ったのかをきちんと話した。二人とも真剣だけど、端から見ると物凄くシュールだ。だって、アイドルのことで互いに声を震わせているんだもの。しかもネット上で衝突して。本当に大人げない。

 の子さんには自分の道を貫いてほしい。優等生になる必要はない。その姿が勇気を与えているのだから。「の子さんはやりたいようにやってください。」その気持ちを伝えた。

「これは、僕の本気と竹内さんの本気がぶつかったってことですね。」

 の子さんが締め括った。まさにその通りだろう。かっこよく言い過ぎてる気もするけど、の子さんの暴言は本気だからだ。そして私は本気だから怒った。反省はしているが、本気の気持ちを伝えられたことに後悔はしていない。

 ピーター・バラカン氏にとって決して譲れないものがある。モッシュッシュメイトにとって大切な音楽がある。その本気と本気のぶつかり合いで摩擦が生じるのは当たり前だ。ただ、MOAMETALが『KARATE』MVで捕まえた虫を放してあげるシーンを見逃したくない。好きなもので争いたくない。それこそ《本当の敵は自分自身》の精神を忘れたくない。

 BABYMETALに心を射抜かれた理由の一つに、ダンスがある。今までアーティストのギタープレイや魂を揺さぶるアジテーション、メロディセンスや心の内面から生まれる歌詞に魅力を感じていた。ダンスにまったく興味がなかった。だが、YUIMETALの容姿に似付かないキレッキレのダンスは振り向かざるをえなかった。まさに静と動。そのバランス感覚に長けている。

 想像力に富んだ振り付けはパントマイム的要素がある。かくれんぼしたり、チョコを食べたり、空手をしたり。チャップリンの無声映画にも似たセリフ要らずのボディランゲージが、世界共通の言語として成り立っている。

 YUIMETALが一心不乱に踊り続ける姿から、“本気”以外の何が見えるのだろうか。すべては「好き」が原動力であるように思う。SU-METALが歌を、YUIMETALがダンスを、MOAMETALがアイドルを、プロデューサー・KOBAMETAL氏がメタルを。それぞれの本気がクロスオーバーすることで間口が広がり、世代や言語の壁を越えているのかも知れない。

 最新アルバム『METAL RESISTANCE』に収録されている、怒りをテーマにした『Sis.Anger』に込められた一つのフレーズが印象深い。

「大事なことは本気かどうかだけ」

 ここにすべてが集約されている。たとえ「まがい物」でもそれが本気であることは間違いなく、その本気を目の前で見ても「世も末」なんて言えるのだろうか。知ようとするかしまいか。そこに物事を見据える《本気》の違いがあると思う。

 の子さんはその後の配信で意味深にトマトを食べていた。またその後の配信でも食べていた。偶然なのかも知れないが、生まれて初めてトマトにメッセージ性を感じた。なぜか和解の印のアイテムになっていた。きちんと自分から謝ってくれたことに感謝している。自分自身の本気を貫き通し、他人の本気を認める。そんな誠実なアーティストと出会えたことを心から幸せに思う。

 今後何があってもBABYMETALの真っ直ぐな姿勢を「見続ける」という選択肢しかない。女の子たちの本気、それをサポートする大人たちの本気、見続けるファンの本気。その本気が足を引っ張ることなく、ポジティブに作用し合ってほしい。

 これからアメリカツアーが始まる。有名なテレビ番組『The Late Show』に出演した効果か、いくつもの会場がすでにソールドアウトになっている。誰が批判しようと、この人気は留まることを知らない。今後、想像以上の展開が待ち構えているように思う。

 そこで願いたいのは、YUIMETALが極端に痩せることもなく、頑張った後はトマトを食べたりして、BABYMETALの3人と神バンドとスタッフが無事にツアーを終わらせて日本に帰ってくること。そして、どこかでアリアナ・グランデに再会すること。

 ヘイターだって、かつての私のようにコロッと意識が変わるかも知れない。それは本当の意味で“知る”時だろう。

 ツアーファイナルの東京ドームでは一体どんな光景が観られるのか。時代が『SUKIYAKI』から『TOMATO』へ移り変わる様を、本気で見届けていきたい。
(文/竹内道宏)

竹内 道宏(a.k.a. たけうちんぐ)ライター/映像作家
監督・脚本を務めた映画『世界の終わりのいずこねこ』がイタリアのウディネ・ファーイースト映画祭に正式出品。現在、2枚組DVDとなり発売中。他の監督作品に、スターダストプロモーション「EBiDAN」所属のラップグループ・MAGiC BOYZ主演『イカれてイル?』、佐津川愛美主演『新しい戦争を始めよう』など。神聖かまってちゃん等の映像カメラマンとしておよそ700本に及ぶライブ映像をYouTubeにアップロードする活動を行なっている。

2013年2月以来、BABYMETALに心を奪われてしまいました。命が続く限り、決して背を向けることなく彼女たちの活動を追いかけます!
たけうちんぐダイアリー(ブログ)→http://takeuching.blogspot.jp
ツイッター→https://twitter.com/takeuching

おたぽる

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